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傷のひとつもつけないように(ヒューゴ視点⑤)
しおりを挟むある朝、主の様子がおかしかった。彼は嘘が得意じゃない。明らかに何かを隠そうとしていることがわかる。
調子が悪いと申告されて狼狽えた。夜にふらつくことも多いひとだ。身体が強くない。なんせこんなに華奢なのだ。
──《魔石》は本来短命だとユージーンも言っていた。
嫌な考えに捕らわれないように、主の了承を待たず額にふれる。熱はなさそうだった。看病のための道具を取りに出ようと掛布をはねのけベッドを出て、主に掛布を掛け直そうとして固まった。
細い身体の中心部分が膨らんでいた。成人男性の朝の生理現象としては珍しくないものだ。今まで一緒に過ごす間、彼に性の気配がなさすぎたため少々驚いてしまったが、顔には出なかったと思う。
ともかく、他人の朝勃ちなんてものは、ムスタグルで騎士として生きていた頃の集団生活で慣れている。彼が恥ずかしがる姿は自分の目に新鮮に映ったものの、病気でないならよかったと安堵した。
「トイレまで抱えていきましょうか」
一気に気が緩んだからか、問いかける自分の声は甘くなっていた。何事にも遠慮がちな主を怯えさせないように注力すると自然とこうなるのだ。
「いらない……おさまるまで、じっとしてるから」
主は気まずげに、そして苦しそうにしている。自分のことは気にしなくていいと思ったのだが、発散の方法を知らない、と彼は言った。性のにおいに無縁な印象そのままにまっさらで、何も知らないようだった。
「俺が教えますよ」
そっとしておくのがいいかもしれない、と考えもしたが、正しい知識は必要だろうとも思った。
心配と親切心に、ほんの少しだけ自分の欲が混ざる。
誰も見たことがないはずの彼を見たい。どんな顔でとろけるのか、どんな声をこぼすのか、知りたかった。少し強引な自覚はあったけれど、衝動に抗えなかった。
「ここをさわるのは、怖いことではなく気持ちいいことです」
芯をもった身体の中心部をそろりと撫でると、主は混乱した様子ではくはくと唇を動かしている。
「主をつらいままでいさせたくないですし……あとは、俺の個人的なわがままですが」
嘘が下手な彼の前では、自分もなるべく嘘を吐きたくない。だから、正直な心情を吐露した。幾分かオブラートに包んだ言い方ではあったが。
──誰も知らないあなたが見たい。
──俺だけが知っていたい。
──何も知らないあなたに色を教えるのは自分がいい。
そんな思いを感じとってくれたのか、ただただ素直にヒューゴを信じてくれたのかはわからない。だが、黒く艶のある眼をとろりと潤ませて、主は頷いてくれた。
「おしえて、ヒューゴ……」
返事に否やはあるわけなかった。
その唇が「気持ちいい」と奏でる声をもっと聞きたいと、とろとろと溶ける身体を一番奥まで暴きたいと、知れば知るほど求めたくなった。
──誰にも渡したくない。
彼を知るのは自分だけがいいと、強く思う。
──魔石? そんなものよりずっと、このひと自身にこそ価値がある。
彼が自分のように、ただの道具として扱われるのは絶対にだめだ。
──純粋でひたむきで、優しくけなげな……俺だけの宝石。
渡すものか。傷のひとつもつけてなるものか。
彼を《魔石》として狙うギャレットたちの顔を脳裏に思い浮かべながら、ヒューゴは決意を固くする。大切に腕の中に閉じ込めて、どんな悪意からも守りたい。
自慰をしたことがないと聞かされた時には、純粋培養にもほどがある、と眩暈がしそうだった。無垢な彼に自分が色を教えることに薄暗い優越感を持ってしまう。結界の中の閉じられた村で、周りが女性ばかりという環境だから仕方なかったとはいえ、彼があまりに清らかで眩しかった。
自慰のやり方を実施で教えれば、困惑しながらも「こう……?」と見せつけてくるぐらい、彼は自分の魅力に無自覚だ。
──きっと、煽ってるつもりはないんだよな……?
ただただ危機感が薄いのだろう。信頼されていることは嬉しいが、同じくらい、彼の無防備さが心配になる。
もっと見たくて、ふれたくて、たまらない気持ちになるけれど。彼が可愛くて可愛くて、全身口付けてとろかせたい衝動に頭が煮えそうになったけれど。
──俺は、このひとの恋人でも何でもない。
たまたま、近くにいた成人済みの男が自分だっただけだと言い聞かせ、思い止まった。自慰を教えるだけ。望まれたことは、それだけだ。親切ぶった顔をして、それ以上の行為を一方的に奪うようなことは、絶対にしてはいけない。
自分は、彼に望まれたいのだ。彼の傍で生きることを許されたい。嘘のない彼の前で、不誠実なことはしたくなかった。
自分はまだ、彼に想いを告げるのに相応しくない。だから、それ以上を望めない。
とはいえ、彼の自慰を手伝って以降、少しの接触で彼が反応してくれるようになったことは素直に嬉しい。彼に意識されているのだと思えばたまらない心地になる。
それだけでなく、一人で上手くできないからと、手伝いを望まれた。その無防備さと信頼が、不器用な甘えが、愛しい。
一人でできるようになる手伝いという名目で、陰茎にふれるのはなるべく控えようとしたのだが、彼は耳や乳首が敏感らしく、どこまでも甘い身体をしていた。素直すぎるし可愛すぎて、ぐらぐらと理性を揺らがされてばかりだ。
──もう、結界の外のことなんて忘れてしまえば……
面倒なことを放り出して、目の前の主だけを見つめて暮らしたいと何度も思った。そのたびに、彼に相応しい人間になりたいと思い直し、逃げ出したくなる気持ちを投げ捨てる。
──早く伝えたい。正々堂々、まっすぐに。
自分を拾った時の怪我や過去について、無理矢理聞き出さずにいてくれた優しい彼に。自分のドレイン体質を何でもないように受け止めて、たくさんの『ふつう』のしあわせをくれた彼に。ありったけの言葉を尽くして、愛を乞いたい。
溢れ出しそうな想いをもて余している自分には、彼を連れていきたい、という欲があるらしかった。
ムスタグルなんかには連れていけないけれど、寂しい思い出の多い村に置いていくのも嫌だと──そんな気持ちを、醜い独占欲を、彼の幼馴染みには見透かされて、売り言葉に買い言葉でムキになってしまった。
瀕死だった自分があっさりと回復できたのは、主の力を奪ったからに他ならないと自覚があったから。その事実を申し訳なく思う気持ちがあったけれど、彼以外の相手にとやかく言われたくなかった。
魔女相手に魔力を奪うなんて、相性で負けるわけないからと傲りがあったのかもしれない。意図的にドレインを使っているところを主に見られた時には絶望しかけた。
気持ち悪いと、今度こそさすがに遠ざけられてしまうかと思いきや──彼は、ヒューゴの身体を心配し、優しさを向けてくれた。
その時の自分の胸に渦巻いた安堵と、彼への愛しさは言葉にできない。
彼に危機意識を持ってほしかったので、自分の過去とともにムスタグルの話をすれば、彼は真剣な表情で受け止めてくれた。
──自分の過去に胸を痛めてほしいわけでも、怖がらせたいわけでもない。ただ──
「あなたを守らせてほしい。
傍においてください。ずっと」
跪いて願いを口にすれば、主は頷いてくれた。
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