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 結婚しました 〜終〜

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「ちょ…… やめてって……」

「なんで? ほら、あーん」

 翌朝、腰の抜けた風月を抱いたままリビングに降りてきた豪は、可愛い仔犬をいそいそとお世話する。

「口開けて?」
 
「~~~~~~っ」

 ……なんで、そんな無駄に色っぽいかなっ?! こ、腰に響くよ、その声ぇぇっ!!

 糖度マシマシな豪を呆れたかのような眼差しで眺め、トニーとベルナルドは仕方なさげに眼を見合わせた。

「久しぶりに見たな、タケシの本気」

「ねぇ? あの声で囁かれたら、教会の神父だって腰砕けで跪くよ」

 甘く染み入る掠れたバリトンボイス。どれだけの男女がアレの毒牙にかけられたことか。
 豪が普段オラオラなのは性格もあるが、あの声を隠すためだと長い付き合いの二人は知っていた。魔性の溜め息とも呼ばれる音域だ。
 アレを所持し操れる者は極稀で、豪はその一人。特に言語中枢の発達した日本人には堪らない快感だろう。
 科学的な立証はされていないが、人間には心地好く聞こえる音域がある。その声の持主に惹かれ、焦がれ、どうしようもなくなる音域が。

 ただでさえ惹かれて堪らない声。そこに愛情が加わるとどうなるか。

 まさに猫にマタタビ状態。腰が抜けて立てなくなるほどの快楽に満たされてしまう。
 風月が、囁きとキスだけでイかされてしまった理由だ。虫の声を言語ととらえるくらい繊細な日本人の脳細胞には効果覿面。
 脳内に直接作用する麻薬のような多幸感で、瞬く間に風月の理性が痺れていった。

 仔犬を陥落させるために本気を出してきた豪。

 それを生温く見守り、あの声の余波を喰らわぬよう、そっと部屋を出ていく二人である。



「俺が好きか? なあ?」

 ちゅ、ちゅっと風月の顔中にキスを落としながら、豪は自分の膝から仔犬を下ろさない。

「好き……だよ? 大好きだってばっ、だからぁ…… あっ!」

「そうか…… 可愛いな、風月。離したくない…… 部屋に戻ろうか?」

 食事を食べさせ終え、風月を抱っこしたまま豪は立ち上がる。

 ……待て待て待てっ! それって、また悪戯するつもりだろぅぅっ!

「や……、僕、少し外に出たいな? ほら、せっかくだし、近くの観光でも……ぉぉっ?!」

「外だと……? 観光? そんなのは式の後だ。今は許さん」

「なんで……?」

 先程までの甘さはどこへやら。突然、眼をギラつかせて低く唸る御主人様に、風月は本気で怯える。

「なんでだと? お前、まだフリーなんだぞ? 首輪をつけるまで他の奴の目に触れさせるわけなかろうが」

 ……はい?

「首輪……?」

「あ…… 違った、指輪だ」

 ……えらい違いぃぃっ! 首輪って言われても違和感なかったよっ! ってか、豪さんの中じゃ、指輪がそういう位置づけっ?!
 
「つけたら良いの? 指輪あるって言ってたよね? 心配ならつけるよ?」

「つけるのは教会でだ。……それに、まだ愉しみ足りない。首輪をつけるまでの興奮も、じっくり愉しみたい。風月を手に入れるという過程をな」

 ……結局はそれかぁぁーーっ! ほんっとに心底好きなんだな、そういうプレイがぁぁーっ!

「いや、僕が前から豪さんのこと好きなのは知ってるでしょ? 何をいまさらっ?」

「……知ってたつもりだったけどな。お前、逃げたし。しっかり確認しておかないと不安なんだ。本当はまだ俺のことを怖がってるんじゃないかって…… その……色々やってきたし? ……な」
  
 ふ…っと力なく顔を擦り寄せてくる豪を見て、得も言われぬ憐憫が風月の中に湧き起こる。
 考えなしな自分の行動が彼を不安にさせたのだと思うと、じわじわ気不味い罪悪感が這い回った。

「もうやらないと言いたいとこだけど、俺はこういう性癖だ。どこまでお前に許されるか試したくもなる。お前は気持ち悦かったといってくれて…… すげぇ嬉しかった。……結婚してからも、……して良いか?」

「……良いよ」

 色っぽい誘いに、真っ赤な顔で頷く風月。

「もっと凄いことをするかもしれん。それでも?」

 少し興奮気味に荒らぐ甘い声。それに理性をからめとられて、風月の意識が恍惚と蕩けていく。
 
「豪さんに…… されるなら…… 良い」

 ……言質頂きました。

 にぃ……っと獰猛に口角をあげ、豪はふにゃふにゃになった仔犬を抱いて二階に向かった。

「ゆっくり愉しもうな? 明日の式には影響がないよう加減するから。風月もされたいだろ? 俺にさ」

「……されたいぃ。……して?」

 豪の肩に顔を埋めて、風月が絞り出すように呟いた。その吐息の熱さが豪をゾクゾクと昂らせる。

 ……かああぁぁーっ! 俺の嫁、クッソ可愛えぇぇーっ! 挿れたいっ! 思い切りブチ込んで泣かせたいっ!! あーっ、もーっ、生殺しだぞ、俺ぇぇーっ!!

 理不尽に遊ばれる風月よりも、凄まじい忍耐を駆使して身悶える豪。
 獰猛なケダモノにおあずけを食らわせたために起きた束縛を理解せず、部屋に戻った豪は、夕方、気を利かせたトニー達が戻ってくるまで、執念深くドロドロに風月を溶かし続けた。



「……も、死ぬ。お腹の中、痛いぃぃ」

 ようよう解放された風月は、リビングでぐったりソファーに凭れている。
 少年はイきすぎて腹の奥が酷く疼き、軋んでいた。出るモノがなくなっても嬲る手を止めず、お互いに服を着たまま、豪は風月を求める。『俺が好きか?』と。

 どれだけ好きと言わされたか。もはや記憶もふっ飛び覚えていない。

 初夜までしないという風月を尊重してくれているらしい豪は、服を寛げない。それは良い。それは嬉しい風月だが………

 その分、別の意味で行為の深みが、ぐんっと増した。

 ……なんで、あんなに色っぽいんだよっ! 週末のプレイなんて目じゃないぞ? 声だけで泣けちゃうよ? 僕っ!!

 おかげで、中を弄られたわけでもないのにドライでイかされる始末。
 豪が、魔性の吐息などと呼ばれる隠し玉を持っていたとは知りもせず、淫らに変えられていく自分の身体が風月には信じられなかった。

 疲労困憊な少年を気の毒そうに眺め、それでも幸せなんだろうなと苦笑するトニーとベルナルド。

 こうして甘さ倍加した豪に狼狽えつつ、翌日、教会で結婚式を挙げた二人。



「……お前に触れさせるのは業腹だがな。他に適任がいない。感謝しろ」

「……光栄だね。フーガ? エスコートは任せて? 緊張してるのかい? 可愛いね」

 花嫁の受け渡しを任されたトニー。

 揃いの白のタキシードを身にまとい、豪は牧師の前に行く。そこで待つ彼に、トニーが風月を連れてゆくのだ。
 本来、バージンロードを歩くのは父親の役目だが、風月には親がいないのでトニーが代行する。
 これを任せるあたり、やはり豪はトニー達をかなり信用しているのだろう。悪態をつきまくるのもそういう気安さの表れだ。

 厳かなパイプオルガンの調べに乗り、静かに歩く風月とトニー。

 ここに来るまでの経緯を思い出しつつ、風月は一歩一歩、ゆっくり進んだ。



『あほうっ!! そんなん、とうに借金の抵当に入っとるわっ!! 良いから放棄しろっ! このままじゃお前、親の借金まで背負うはめになるぞっ?!』

 開幕、怒鳴られまくってお互いに最悪な心象から始まった関係。助けられた安堵に泣き崩れたのを今でも鮮明に覚えている。



『……美味い』

 小さな一言から始まった何気ない称賛や労り。しだいに慣れて、面映ゆくテレたり、罵ったり。

『だからあっ! ピーマン避けんなっ! 大人だろーっ!』

『パプリカで良い。ピーマンなんか買うな、俺の金だ』

 脳裏に浮かぶ楽しいアレコレ。

 もちろん楽しいことばかりではなかった。



『え、ちょっ、父さん達の遺骨はっ? どうなるの、叔父さんっ!』

『遺骨?』

 馬鹿な自分が取り返しのつかないことをしようとしたのも止めてくれた豪。トラウマになるほど虐められたが、それも今思えば心配の裏返しだと風月は知っている。

『誰だって間違いはあるもんだ。でもな? その間違いの中には、取り返しのつかないモノもあるんだよ。万一、薬なんかを使われて抜けられない泥沼に引き込まれたらどうする? 今どきの日本では有り得ない話じゃないんだぞ? お前がそんなんなって遺骨を守ったとして、死んだ両親は喜ぶと思うか? お前がボロ雑巾みたいになって守ったと知ったら、二人は草葉の陰で泣くに泣けんぞ? たぶん』

 真剣に風月を叱りつけ、金が欲しいならくれてやると借金返済の理由をこじつけて、彼に買われるようになった衝撃の夜。

 ……あの頃から、きっと自分は豪に惹かれていたのだ。

 そして決定的となった、一幕。

『よく言ったっ! それでこそ、拾った甲斐があるぞっ、風月!!』

 獰猛に眼をギラつかせながら、全力で風月を肯定してくれた豪。心から誇らしいと言わんばかりな、あの辛辣な笑みに風月は落とされた。 

 仄かだった恋心が確定した瞬間。

 そこからも紆余曲折はあったが、その全てを払拭し、これまた全力で捕まえに来た豪に、どうして抗えようか。
 数々の思い出が走馬灯のように風月の脳内で踊り狂った。

 そして気づけば、風月の眼の前に彼が立っている。

 いつものふてぶてしい笑顔で。さも当たり前と言いたげな顔のまま、彼はトニーから風月を受け取った。





「……これで、もう俺のモノだな? すぐに領事館に届け出するぞっ?」

 式が終わって、トニーらに見送られ、上機嫌な豪は車をかっ飛ばした。
 これから届け出をしたら新婚旅行に向かい、今度こそ蜜月だと嗤う伊達男。そんな二人の指に輝くリングは、最愛という横文字が彫られたプラチナのポージーリング。
 装飾は何も無いが、裏側にそれぞれの誕生石が埋め込まれている、日本人らしい小洒落たモノだ。

「綺麗だね」

「気に入ったか? お前はまだ学生だし、華美なのも好むまいと思ってな。プラチナは海外であまりウケが良くないが、俺もシンプルな方が好きだから」

「そうなの?」
 
 視線だけで頷く豪によれば、大都会ではそれほどでもないが、海外でプラチナの知名度は日本ほど高くないらしい。下手をすると銀と間違われて侮られるとか。
 そういった関係から、海外の人は結婚指輪みたいな重要なモノには、一目で分かる金を選ぶ。

「……もう逃さないからな? 俺の愛情を疑う余地なんてなくなるくらい、その身体に叩き込んでやるからな? 徹底的に躾けてやる。覚悟しやがれ」

 ……言い方っ!!

 あいも変わらずな言い回し。それに愛情があるのだと分かった今では、風月の耳にも心地好い睦言にしか聞こえなくなるから不思議だ。

「これからは何でも言えよ? 聞けよ? 言わないなら身体に聞くからな? 嫁にしたからには容赦しねぇ。もう、お前の憂い顔にオロオロさせられるのは御免だ。全力で吐かせてやるからな」

 何を思い出したのか、煙草を噛み潰しながら唸る御主人様。

 ……本気でやられるな。うん。知ってますとも。ええ、もう十分に。

 テレテレと眼を泳がせる仔犬を抱き寄せ、満面の笑みで笑う御主人様、改め旦那様。
 それに得も言われぬ至福を感じ、風月も甘やかに微笑んだ。
 
 二人の幸せそうな笑い声が、穏やかな風通う大空の青みに吸い込まれていく。

 風月は、そこで誰かが笑った気がした。

「どうした?」

「……ん。なんでもない」

 ……ありがとう。

 誰に当てたのかも分からない風月の感謝。

 それに応えるように瞬いた太陽に見守られ、二人の新たな人生が始まる。
 多分に豪の力技でガッツリ舗装された、風月の幸せな人生が。

 すこぶるつきな不幸と、すこぶるつきな幸運に見舞われた野郎どもの将来に幸あれ♪

              ~了~




 ~あとがき~

 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 ふいに思いついた話なので、かなり雑になってしまいましたが、完走できてひと安心です。
 お後、エピソードを幾つか入れる予定ですが、そちらはガチ濡れ場の裏話中心になるので、ひとまずこれにて完結です。
 
 最後までお付き合いいただき、心から感謝します。また、どこか別な物語で。さらばです。
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