騎士は魔石に跪く

叶崎みお

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名前を呼んで

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「はぁ……っ、ん……っ」
 ぼんやりと開いた唇の合間を縫って、ヒューゴの熱い舌がセオドアの口腔に挿し入れられた。彼の舌はゆっくりとセオドアの舌をくすぐり、丁寧に歯列をなぞっていく。ぞくぞくと腰骨まで痺れるような甘い感覚が落ちていき、甘さは熱として溜まっていくようだった。

「主が子供のままだったら、こういうことはできないので。主が大人の身体になってくれていて、俺は嬉しいです」
 甘い吐息が唇にぶつかるほどの近さで、ヒューゴがうっとりと笑う。

 今の自分でいいのだと、嬉しいのだとヒューゴが言ってくれるたび、セオドアの胸にじわりとあたたかい熱が広がる。息が上がりすぎて声を出せる気がしなかったため、ぎゅっと抱きつくことで返事の代わりにさせてもらったが伝わっただろうか。

「主、お願いがあります。あなたの名前を呼ばせてほしい。俺に、あなたの名を教えてくれませんか?」
「あ……」
 真剣な懇願にセオドアは言葉を失くす。

 魔女の一族には、名前は相手を縛るから呼んではいけないというルールがある。基本的に魔女の一族は、相手に正式な名前を呼ばせないし、礼儀として相手の名をあまり呼ばない。
 ヒューゴを攻撃しようとしていたレベッカの名を呼んだことがあるように、緊急事態に相手を制止したい時などに正式な名を呼ぶこともあるが、魔女の一族は個人主義の者が多いためそんな事態は稀だ。親しい者で呼び合う時は愛称であることが多い。

 セオドアも、ヒューゴを拾ってすぐの頃は彼の名をあまり呼ばないようにしていた。だが、ヒューゴから「呼んでほしい」と頼み込まれたため、以来ずっと彼の名を口にしている。
 魔女一族の名呼びのしきたりなど忘れそうになるほどに、彼の名はセオドアの唇にあまりにも馴染みすぎてしまった。
 けれど、ヒューゴの唇が自分の正式な名前を口にしたことはまだ一度もなかったのだ。物足りなさを感じることもないくらい、彼が「主」と大切に呼び続けてくれるから、不満に気づくことがなかった。

「俺の名をあなたが何度も呼んでくれるのがしあわせで。あなたの声が俺の名を奏でるたび、おれもあなたの名を呼びたいと、ずっと思っていたんです」
 甘えるように、ヒューゴの鼻梁がセオドアのそれに擦りつけられる。ねだる仕草の可愛さにキュンとなりながら、セオドアはそろりと口を動かした。

「ぼくの名前、セオドアっていうんだ」
「セオドア……」
「あ……」
 一音一音を大事に紡いだような響きで、ヒューゴが自分の名を発した。声に魔力を乗せられたわけでもないのに、セオドアの中の何かが甘く満たされて、痺れたように動けなくなる。

「好きなひとに名前を呼ばれるのは、こんなにしあわせなんだね」
 泣きそうな心地で、セオドアは小さく独りごちる。自分の知らないことをヒューゴにはたくさん教えてもらってばかりだ。
 優しい声とあたたかい手に安心して、嬉しくて、胸がぎゅっとやわらかい甘さで満ちる。

「もっと……名前、呼んで……」

 ヒューゴになら名を縛られてもいいから、もっとその声が紡ぐ響きを聞きたかった。ヒューゴのものになりたいと強く思う。指先から、溢れた恋心が魔石のかたちになっていくつもこぼれ落ちていった。

「セオドア。セオドア……。こんなに魔石を溢れさせてくれるなんて……。ユージーンからの話を聞いて、俺は嬉しかったです。あなたの不調を俺の手で止められるかもしれないことが」

 ユージーンからは「サミュエルを長生きさせたくて調べたことのうち、いくつかわかったことを伝えさせてほしい」と、長年の研究成果を惜しげもなく与えられている。
 魔女が恋をすれば魔法の威力が上がるという話があるが、これは恋をすることで体内を巡る魔力が活性化するのだという。ユージーンによれば、同じことが魔女一族の男にも当てはまるらしい。魔女一族の男は、抱かれる側になると体内で滞っていた魔力が動くようになるのだという。

「その、ぼくの身体でヒューゴはその気になれる?」
「余裕です」
「えっ、あっ、うん、そうだね……!」
 おそるおそる問いかければ、身動みじろぎしたヒューゴの昂りが太腿のあたりに押しつけられる。硬く猛るそれは何よりも雄弁にセオドアの不安を吹き飛ばしてくれた。

「セオドアも反応してくれてますね。嬉しいです」
「するよ……。ヒューゴにさわられると、いつもドキドキする」
「セオドア……!」
 感極まった声を上げたヒューゴに「ベッドへ連れていってもいいですか」と囁かれ、セオドアは眩暈がしそうなくらいドキドキしながら頷いた。




 軽々とセオドアを抱き上げたヒューゴにベッドまで運ばれて、キスの合間にみるみるうちに衣服を剥ぎ取られてしまった。貧相な身体なのに、恋しい男は極上の宝にふれるかのようにセオドアの肌をうっとりと撫でてくれる。

「セオドアはここも気持ちよくなれるんですよね」
「んっ、やぁ……っ」
 ちゅ、ちゅ、と薄い胸で小さく主張している突起にヒューゴが唇を寄せる。
 やわらかい唇で食まれるのも、ぬめる舌でねっとりと舐め上げられるのも、ちゅくちゅくと吸われるのも、何もかもが気持ちいい。

「ヒューゴ、きもちぃ……」
「気持ちいいって言えて、いい子ですね」
 優しい声には普段にはない熱がこもっていた。そのことに知らず知らずセオドアは興奮する。

「あッ……! そこ、だめ、むり……っ!」
「どうして? 気持ちいいでしょう?」
「きもち、よすぎるから……っ、だめ……っ」
 無防備な下肢に伸びてきた手に陰茎を刺激され、乳首への愛撫だけでいっぱいいっぱいだったセオドアは悲鳴じみた声を上げた。
「一度いった方が楽だと思ったんですけど」
「ぼくばっかりじゃなくて、ヒューゴも」
 目を潤ませてセオドアは首を振る。いつもいつも、自分ばかりが気持ちよくさせられてばかりなのだ。自慰を教えてもらうことになった時は混乱が強く余裕がなかったが、一方的に甘受するだけなことに今は違和感を覚える。

 ──だって、これからするのは、あ、あ、あ、愛し合うための行為、だから……っ!
 ふたりで気持ちよくならなければ意味がないはずだ。

「ヒューゴのするところ見せてほしい。ぼくがイくところはヒューゴに知られてるのに、ヒューゴがイくところをぼくは知らないから、見たい」
 懸命に言葉を選びながら伝えれば、ヒューゴは一瞬目を丸くした後、「ふふ」と甘く顔をとろかせた。
「すみません、嬉しくて。俺のセオドアはこんなに可愛い」
 可愛い、可愛いと繰り返し、ヒューゴはセオドアにキスを落とす。

「俺はあなたの中でイキたいです。いいですか?」
「それって……」
 とろけた声でねだられて、セオドアはごくりと喉を鳴らす。
 ユージーンが披露してくれた研究成果によって、セオドアも知識だけは得た。セオドアの後孔でヒューゴの陰茎を受け入れてほしいと、恋しい男が願っている。

「……いいよ」

 未知の行為は少し怖い。けれど、ヒューゴと一緒なら、できると思うから。彼が望むなら受け止めたい。だって、求められていることが、とても嬉しい。
 黒い瞳を不安で揺らしながらもしっかり頷いたセオドアに、ヒューゴはほっとしたように、とてもしあわせそうなのに泣きそうな顔で微笑んだ。
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