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大事にされてばかりです
しおりを挟む先日はじめて自慰のやり方を教えてくれた時と同じく、ヒューゴはてきぱきとした手つきでセオドアの身体を清め、シーツを清潔なものに変え、セオドアの身体を横たえた。
セオドアがぼんやりしていることを差し引いても、あまりにも手際がいい。
「ヒューゴ?」
状況をやっと呑み込みハッとした顔のセオドアに、ヒューゴはふわりと掛布をかけてくれた。その腕を慌てて掴む。
危ない。先日はぼんやりしているまま流されて寝かしつけられてしまったのだ。
「慣れないことをして疲れたでしょうから、休んでてくださいね」
「でも、料理も途中だし、まだやることも残ってる」
セオドアは身体を起こそうとするが、両肩をやんわりと掴まれベッドに逆戻りさせられた。
「俺は今日、身体を動かしたい気分なので、主の仕事を奪わせてもらいますね」
「仕事を奪う……」
やわらかく微笑むヒューゴの言葉にセオドアはポカンとしてしまう。言い方こそ意地悪っぽくしているが、実質はただの過保護である。
「普段からヒューゴにたくさん手伝ってもらってるのに、そんな」
「煩悩を鎮めるには身体を動かしてきた方がいいので。俺に仕事をさせてください。ね?」
ヒューゴの微笑みになんとなく圧を感じてしまい、セオドアは結局頷かざるをえなかった。
──大事にされてるみたいで、くすぐったい。
セオドアはベッドの上でもぞりと寝返りをうつ。掛布の下で丸くなり、少し早くなっている自分の心音を整えるように胸の辺りをぎゅっと押さえる。
──ヒューゴにさわってもらえるのも、優しくしてもらえるのも、嬉しい……。
兄を喪って以来、目の前の誰かに一番に大事にしてもらったと感じられることは少なかったから。ヒューゴの行動の数々を脳裏に思い浮かべ、セオドアは口許をそっと緩めた。
今一人で横たわっていても、ベッドを寒々しく感じない。夜になれば同じベッドで、また抱き込まれて眠るのだと信じられるから。
──ぼくも、ヒューゴを大事にできるかな。できてるかな。
彼が自分を大事にしてくれるように、自分も彼を大事にしたい。
優しくしてもらうばかりではなくて、自分も何か、彼に喜びや嬉しさをあげられたらいいのに、と思う。
自分も彼も男だから、恋人に向けるような特別なものではなくても。
恋という名をしていなくても、大事にしたいと願う気持ちは本物だから。
以前暮らしていたところでは敵が多かったと彼はいう。彼みたいに素敵な人に敵が多いなんて信じられないが、魔女の村が存在する森よりも外の世界をセオドアはよく知らない。本の中の話でしか見たことがないような、派閥だとか権力だとか嫉妬だとか、いろんなものが渦巻いているのかもしれない。
そんな苦しい場所には戻ってほしくない。
ヒューゴさえよければずっと一緒にいてほしい。
──ぼくの家が、ヒューゴの帰るところになれてたらいいんだけど……。
魔女たちはよくも悪くも個人主義の者が多いので、彼女たちの身内や縄張りを害したりしない限り、ヒューゴを攻撃したりはしてこないはずだ。
ほどよい無関心を過去の自分は寂しく思ったこともあるけれど、周りを警戒しながら暮らしていたらしいヒューゴにとって悪くない居心地であればいいと思う。
安心できる場所だと感じてもらえたなら、今の暮らしが少しでも長引くかもしれないから。
セオドアと森の暮らしにヒューゴが厭きるのが先か、自分の身体が使いものにならなくなるのが先か。
──それ以外の明るい未来も、もしかしたら、あるのかな。
身体が重く、たびたびふらついてしまうセオドアだが、ヒューゴと暮らし始めてからは不調に悩まされることが減ったように思う。
貧弱すぎてお荷物でしかない自分は、彼の迷惑にしかならないと思っていたけれど。彼が褒めてくれた薬の調合など、できることはある。
どこでだって生きていける強く逞しいヒューゴのように、とはいかないが、ヒューゴと暮らすようになってセオドアは少しだけ欲が出た。
──できれば今の家でヒューゴと一緒に過ごしたいけど……もし、彼がどこか別の場所へ行ってしまうなら、ついて行きたい。
実際に実現可能かどうかはさておき、気持ちだけは強くなる。その気持ちに身体がついていけるようになりたい。
魔法をなくしてしまった時のように「仕方がない」と諦めてしまうだけではなく、手を伸ばして足掻きたい。
少し前までの自分なら、もともと別の場所で暮らしていた相手なんだから、いつかいなくなるなら仕方ない、と自分に言い聞かせようとしていたのに。自分の変化が少し不思議だった。でも、悪くないように思う。
ふわりと口許を緩めたセオドアは、ふと、てのひらの中の違和感に気付く。
ゆっくりと開いた中には、小さな石が握り込まれていた。やわらかい薄ピンク色の石は、ヒューゴのペンダントにした石たちより少し大きい。
何もなかったはずのてのひらの中に生まれた石は、生前の兄が見せてくれた石に似ているような気がする。
兄の見せてくれた石はもっと大きかったし、色も鮮やかな青だったけれど、と否定しようとして、セオドアはぼんやりとした記憶を辿る。
──でも、兄さんの石にも、ピンク色があったかもしれない。昔はピンク色をしていて……ピンクから、だんだん青みがかった色へ変わっていったんだっけ……?
兄が時折見せてくれた、輝く石たち。
透明で、とてもきれいで、ふれるとほんのり熱を持っていたそれらが、セオドアは大好きだった。
──恋をしたら、セオドアも自分だけの石が手に入るよ。
兄はやわらかい声音でそう語りかけてくれた。その時の兄がどんな表情を浮かべていたのかは思い出せない。
もう少し思い出したい、とセオドアがそっと目を閉じたタイミングで、足音が近づいてきた。
「主、起きてますか。食事の支度ができました。キッチンまで連れて行きますよ」
ノックの後、機嫌のよさそうなヒューゴの声が続く。セオドアは弾かれたように身を起こした。
「起きてるし、自分で歩けるよ!」
薄ピンク色の石を服のポケットへ仕舞い、ベッドから降りるためにセオドアが体勢を変えている間に、ヒューゴはベッドサイドまで距離を詰め、こちらへ腕を伸ばしてきていた。
「わっ、ちょっと、ヒューゴ」
「まあまあ。少しの距離ですから」
優しい男は軽々とセオドアを抱き上げて歩き出してしまう。少しの距離だというなら歩かせてくれてもいいではないか。どうにも過保護な気がする。
「大事にされるばかりじゃなくて、ぼくもヒューゴを大事にしたいんだけどな」
むぅ、と口を尖らせつつも、セオドアはヒューゴが運びやすいように首に腕を回し、彼にしっかりとしがみつく。
ふふっ、とやわらかい振動がすぐ近くから伝わってくる。
「充分大事にされてますよ」
甘く優しい声音に咄嗟に返事ができなくて、セオドアはしがみつく腕にぎゅっと力を込めた。
時々おかしくなってしまう身体を持て余しながらも、その都度ヒューゴに見守られたり時には手を借りながらぎこちなく処理をして、日々は過ぎる。
あっという間にレベッカから治療を受ける日が巡ってきていた。
「……なんか、ぽやぽやしてるわね」
「え?」
治療に来てくれたレベッカがじっとりと胡乱な視線を向けてくる。手を繋いで魔力の流れを助けてもらったばかりだ。
先日よりもさらに魔力の流れがスムーズに感じられて、レベッカの治療の腕に感服しきってしまう。
「セオが調子よさそうなのは安心するし嬉しいんだけど……弄ばれてないか心配」
「モテアソバレテナイカ…?」
レベッカが小声で呟いた言葉に馴染みがなさすぎて、セオドアはこてんと首を傾げる。面倒見のいいレベッカは、いつもなら言葉を言い換えたりして理解できないままのセオドアを置いてきぼりにしたりはしないのだが、どうやら今日は違うらしい。形のいい眉に皺を寄せて複雑な表情をしている。
「主、幼馴染み殿に持ち帰っていただく用の薬ですが……」
「!」
ノックの後にヒューゴが姿を現せば、レベッカは静かに身体を強張らせた。
彼女は彼を意識している。お似合いの二人を祝福すべきだ、と少し苦い気持ちになったセオドアだが──レベッカのつややかな黒い眼に、予想していたような感情は宿っておらず、少しだけ思考がフリーズする。
「え……?」
レベッカはヒューゴを睨みつけている。何度瞬きしても、セオドアの目にはそうとしか映らない。
「今、セオはあたしと大事な話をしてるんだけど?」
「主への治療はありがたく思いますが、余計な会話を強要して主を疲れさせては本末転倒では?」
ツンと鋭いレベッカの言葉に、薄く微笑みながらもヒューゴがひんやりとした返事を寄越す。
──お似合い、だと思ってたんだけど……?
いつも優しい二人が、どうしてかトゲトゲしている。
「ヒューゴ、傷薬の予備を追加で持ってきてくれるかな。薬箱が重たいから申し訳ないけどお願いできる?」
「お安いご用です、主」
おろおろしながらも頼みごとをすれば、ヒューゴはいつも通りの穏やかさでセオドアのお願いを気安く承ってくれた。
「あいつやっぱり性格悪くない?」
ヒューゴが退室すると、レベッカがしかめっ面で舌打ちをした。
「あの、ヒューゴは普段すごく優しいよ。今日は、なんだろう、たまたまちょっと機嫌が悪かったのかな……?」
「あたしは騙されない」
その後もいくらかフォローの言葉を向けたが、レベッカはしかめっ面を解くことはなかった。
ヒューゴの優しさや素晴らしさをわかってほしいと思う反面、彼のよさを一番理解していたいのは自分だと思う気持ちもあったセオドアは、レベッカの頑なさを不謹慎にも少しだけ喜んでしまった。
その日の夜、ヒューゴはいつもよりどうしてか距離が近くて、耳許で囁かれたり、ふとした時に接触したりが多く──反応してしまった身体の処理を丁寧に手伝われることになるのを、この時点のセオドアはまだ知らない。
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