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 理不尽な溺愛 5

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「グエン? 食事はしたのか?」

「うん。ダイジョブ」

 卵の一件から、下にも置かない待遇となった源之助。そして、夜には盛大に可愛がられるものの、昼は誰もが卵を抱えているので、少年を悪戯することがなくなった。
 なんでも、卵は伴侶が専用の袋に入れて守り、慈しむらしい。声掛けをして撫でで愛でて、たっぷりの愛情を与える方が、良い子に恵まれると信じられている。

 ……タツノオトシゴみたいだな。こいつらは盗賊だから良いけど、普通の人は仕事とかどうするんだろ?

『卵の孵化は何よりも最優先されてま。通常なら生活に困らないよう国から支援が出ますし、日常生活は嫁と交代してこなしますな』

 嫁の世話も伴侶のつとめ。食事の支度や入浴など、卵を抱えていると危ない場合、嫁に代わりに見てもらっているらしい。

 ……そこまでして抱いていたいもんかね。放置したら駄目なのか?

『……生まれはしますよ? けど、愛情を与えられなかった幼児は親に懐きまへんな』

 ……幼児?

 えっ? と聞き返した源之助は、この世界の孵化事情も知る。
 授かった時はダチョウの卵くらいだが、半年ほどたつと両手で抱えるような大きさになるのだとか。そして生まれるのは、よちよち歩き出来る程度の乳幼児。
 自我もあり、片言を話せるまで成長した状態で生まれてくる。
 ……つまり卵の中で、親の語りかけを聞いて育つのだ。かなりマジで。
 だから語りかけや撫でるのを怠ると、それこそつっけんどんな態度を取られる。泣き喚いて懐かないギャング様の出来上がり。
 そういった子供を持て余して、捨てたり売ったりする親もいるというから救えない。

 ……うわあ。でも、赤ん坊も夜泣きとかして苦労するって聞くし、これはこれで育児の負担軽減になってるのかな?

『どうですやろなあ…… アテは他の世界も知っとおで分かりますが、その苦労も経験どすし、そういう苦労があったからこそ、成長した我が子に対する愛しさがひとしおなるんちゃいますかねぇ?』

 妊婦がすべき苦労を代行する伴侶達。それが子供への愛情を深め、ある意味、良い結果に繫がっているのだろう。
 まあ、しょせん源之助にとっては余所事だ。卵を切望する伴侶らと違い、夜までの時間が自由になった少年は、部屋の片隅に巣を構築した。

 広い部屋をあてがわれ、あれやこれやと色々設えてもらったが、根が庶民な源之助には居心地が悪い。
 伴侶と睦む用のベッドは異様に大きく、大人が五、六人乗ってもラクラクなスペースがあり、盗賊達は代る代る源之助に精を注ぎに来た。
 そのためのベッドなのだから当たり前だが、毎日二十人以上を相手にしている身になって欲しい。
 腰が抜けるほど抱き潰され、疲労困憊な源之助は、どこかに落ち着ける場所が欲しかった。こんな立派なベッドや応接セットの鎮座する無駄にデカい部屋でなく、慎ましやかで何でも手に届く自堕落な巣が。

 ……前世のデスクみたいな? パソコンに張り付いてゲームして、飲み物や食べ物、本なんかが傍らに積み上がったような…… うん。

 そう思い立った源之助は、部屋の片隅にクッションを重ねてゴロ寝スペースを作り、その周りに好きなものを配置した。
 部屋角を利用して作業用の足場をちゃぶ台代わりに置き、その上にお茶やお菓子。反対側には読み慣れた書物を積み上げ、ころころ変わる趣味のスペースも作る。
 今は本に載っていた木工細工に凝っている少年。
 ナイジェル達に頼んで、彫刻刀や小刀を融通してもらい、ちまちまと色々削っていた。
 ゴロ寝スペースの周りをそのように配置して、幸せそうに寝転がる源之助。

 ……部屋と仕切るカーテンかパーカッションも欲しいな。作ってみようかな。
 
 万年床を連想させるような所帯染みた空間。

 そんな隅っこを陣取って寝転がる少年に、ナイジェルらは眼を見張った。

「……何してんだ?」

「僕のエリア」

「この部屋全部がお前のもんだろうがよ」

 不可思議そうに首を傾げつつ、ナイジェルは卵を抱えて隅っこのゴタゴタスペースへ近寄ってくる。
 そして、せっかく源之助が設えたアレコレの一角を崩して、土足でクッションに上がってきた。

「靴っ! 靴脱いでぇっ! ここは土足厳禁なのぉっ!!」

「うえっ? お、……おう?」

 凄まじい剣幕の少年に驚きつつ、ナイジェルは慌てて靴を脱ぐ。おっかなびっくりしつつも、彼は敷かれたクッションのスペースにあぐらで座った。
 せっせと構築した巣を崩されて、ちょいとご立腹な源之助。

 ……んもう、何だよ、全く。

「で? 何か用?」

「冷てえな。用がなきゃ来ちゃいけねぇのかよ。嫁を気にすんのは当たり前だろ?」

 少年が横になれる広さで設えたクッションスペース。それはナイジェルには少し狭かったが、壁を背もたれにして軽く脚を伸ばした。

「おら、来い」

 ポンポンと脚を叩いて少年を呼び寄せ、そのまま頭を抑えつけて自分の膝に横たわらせると、ナイジェルはその滑らかな黒髪を撫でながら、他愛もない雑談を始める。

「飯はちゃんと食べてるな? おやつは? 水菓子があるだろう?」

「食べてるよ? お菓子なら、そこにもあるし」

 テーブル代わりな作業台を指さされ、ナイジェルは仕方なさげに笑った。

「相変わらず貯め込んでんなぁ。ネズミみたいな奴だよ、お前は」

 ……そういや、前にも檻に食べ物隠してたっけ。

 ほんの数ヶ月しかたってないのに、少年は、やたら懐かしく思う。
 卵と源之助の頭を両方撫でながら、色々尋ねてくるナイジェルの声が心地好く、源之助はふにゃふにゃと眠気に襲われた。
 敷き詰めたクッションの上というのもあるのだろう。すう……っと寝息をたてて夢の中へと誘われる嫁を見つめ、ナイジェルも薄く微睡んでいく。

 ……ああ。良いな。こういうの。

 口には出ていない、どちらともない呟き。

 そんな穏やかな日々が、ずっと続くと源之助は思っていた。少なくとも子供らが孵化するまでは。
 孵化してからも、子供達が洗礼を受ける頃まで、親はてんやわんやなのだと聞く。続けて卵を得る場合もあるし、子育てにとても熱心な世界だ。しばらくは安寧な昼時間を過ごせると少年は思っていた。

 源之助は、己に降りかかる理不尽を舐めていたことを、このあと死ぬほど後悔する。
 
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