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 困りました

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「次は二年後かな?」

「そうだね。上手くいけば、その頃には返済額が貯まってると思う」

 後で聞いた話だが、風月の借金はすでに完済されていた。豪の世話になり始めてすぐ綺麗にしたらしい。

『俺が後見人になるのに、借財を背負わせたままにするわけなかろうが。どこの誰に足元を掬われるか分かったもんじゃねぇ』

 風月が考えていたようなことは、とっくに想定済みだったらしい。

 ……そういうことは教えておいて欲しいよね。うん。

 なので豪は、耳を揃えてから返してくれればよいと風月に言った。風月も、キッチリ揃えてから返したい。完済して、そして……

 ……豪さんに好きだって伝えるんだ。

 このまま一緒に暮らしてくれる彼なら。毎週末みたいに自分の身体で楽しんでくれてる彼なら。告白しても嫌われはしないだろう。
 そんな気はなかったと困らせるかもしれない。それならそれで、せフレでも良いよ? と軽く流してしまえば良い。
 
 ……豪さんのことだから、面倒ごとは御免だとか言われるかも……… ……黙ってた方が良いのかな?
 そしたら、今みたいに週末だけでもイチャイチャしてくれるかもだし?

 生い立ちのせいで染み付いた風月のネガティブ思考。
 少年は窮地に陥ると、際限なく悪い方へと妄想を膨らませる。おかげで、どれだけ豪が苦労したことか。
 
 そんな益体もない未来妄想で悶々とした風月だが、翌日、搭乗時間まで間があるからと、少年は豪に誘われて教会を観光した。
 古くあるが、よく手入された大きな教会。
 荘厳さすら感じるステンドグラスを見上げ、頭が真っ白になった風月は、くだらない妄想を忘れた。

 ……すっごい。きれぇーーっ!

 相変わらず脳内丸分かりな仔犬様。

 昨夜から何かふさいでいる様子な風月を見て、豪は気分転換に連れ出したのだ。旅の終わりがアンニュイなど、許せるわけがない。

 ……ほんと手間のかかる仔犬だこと。ま、そこも可愛くはあるんだけどな。

 こうして豪の機転で旅も楽しく終わり、高校に入学した風月は、部活もせず家政婦業に専念する。



「別に、部活くらいしてもかまわんぞ?」

「無駄、無駄。余計な出費も増えるし、時間が減るし、良いこと何もないからね」

 あっさり取り付く島もない仔犬様。

 ……まるで嫁みたいに甲斐甲斐しいのな。うん、もう嫁だな。

 一人、勝手な妄想に浸る飼い主。こちらは常にポジティブ思考だ。財力がある分、手に負えないエンジョイ勢。
 超ネガティブに偏る風月と二人で足して、二で割れば丁度いいのだが、まあ、世の中、そんな上手くはいかない。

 そんなこんなで日々が過ぎ、どちらも決定的な確信を持てないまま、風月は十七歳になる。

 その日、少年は学校を休み、予約しておいた銀行へ向かう。



「こちらです。気をつけてお持ちください」

「ありがとうございます」

 カウンターでなく、応接室に通されて渡されたのは帯封のついた札束七つ。トレイに載せられたそれを受け取り、風月は用意してきた封筒に入れた。

 ……これで。何の憂いもなく、豪さんに告白出来るぞ。お金を返して…… 返して…… …………

 そこからが、想像も出来ない風月。

 すっかり身長も伸びて、少年から青年になりつつあるのに、未だ風月は豪に愛されている確信が持てなかった。
 嫌われてはいない。むしろ暑苦しいくらい好かれてるとは思う。でもそれが恋愛的なものかどうかは分からないのだ。
 豪は、あらゆる玩具や道具を沢山持っている。聞けば、昔のセフレや遊び相手に使ったとか。

『あん時ゃ俺も若かったからなぁ。そういうのにハマった時期があんのよ。まあ、もう卒業したけどな』

 苦笑いした大人の顔。当時、遊ばれる子供でしかなかった風月には豪の気持ちが分からなかった。

 ……セフレとか、言葉や大まかな意味はなんとなく知ってたけどさ。……今思えば馬鹿なことばっか考えてたよね、僕。
 
 豪に惚れてる自分がセフレになれるわけがない。肉体関係だけでも良いなんて爛れた思考にはなれない。近くにあれば甘えたいし、見て欲しいし、かまわれたい。
 同じ様な誰かが彼と抱き合うなんて許せないし、見たくもない。それこそ、あたり構わず子供のように怒鳴り散らしてしまいそうだ。
 
 ……だから。豪さんも結局は最後までヤらないのかもな。

 風月はスポーツバックに入れたお金を一瞥して、空を振り仰いだ。

 毎週末、寝室に引き込まれ遊ばれるが、豪が風月を貫いたことは一度もない。
 玩具や道具で散々虐め抜かれるのだが、彼のモノを使われたことはないのだ。
 最後は、いつも口の中。イラマも気持ち悦くなってきた仔犬様だが、決して風月の中に挿れない豪に、最近はあらぬ疑いさえ持っている。

 ……僕にお金を与えるために遊んでるだけ。……なんだよね、やっぱ。性欲解消って奴? ……それでも良いんだけどさ。

 明後日な思考で帰路についた風月。

 そんな仔犬を満面の笑みで出迎え、豪は約束通り旅行に行こうとチケットを風月に差し出した。

「金は揃ったんだろ? これで晴れて自由の身だぞ? 将来は決めてるのか? 大学とか。ああ、忙しくなるな」

 バッグから封筒を出そうとした風月の手が止まる。

 これを渡したら終わりだ。週末に買われる理由もなくなるし、豪に繋がった片思いを伝える術が切れてしまう。

「あの……さ。ずっと僕と暮らしてくれるんだよね?」

「? ああ、ずっとだ。それがどうした?」

 ……そのずっとはいつまで? 豪さんが結婚したら? 子供が生まれたりしたら? それでも僕をここに置いてくれる?

 ……あああ、馬鹿だろうっ! そんな状態になったら、僕こそがここにいられない。幸せな豪さんを呪ってしまいそうだ。僕に淫らな遊びを散々仕込んでおいて、これでお終い? 晴れて自由の身? 

 ……そんな自由はいらないよっ! むしろ縛って欲しい。借金でも、遊びに使ってる縄でも枷でも構わないから、かんじがらめにして僕を豪さんに縛り付けてようぅぅっ!!

 どうしたら良いのか思いつかず、己の欲望に困り果てて懊悩する風月。
 相変わらず斜め上を爆走するピカ一なネガティブ思考。歳を経た分、考えることに拍車がかかっていた。

 ……まぁ~た、何か変なこと考えてやがんな?

 風月からお金を返してもらった豪は、その手が小刻みに震えているのを見て、しばし思案する。

 ああいう時の風月は、大抵いつでも宜しくない方に舵を切るのだ。叔父の時然り。
 注意して見ておかないとと思いつつ、明後日の旅行出発に気を持っていかれた豪。
 
 これが痛恨のミスになるとは、今の彼は思ってもいなかった。
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