7 / 26
二枚目のやり直し
しおりを挟む「………またですか」
「また、だあ?」
そこは深い森の奥深くに張られた結界内。研究に明け暮れる魔女らは、再び訪れた外界人に眼を見張る。
結界内の時が止められているとはいえ、外界では流れている。たった十年ていどの経過で新たな外界人が来るなど前代未聞だ。
「……ハルト様からお聞きになったのですか? そんな口の軽い御仁には見えなかったのに」
「兄上? どういうこった?」
「御存知でいらしたのでは? では、どうやって、ここに?」
頭を斜に構え、ライルはここまでの行程を吐き捨てる。
どうしても母親や妹を救いたかった彼は、件の伝承に眼をつけ調べたのだ。ハルトの辿ったのと同じ道を通り、彼は魔女の結界の森を突き止めた。
ライルの説明に耳を傾け、魔女は仕方なさげな嘆息をもらす。
「御兄弟ですねえ…… ハルト様も同じことを申しておられましたよ。奴隷落ちして儚くなった義母や弟妹を救いたいと。秘術の対価にも怯まず過去へ還ってゆかれました」
「兄上がっ? まさかっ! あいつは俺を殺そうと…… ……? 俺が……? 死んだって? そう言っていたのか? どういうこったっ?!」
据えた眼差しでライルをみる魔女。
「……なにか誤解があるようてすね。間違えたまま逆行しても碌な事になりませんし。説明しましょうか」
そして魔女はとつとつと語った。ハルトがここを訪れて過去に戻った経緯を。
「公爵家が破産し公爵は自害。負債の返済で家屋敷や領地を失い、家族を売り払われ、ハルト様自身も爵位を売るための商品として奴隷のような暮らしをなさっていたそうです」
「そんな…… 馬鹿なっ!!」
眼を見開いて戦慄くライル。それを無視し、魔女は話を続けた。
「ハルト様は己を高く売り払い、家族の行方を探したとか。折り悪く、花街に売られた義母や妹は死んでいて、鉱山奴隷だった貴方だけが生きていた」
「鉱山奴隷………?」
それは奇しくもライルが兄を突き落とした地獄である。
「……無惨な状態だったらしいです。鉱山奴隷といえば、荒くれ者らの巣窟。肉体的にも精神的にもボロボロになっていた貴方を引き取り、その最後を看取った。それを機に、ハルト様は何十年もかけて伝説の中の真実を見つけました。……逆行して家族を救うためにね」
ライルの中で、ぶわりと幸せな思い出が蘇る。
頼もしい父親と優しい母親。そんな二人よりも甘く溺愛してくれた兄。心底嬉しそうに撫でて抱き上げてくれ、自分も兄上が大好きだった。
楽しく過ぎていた家族の肖像。
それを木っ端微塵にしたのは……
「じゃあ、あの男の言葉は……? 兄上が俺を邪魔だと思って、葬ろうとしていると言った、あれは……?」
ずっと幸せだっただけに、その裏返しへの憎悪は凄まじく、文字通り憎さ百倍。母や妹の亡骸がその凶暴な憎しみの焔を煽った。
絶対に復讐してやると…… 地獄におとしてくれると誓った、あの日。
……待てよ?
『お前らみたいな平民が坊っちゃんに逆らうのが間違っているんだよ。公爵家は坊っちゃんのものだ。後腐れなく死んでくれや』
奴は兄上とは言っていない。坊っちゃんと。公爵家は坊っちゃんの物と。……公爵家を継げる男子はハルトとライルしかいない。だから、坊っちゃんというのはハルトのことだと思い込んでいたが。
己の思考を整理して、ライルの顔色がみるみる青ざめていく。
「まさか…… 俺の勘違い? 母様やマリーを殺したのは兄上でなかったのか?」
「知らないわよ。本人にでも聞いたら? 乗りかかった船だし、秘術をかけてあげても良いわ。……でも、その対価は貴方の生命よ? よろしくて?」
「生命……?」
「そう。逆行した瞬間から、生きた年数分の寿命が削られていく。最終的に三十年あるかどうかってとこね。今まで手に入れた物や築いた財産も全て失う。それでもやるの?」
「……やる。送ってくれ。俺を過去に」
「……やっぱ兄弟だわ、アンタ達。ハルト様も二つ返事で生命を対価になさったもの」
そうか…… 似てるのか。
ふっと自嘲めいた笑みを浮かべ、ライルは光の洪水に包まれる。それを見送り、魔女は独りごちた。
「これで二度目か…… 一度目は偶発、二度目は偶然、……三度目は必然。 ……まさかねぇ。伝説に過ぎないわ」
例の伝説には隠された秘話がある。それを識る魔女は、世に伝えられていない秘密を脳裏に描いて、うっそりとほくそ笑んだ。
「……え? うわっ?! 俺か? 俺、ちっせぇっ?!」
気付いた時、ライルは公爵家の玄関に立っていた。その後ろで微笑む父上と母上。母上の腕に抱かれているマリーも幼く小さい。
……還ってきたのか? ああ、感謝します、神よっ!
思わず潤む眼で家族を見上げていたライルは、ふいに父親が指差す方に顔を向けた。
そこには馬車が止まっていて、降りてきたハルトが立ち竦んでいる。しばらく動かず固まったようだった兄は、振り向くなり全速力で駆けつけライルを掻き抱いた。
「あああ、感謝します、神よっ!」
泣き笑いのような顔で小さく呟くハルト。周りの家族には聞こえなかったみたいたが、抱きしめられているライルにはしっかり聞こえた。
……俺と同じことを。 え? どうして?
憮然と固まる幼いライルを余所に、いきなり泣き出した長男を慰める両親。
何が何やら分からないまま、二枚目の後悔が紡がれていく。
14
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
[完結]兄さんと僕
くみたろう
BL
オメガバース。
第二の性を受けるのは15歳の誕生日の日だった。
それまでを未分化と言い、その最後の1週間の葛藤をする少年のお話。
自分はαになりたいのに……兄のような強いαに……
兄弟の甘い関係や、性への恐怖、性分化を控える少年の複雑な心境を綴った短いお話。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
主人公受けな催眠もの【短編集】
霧乃ふー
BL
抹茶くず湯名義で書いたBL小説の短編をまとめたものです。
タイトルの通り、主人公受けで催眠ものを集めた短編集になっています。
催眠×近親ものが多めです。
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
夜影の蛍火
黒野ユウマ
BL
──人なんて、過ちの一つや二つ犯すもんじゃないですか。
ごく普通の非モテ男子高校生・蛍とダウナー系イケメン男子・影人。
元ぼっち同士、お互いが唯一の友達である二人は高校生活のほとんどを二人だけで平穏に過ごしていた。
しかし、高校生活二年目に突入したある春の日。
蛍の下駄箱に初めて女子からの手紙が入ってきたことをきっかけに、二人の物語がじわじわと動き始める──。
【含まれる要素】
☆男子高校生同士の恋愛(メイン要素)
☆男同士のR18描写
☆男女のR18描写
☆近親同士のR18描写
☆未成年の喫煙描写
☆人により胸糞と感じる表現もあるかも
【更新頻度】
不定期
【表紙・作品内挿絵】
望月煌さん(@SIRENT_KILLER)
スピンオフ単発漫画もあります → https://www.alphapolis.co.jp/manga/951808792/723429426
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
《完結》転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~
芽生 (メイ)
ファンタジー
ガタガタと揺れる馬車の中、天海ハルは目を覚ます。
案ずるメイドに頭の中の記憶を頼りに会話を続けるハルだが
思うのはただ一つ
「これが異世界転生ならば詰んでいるのでは?」
そう、ハルが転生したエレノア・コールマンは既に断罪後だったのだ。
エレノアが向かう先は正道院、膨大な魔力があるにもかかわらず
攻撃魔法は封じられたエレノアが使えるのは生活魔法のみ。
そんなエレノアだが、正道院に来てあることに気付く。
自給自足で野菜やハーブ、畑を耕し、限られた人々と接する
これは異世界におけるスローライフが出来る?
希望を抱き始めたエレノアに突然現れたのはふわふわもふもふの狐。
だが、メイドが言うにはこれは神の使い、聖女の証?
もふもふと共に過ごすエレノアのお菓子作りと異世界スローライフ!
※場所が正道院で女性中心のお話です
※小説家になろう! カクヨムにも掲載中
離縁しようぜ旦那様
たなぱ
BL
『お前を愛することは無い』
羞恥を忍んで迎えた初夜に、旦那様となる相手が放った言葉に現実を放棄した
どこのざまぁ小説の導入台詞だよ?旦那様…おれじゃなかったら泣いてるよきっと?
これは、始まる冷遇新婚生活にため息しか出ないさっさと離縁したいおれと、何故か離縁したくない旦那様の不毛な戦いである
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる