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 皇帝陛下は逃さない 9

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「………善処は?」

「………………………」

 無言でオルフェウスの片脚を鎖に繋ぎ、部屋を出ていくアンドリュー。それを溜め息で見送り、オルフェウスは掛布の中に潜り込んだ。
 前は両手も繋がれていたことを考えれば、まだマシだ。ベッドの脚に繋がれた鎖は短い。用途がお察しなソレで繋がれたら、仰向けのまま大の字で動けなくなる。
 呪いが解けて両手の鎖から解放され、何日もかけて、ようよう片足だけになった。

 ……それでも繋いでおくんだよね。僕を信用していないんだな。

 少しへこむが、それも致し方なし。散々拒絶し、死物狂いで抗ってきたのはオルフェウス自身だ。何度も逃げ出そうとし、手酷いお仕置きを受けてきた。
 婚約者になろうが、側に侍ろうが、その疑惑は消えないのだろう。
 逃げるつもりなんてない。側にいる。いや、いさせて欲しい。そう言ったところで信じてはもらえまい。

 ……嫌いだったわけじゃないんだ。むしろ、求婚されるまでは尊敬していたし…… 男ぶりに憧れてもいた。……突然のこと過ぎて怖かっただけ。されることも酷すぎて…… ついていけなくて、逃げ出したかっただけなのに。……どうせこうなるんだったら、なんで最初から。……出来るなら、やり直したいな。最初の告白から。……今なら、僕は。
  
 ようよう自分の気持ちを自覚したオルフェウス。恋でなくとも情は育つ。長い蹂躙の裏に隠されたアンドリューの愛情を察し、それに心を寄せてしまった。

 ……好きになってたなんて。……鈍感だなぁ、僕は。
 
 いまさらな後悔に涙し、枕を濡らす青年。

 しかし、それとは違う思惑のアンドリューは、部屋で一人悶々としていた。



 ……片脚だけ。大丈夫だろうか。まさか一人で慰めてはおるまいな? ……ああ、やはり両手も繋いでおくべきか? あの白魚のような指を……絡めて…… うあああぁぁっ! 駄目だ、駄目だっ! 俺がいるのに自慰なんてっ! そんな、けしからんことはさせないぞっ?!

 そう思うといてもたってもいられず、アンドリューは何度もオルフェウスの部屋を窺う。

 扉の外に張り付き、静かな室内に安堵した。

 ……いたしている気配はない。……でもっ!

 と、再びオルフェウスの部屋へ向かうことを繰り返す皇帝陛下。
 
 ……阿呆ぅにつける薬はない。

 予想の斜め上を爆走するアンドリューの思考を知らず、オルフェウスは日に日に落ち込んでいった。



「私がですかっ?」

「そうだ。あいつから、何を悩んでいるのか聞いてみてくれ」

 ……直接尋ねたらよろしいでしょうに。

 はあ……っと、大仰な溜め息をつき、騎士は思うところを口にする。

「最近、陛下が可怪しいと仰っておられましたよ?」

「俺が?」

 如何にも心外だと宣うアンドリューの顔。

「あとは…… 狼でも愛せる……とか? 意味は分かりませんが?」

 貴方のご乱交がバレかかっているんですと、暗に含ませたつもりの騎士は、そこに有り得ないモノを見た。
 みるみる顔を赤面させる皇帝陛下という生き物を。

「そんなこと……っ、当たり前だろうっ! 何を頓珍漢な……っ! あのバカがっ!」

 恥ずかしげに吐き捨てる皇帝を見て、騎士の顔も赤らんでいく。こちらは怒気で。

 ……何が当たり前ですかぁぁーっ! 婚約者様をそちらの道に引きずりこまないでくださいっ! 変態は貴方様一人で沢山ですっ!! 頓珍漢なバカは、貴方でしょうがぁぁーっ!!

 二人の秘密を知らない騎士は甚く腹をたて、オルフェウスに深い同情を寄せる。
 そんな彼は皇帝陛下の独白に気づかない。

「……愛せるに決まってるだろうが。どちらもオルフェウスなんだから」

 この騎士の話を聞きつけ、大々的な狼狩りが起き、王都周辺から追い出された狼達が一番の被害者だったに違いない。

 そうして覚悟を決め、アンドリューはオルフェウスに尋ねた。



「何が気に入らない? 最近、食も細いし元気がない。そんなに俺の側にいるのは嫌か?」

 的外れな問いがオルフェウスの心を抉る。

「言われなくては分からない。お前に嫌われているのは知っている。そういうことをしてきたしな? ……だから、今は何もしないではないか。それでも嫌か?」

 ……そうじゃない。違うんです。

 喉元まで迫り上がるが、それをどう伝えれば良いのかオルフェウスは分からない。
 信用もされていないのだ。好きだといって信じてもらえるだろうか? ふざけるなと鼻白みはされないか?

 あらゆる不安がオルフェウスの脳内を飛び回る。

「言いました。鎖で繋がないで欲しいと…… 駄目みたいですが」

 ……そうだ、この鎖がバロメーターだ。陛下の信頼の。これが外されないのが現実ではないか。陛下が、僕を信用していないという。だから…… これが外されたら…… 告白してみよう。きっと信じてもらえる。

 だが、そんな切実なオルフェウスの願いを、アンドリューは一蹴した。

「……それは外せない。なんだ? やはり逃げたいのか? ……だろうな。俺みたいなケダモノから逃げたいのは当たり前だ」

 不貞腐れたかのようにぶっきらぼうな呟きを耳にして、オルフェウスの頭も沸騰する。

「逃げませんっ! 僕は陛下の婚約者となったのですよ? なぜ、そのようなことばかり……っ!」

「は……っ、肩書だけの婚約者じゃないか」

 ……気持ちの伴わない。……な。

 こちらもまた不器用というか、素直になれないお年頃。まあ、まさかオルフェウスが手慰みするかもと疑い、それに嫉妬しているなどとは口が裂けても言えはすまい。

「そちらこそっ! ずいぶんお忙しいようですけど、花を渡るなら一言くださいませっ! 仮にも僕を正妃にするのでしょうっ? 僕は、花遊びを咎めるほど心は狭くございませんっ!」

 ……どうせ浮気されるなら最初から許しておけば良い。落とした獲物に餌はやらないタイプなんだろう、陛下は。……信頼を求めても無駄なんだ。

 売り言葉に買い言葉。お互い、言葉足らずで不器用過ぎる二人は、当然、誤解を深めていく。

 まあ、オルフェウスにしたら、まさかアンドリューが、オルフェウスの手に嫉妬しているとは思うまい。逃さないためは大前提。それ+自慰防止に両手を鎖に繋ぐなどと誰が思おうか。斜め上過ぎる。

 皇帝陛下にしても、その執着を信頼の裏返しと邪推されるなど夢にも思わなかった。解かれぬ鎖は猜疑の証。そのようにオルフェウスが言えば、きっと全力で否定したはずだ。

 お互いにその一歩が踏み込めず、次々絡まる馬鹿な想像。

 ……慰めるなら俺がしてやる。……言えよ、頼むから。あああ、早く結婚してぇぇっ!! 魔女に頼んでおいたモノも届いたし、後は待つだけだ。

 ……信用してもらえないなら、それで良い。物わかりの良い妃として側にいよう。……側に置いてもらえるなら何でも良いや。

 それぞれ勝手に自己完結して事態を悪く転がしていく。絡まり拗れて修復の仕様もなくなった、その時。

 オルフェウスは、あるモノを見つけた。見つけてしまった。

「……なんっ……… 陛下…… あんまりです……」

 それは首輪。以前、オルフェウスが着けていたのと似たような首輪が、大切そうに執務室に隠されていたのだ。

 ……また、僕を繋ぐつもりですか? それとも別な誰かのために? ……どっちにしろ、おしまいだ。もう、耐えられない!!

 その夜、オルフェウスは姿を消した。彼に深い同情を寄せていた護衛騎士達が手引して逃がしたのだ。

「探せーっ!! 草の根分けても探し出せっ!!」

 王宮を駆け巡る怒号。

 逃げたオルフェウスは、それを知らない。
 
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