明日の彼岸花

河方 杞憂

文字の大きさ
上 下
6 / 7

極僅かな

しおりを挟む
あれから一日がたった。

筋力も一日でかなり回復してきたらしく、自分から起きられるようになった。


「やぁ、俊哉くん。気分はどうだい?」
「最初に目が覚めた時と同じくらいですかね。」
昨日のローガンとの最後の会話以降、俊哉に与えられた情報量が多過ぎたのか一時間もしないで寝てしまっていた。

そして目が覚めた時にも、この世界が夢ではないことを自覚させられていた。

「まだ君に伝えなければならない事が山ほどあるんだが、今日も話してくかい?」
「お願いします。やることない上に、話し相手はローガンさんしか居ないので。」
「俊哉くんがもう少しこの世界の事と、この時代の自分の事を理解できれば、AIも良い話し相手になってくれるはずさ。」
「そうですか。」
俊哉には、AIが自分の良い話し相手になってくれるとは、まだ信じきれなかった。


「今日は軽めに、2218年の世界について知ってもらおうと思ったんだが、これは歴史と一緒に話してもらった方がすんなりと理解できる。だから人類の記憶について担当している君の父親にでも詳しく聞いてくれ。代わりに私からはVRSの説明をする。」




俊哉は頷きそうになったが、ローガンの発言に「自分の父親」の発言があったことに驚いた。

それに気づいたローガンは慌てて訂正しようとした。

「すまない。VRSの説明の中にその事を織り交ぜて話していこうと思っていたのに、つい先走ってしまった。」

「大丈夫ですよ。」

確かに衝撃的な発言ではあったが、俊哉はもう慣れ始めていた。

「じゃあさっき言った通りVRSについて話していくよ。
VRSは前にも言った通り効率的な成長を促すことが出来るため、全世界共通で実施されている。対象になるのは、少年少女の成長期の後半に当たる時期ということで男子は17歳、女子は14歳に行う。実施日は地域によって異なるが、だいたい七月~九月だな。」
「すみません、VRSを知った頃から気になっていたのですが、それ以外に教育機関はあるんですか?」
「もちろんあるとも。読み書き程度の軽い育児支援機関と教育というか研究に当たる働き場が希望者対象にあってだな、昔の大学に当たるものがある。それ以外には人と触れ合って習いなさい。って感じだな。」
俊哉は、楽そうだけど無責任にも思えると感じていた。



「基本VRS内で使用される仮想現実は2000年前後をモチーフにしていて、体験者の家族については、万が一のために過去の体験データから現実と大差なく登場させてもらっている。
家族以外の人物についてだが、体験者の記憶に強く残っている人物がキーパーソンになるよう設定されていて、全く関わったことのないような人物はこちらが用意したデータで作られたものになる。」



「それって、さっき話で出てきた様に父さんや母さんが実在していて、澄真や莉子も探し当てることが出来るかもしれないってことなんですよね?」
俊哉の目が綺麗に輝き、恐らく目覚めてから1番大きな声で反応した。
それだけ俊哉の生きていた証とも呼べる仲間たちは、彼にとって愛おしいものだったのだ。


「そ、そういうことになる。だがその澄真くんと莉子ちゃんには仮想現実内の記憶は全くないことを理解しておいてくれ。」
「そうですね。自分の記憶に強く残っていたとしても相手がどう記憶してたかは別ですからね。」




「どうであれ私には、君が最も望む未来になるように手伝う義務がある。まずはその澄真くんと莉子ちゃんのフルネームと特徴を教えてくれ。」

「何に使うんですか?」

「同年代ならここのVRSを、ここ数年の内に体験しているはずだろう?」
「なるほど。」
俊哉は二人の名前と特徴を言うと、とても大きな喜びに満ちていた。探すにはかなりの時間と労力が必要であると思っていた俊哉はここまで順調に進みそうになるとは思ってもいなかった。

「さて、話が逸れてしまったがVRSの説明に戻るとしよう。通常はVRSが終わると三週間程度、リハビリや栄養バランスの調整などが必要なんだが、君は一週間程度でも大丈夫だと思う。既に上半身だけなら動けるようになっているだろう?」
「はい。もう歩けるんじゃないかと思えるくらいにピンピンです。」
「VRSを体験している間も筋肉は仮想現実と同じように動かされるから、少し疲労が溜まりやすい傾向にある。だから目が覚めた初日は起き上がれないこともある。歩くことに関しては起き上がるよりも持続的に筋肉を使うから補助を用意させてもらう。」

部屋の片隅には四輪の歩行補助車のようなものが置いてあった。

「これで身体についての説明は終わりだ。次に記憶についてだが、法律上VRS内の鮮明な記憶を残してはいけないことになっている。」
「えっ。」
「今後の脳への負担や精神的ダメージの危険性ゆえの法律だ。だから昨日も言った通り、通常と同じく記憶を整理する期間として最大の一ヶ月を目安に、仮想現実内の鮮明な記憶を徐々に消去していく。」



「つまりだな。澄真くんと莉子ちゃんを探す期限は一ヶ月だ。一ヶ月を過ぎれば確実に君の記憶から二人の存在は消える。」

「そんな。」


「わかる。確かに同情する。だからといって法は破れないし、君のこの世界での生活を壊すことはできない。」

「大丈夫です。ローガンさんがいれば見つけられる気がしますよ。」
「そうだな。私も全力でフォローしていくよ。」

「じゃあ私はもう行かなければならない。上司や世界の人々に君のことを報告する仕事も増えたからな。今日はもう会えないだろう。」
ローガンは笑いながら言う。
「そうなんですね。頑張ってください。」
俊哉は申し訳なく微笑み返す。
「そうだ、君の両親が夕方頃に面会の予定を入れていた。心待ちにしとくといいよ。」

そう言って彼の足音が遠のいていく。

「本当に、おっちょこちょいな人だな。」
「あぁ、忙しいからなのだろう。」
俊哉は突然反応したAIに驚いた。

「今まで何してたんだ?」
「前半は聞いてたんだが、途中で飽きてしまってな。世界のニュースを確認していたんだ。」
「呑気なヤツめ。本当にAIか?」
冗談交じりに言う。

「失敬な。これでも俊哉よりは頭がよろしいぞ。」
無機質な声でありながらも、しっかりと感情があるかのような発言をするこのAIには、いつも驚かされる。

「とは言ってもローガンの話には、俺にとって余分な情報が多過ぎた。もう一度要約して話してくれないか?」
「生意気なやつめ。」
なんだかんだこのAIとも上手くやっていけそうな気がした午前11時であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

後宮生活困窮中

真魚
ミステリー
一、二年前に「祥雪華」名義でこちらのサイトに投降したものの、完結後に削除した『後宮生活絶賛困窮中 ―めざせ媽祖大祭』のリライト版です。ちなみに前回はジャンル「キャラ文芸」で投稿していました。 このリライト版は、「真魚」名義で「小説家になろう」にもすでに投稿してあります。 以下あらすじ 19世紀江南~ベトナムあたりをイメージした架空の王国「双樹下国」の後宮に、あるとき突然金髪の「法狼機人」の正后ジュヌヴィエーヴが嫁いできます。 一夫一妻制の文化圏からきたジュヌヴィエーヴは一夫多妻制の後宮になじめず、結局、後宮を出て新宮殿に映ってしまいます。 結果、困窮した旧後宮は、年末の祭の費用の捻出のため、経理を担う高位女官である主計判官の趙雪衣と、護衛の女性武官、武芸妓官の蕎月牙を、海辺の交易都市、海都へと派遣します。しかし、その最中に、新宮殿で正后ジュヌヴィエーヴが毒殺されかけ、月牙と雪衣に、身に覚えのない冤罪が着せられてしまいます。 逃亡女官コンビが冤罪を晴らすべく身を隠して奔走します。

ラクダのコブ

海星
ミステリー
僕の家族は、きっと変だ

スマホ岡っ引き -江戸の難事件帖-

naomikoryo
ミステリー
現代の警察官・佐久間悠介が交通事故の衝撃で目を覚ますと、そこは江戸時代。 混乱する中、手には現代のスマートフォンが握られていた。 しかし、時代錯誤も構わず役立つこのスマホには、奇妙な法則があった。 スマホの充電は使うたびに少しずつ減っていく。 だが、事件を解決するたびに「ミッション、クリア」の文字が表示され、充電が回復するのだ。 充電が切れれば、スマホはただの“板切れ”になる。 悠介は、この謎の仕様とともに、江戸の町で次々と巻き起こる事件に挑むことになる。 盗難、騒動、陰謀。 江戸時代の知恵や人情と、未来の技術を融合させた悠介の捜査は、町人たちの信頼を得ていく。しかし、スマホの充電回復という仕組みの裏には、彼が江戸に転生した「本当の理由」が隠されていた…。 人情溢れる江戸の町で、現代の知識と謎のスマホが織りなす異色の時代劇ミステリー。 事件を解決するたびに深まる江戸の絆と、解けていくスマホの秘密――。 「充電ゼロ」が迫る中、悠介の運命はいかに? 新感覚エンターテインメント、ここに開幕!

処理中です...