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 捕まりました

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「だから、お前は考えなし過ぎだっつーんだよっ!! いや、考え過ぎなのかっ? どっちでもいいわっ! 動く前に相談しろって、いつも言ってんだろーがっ!!」

「……ごめんなさい」

 毎度お馴染みな正座で床に座らされ、ちんまり背を丸めて項垂れる風月。

 あの後、烈火のごとく暴れる豪を必死に羽交い締めして止めるトニー。その二人の大騒ぎで、風月は眼を覚ました。



「殺す… 殺す… 殺す…っ!」

「やめて、タケシっ! うちの客に死人を出さないでっ!!」

 ……タケシ? トニーは豪さんを知ってるの?

「お前もお前だ、トニーっ! しっかり見張っておいてくれと頼んだだろうがっ!!」

「そんな……っ、俺にだって仕事があるんだよ? タケシはいつも無茶を言う」

 ギャンギャンやっていた二人だが、ベッドに横たわる風月の眼が開いているのを見て、ピタリと止まった。
 そして次の瞬間、一気にベッドへ詰め寄ってくる。

「風月っ! 大丈夫かっ? 何もされてないなっ? ……って、お前は一体、何回同じ台詞を俺に言わせるんだよっ! ああっ?!」

「タケシっ! 怒ってる場合じゃないだろうっ! フーガ、大丈夫だね? あんなの野良犬に絡まれたようなモンだから。何もされてなくて良かったよ」

 ……何も。

 途端に背骨を突き抜けていく気持ち悪さ。

「……………っ」

 思わず身体を抱きしめるようにさする仔犬を見て、豪の双眸が昏い光を一線させた。

「やっぱ、軽く殺ってくるわ」

「殺るのは、軽くと言わないっ!!」

 再びドタバタやらかす二人。

 それが一段落したあたりで、豪の怒りは本来のターゲットに向けられた。



「でも豪さん、来るのは明後日だったんじゃ?」

「……SNSに行先同じな飛行機のチケット交換求むって書き込んで、一番早い便な奴のチケットを譲ってもらったんだよ。……俺までエコノミーだ、この野郎」

 ……そこまでして怒りにきたのか。
 
 仁王立ちする豪の足元に転がるゴツい鋏のようなモノ。チェーンがあることを知っていて用意してきたとしか思えない工具を見つめながら、風月は溜め息をついた。

 ……押し入る気満々じゃん。……怖。逃げられるわけがなかったんだよなあ。

「どうして勝手に来たんだ? せっかく旅行を楽しみにしてたのに」

「……………」

 答えようがない風月。

「……俺と来るのが嫌だったのか? もう借りもないし。……俺から逃げたくなったのか?」

 ……好かれてると思ってたんだが。俺の妄想だったか。あの時の言葉にも深い意味はなかったのかもな。

 珍しく弱気な気持ちで自重する豪。

 そんな彼を見て、風月は逃げても意味のないことを悟り、ようよう己の気持ちを吐露した。

「……ずっとの先が分からない」

「……ん? どういうこった?」

 ふぐふぐすすり泣く風月の前に座り、その小さな両手を握りしめ、豪は辛抱強く少年が話すのを待つ。

「……僕は。子供……で、豪さんに……何も出来なくて。頼って……ばっか……で。お金を……ふぐっ、返したら、……用無しで……しょ?」

「……はい?」

 素っ頓狂な顔で眼を見開く豪に、風月はぽろぽろと思っていたことを口にする。

 必死に話す風月の言葉をざっと整理すると、豪の気持ちが分からない。好かれているとは思うが、それが恋愛的なモノには見えず、この先一緒にいても、きっと自分は苦しくなってしまう。

「ぼ…、僕は豪さんが好きで…… ずっと、ずっと好きで……っ、ただの遊びだって分かってるのに、触れられると嬉しくて……っ! もし豪さんが誰かと結婚したり、僕を邪魔に思ったりしたら、どうしようって……っ、うう…… ふぇぇ……ん」

 思わぬ言葉の羅列に、豪こそが泣きたくなった。

 ………全く通じてなかったってか? あれだけベッドで可愛がってやってたのに? 好きだも愛してるも囁いてやったよな? 意識してくれるよう、普段もそこそこなスキンシップしてきたのに? おい、こら。

 ふつふつと湧き上がる怒りで、泣きたい気持ちが蒸発する。

「鈍感にも程があろうがあぁぁーっ!!」

 はにゃ? っと泣き顔のまま首を傾げる風月。

 そんな二人の会話を黙って聞いていたトニーが、生温い眼差しで呟いた。

「タケシぃ? 君って、この子にどんな暮らしさせてたの? 三年だよね? それだけ一緒にいて、不安しか与えてなかったのかい?」

 如何にも呆れたとしか言いようのない声を耳にして、ふと風月がトニーを見上げる。

「そういや、トニーは豪さんと知り合いなの?」

 コクコクと頷き、うっそりとほくそ笑む緑の瞳。それがこれまでの経緯を語った。



「ハイ、タケシ。久しぶりじゃないか」

 風月が一人でアメリカに飛んでしまったことに度肝を抜かれ、豪は国際電話で知り合いに連絡を入れた。
 ミシシッピですぐに動けそうなのはトニーしかいなかったらしい。

「俺の嫁が勝手にそっちに向かっちまってな。もう着いてると思う。GPSの権限回すから、探して保護してくれないか?」

「一人で? 明後日一緒に来るっていってたのに。何があったのさ」

「分からないんだよ。あ~…… 俺の知り合いってバレたら逃げるかも? どうしたら……」

 本気でオロオロしているのが電話越しにも伝わり、トニーは仕方なしに引き受けた。なるべく気づかれないよう様子を見ると。困っているようなら、助け舟を出すと。

「そういうわけで、タケシに頼まれて君を見てたのさ。ここの甥ってのは嘘でね。理由を支配人に話して、フロントにいさせてもらってたんだ」

「そうだったんですか…… ごめんなさい、トニー。豪さんも。迷惑かけまくったうえ、心配させて」

 ……この話を聞いて、気になるとこは、そこなの? 嫁っ! こいつが君を嫁って呼んでるとこに気づいてあげてよっ!!

 そう。この三年間、豪は誰かと話す時、風月のことを嫁と称していた。彼の中では決定事項。ゆえにハマった落とし穴。
 まさか風月本人にその気持ちが欠片も伝わっていなかったとは、豪自身、思っていなかったのだ。

「あのさあ、風月? 俺、毎週寝室でお前を可愛がってるよな? 好きだとも、愛してるとも言ってるよな? なんでそれを信じない? どうして頭から疑ってるんだよ」

「だって…… あれはプレイの一種でしょ? そうやって恥ずかしがらせて愉しんでるだけでしょ?」

 これまた斜め上の答えに思わず天を仰ぐ豪。

 ……いや、まあ、そういう気持ちも無きにしもあらずだが。恥ずかしがるお前は可愛いし? わざと羞恥に赤らむような台詞を選んだりもしてたけどな? 

「……そう取ったか。でも、俺がお前にしたりさせたりする行為を何ていうか知ってるか? 情交。セックス。愛情がなきゃやらないことだぞ?」

「僕にお金を与えるための口実でしょ? だから…… 借金が完済された今、もう遊んでもくれなくなるんでしょ?」

 ……どんだけ、斜め上ぇぇぇっっ!!

 風月の妄想と曲解に心の中でだけ地団駄を踏む豪だが、二人の会話を聞くにつれ、しだいに目の据わってきたトニーが口を挟んだ。

「タケシ? 今の会話の説明してくれるかな? プレイって何? 君、この子に何してきたの? お金? いったい、何の話だ、ごらああぁぁーっ!」

 鬼のような剣幕で雄叫ぶトニー。

 それに驚きつつも、豪は、風月と出逢った頃の話をした。



「はあ…… それで、ここまで? ……大馬鹿野郎は、お前だ、タケシっ!!」

「何で、俺っ?!」

 如何にも心外極まりないといった顔の豪に、トニーのダメ出しが始まる。

「まずは、お金から始まった関係というところっ!! そして、その誤解を解いていないところっ!!」

 金銭目的で始まったセフレ関係。そのように豪も風月に説明していた。子供が信じ込むのは当たり前。

「けど……っ、そんなん説明したら、こいつは絶対に金を受け取らないぞっ? 俺が、こいつに惚れて、借金を肩代わりしたいなんて言ってみろ。こいつは金を受け取らないばかりでなく、意地でも俺に金に返そうとして、身体を壊すくらい働くに決まってる。だから完済するまで黙ってたんだよっ!!」

 ……そんなことを考えて? 

 風月が初めて聞いた豪の気持ち。

 切実に語る豪に頷きつつ、トニーの眼が眇められる。

「そういうことか。なら分からなくはないよ? でも、プレイって何さ? 君、この子が誤解しまくることしてんじゃない? 普通、そうやって何年も身体を重ねてたら、否応なく伝わるもんじゃないの? お互いの気持ちってさ」

「……重ねてない」

「……は?」

「重ねてないって言ってんだよっ!!」

 不貞腐れたかのように吐き捨てる豪。

 ……そう。豪さんは、僕の身体で遊びはしても、抱いてくれたことは一度もないのだ。

 思わず風月の喉元まで上がる切なさ。意気消沈して俯く少年の姿を見て、トニーはわけが分からない。

 ……お互いに大好きだと端から見てても分かるのに、通じてない? どういうことさ。

 この後、二人の拗れた原因が白日の元にさらされる。
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