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終演 そして現実へ
しおりを挟む《今宵もやって参りましたっ!! 淫靡な宴っ!! 皆様のお心により、淫らに育成された選りすぐりな奴隷達!! さあて、競売にかけられず完走出来るか、否か? まずは奴隷の賭けからです♪》
高らかに上がるブギーマンの口上を聞きつつ、毅はいつも通りトップを外して打ち込んだ。七海もそれに倣う。
今ではベストスリーしかないわけで、賭けの幅も大きく狭まった。
二位、三位に其々掛ければ、どちらかは間違いなく当たるはず。
少し彼等が頭を働かせて、女性が男性を救うように動けば、毅が女性を売買して救う事が出来る。
片方外れても何とか出来る状態なのだ。
毅はもらったと思っていた。皆、助けられると確信していた。
だが、現実は皮肉である。
「なんで、同じに賭けるんだよっ?!」
ショーが終了したとき、なんと残り二組が揃って奴隷落ちになったのだ。
どちらもペアで同じ数字に賭け、さらにどちらとも外していた。
つまり配当が回らず、しかもお題をクリア出来なかったため、全額没収。
《どちらかは外れますから。保身に走りましたねぇ。.....信頼的なモノは育ってなかったようです。土壇場になってコレですかぁ~~。残念です》
自分が無一文になった時、パートナーが自腹を切ってまで救ってくれるかどうか分からない。だから、自分の予想する順位に賭けたい。それが、どちらのカップルも被ってしまったらしい。
今回のお題は、《緊縛》観客のリクエストに応じて縛っていくのだが、コアな縛りを要求され、毅以外は途中でリタイアとなった。
《.....なんともはや。毅氏、心中御察しします》
気の毒そうなブギーマンの声に、クスクスと笑う観客達。
打ちのめされた毅を励ますよう、ブギーマンの口上が始まった。
《まあ、これで毅氏らの勝ち抜けが決まったわけですっ♪ おめでとうっ!! 自由の身ですよ?!》
そうだ、ここからじゃないかっ! 勝ち抜いた今が正念場だっ!!
《あ~~~、ここで皆様に一言申し上げます。毅氏の身柄は、わたくしブギーマンが買い上げました♪》
観客達が大きくざわめく。
《彼の類稀な調教師としての手腕を買いまして、どんっと百億で一括払い。この先、五十年を買い取りましたので、間違っても彼にお手を触れぬよう、お願いいたしま~~~すっ♪》
低い呻き声が観客席に満ちた。いや、唸り声か。殺伐とした雰囲気があたりに漂った。
それでも呑み込むしかないという、忌々しい雰囲気も。
そう。彼等はブギーマンの不興を買う事が出来ないのだ。
何故なら、この施設そのものが洗脳された奴隷らによる軍隊だから。
何故ヘリポートからしか入れないのか。なぜに好事家らがブギーマンの定めたルールを守るのか。
それは単にブギーマンの配下の者らが暗躍しているに他ならない。
島中を警備する戦闘奴隷達。
過酷な訓練に明け暮れ、仲間同士で殺し合い、研ぎ澄まされた刃のような精鋭達。
奴隷は人間牧場でいくらでも生産される。
地下に唸るほど用意された忠実な兵士らにより、この島は完璧に守られていた。
外部の者は一人もいない。ブギーマン本人すら、実は、ここで生まれた奴隷である。
この島は、量産された奴隷達だけの島だったのだ。
「秘密ですよ?♪」
シニカルに片目をつむり、ブギーマンは話してくれた。
本来ここは、完璧な戦闘マシーンに洗脳、育成された奴隷を傭兵として貸し出すために作られた施設。
地下深く作られた人間牧場や訓練場は、その時の名残で今も絶賛活躍中。
冷戦時代あたりまでは、唸るほどの富を稼げたらしい。
しかし時代は変わった。傭兵で稼げる時代は終わり、次には暗殺の時代がやってきた。
バブルで賑わう日本を中心に、こちらもかなり稼げたらしい。
だが人の寿命は短い。
奴隷らを支配していた者達は老齢で次々と亡くなり、表沙汰に出来ない施設には後継者がいなくなった。
しかし全てを自分達で管理していた奴隷らは独学で学び、今のこのビルを維持し運営したのだ。
人間が存在する限り必要とされる、背徳な遊びの遊興施設として。
元々、少数の首脳陣以外、全てが奴隷の施設。運営や交渉ごとも、そういったのに長けた奴隷がやっていた。
奴隷として徹底的に管理されてきた彼等に、禁忌や忌避感は皆無。まるで機械のごとく黙々と働く。
口座に残された巨万の資金を湯水の如く遣い、彼らは世界中の金持ち相手に商売を始めたのである。
「人の欲には際限がないですからねぇ。裏の仕事も請け負ってますよ♪」
そう。ブギーマンの不興を買うという事は、無数に存在する、この島の凄腕傭兵や熟練暗殺者達を敵に回すと言うこと。
地位のある者ならば誰でも知っている名前、闇の道化師ユートピア。このビルの名前にもなっているソレは、心疚しい者を心胆寒からしめる死神の名前だった。
金にあかせた最新の武力を保持し、一国の軍隊とも渡り合える地下組織である。
迎撃ミサイルすら完備している恐ろしさ。
この島以外にも拠点が複数あり、仲間は世界中に存在する。
「今はネットが普及してますし、もし抗争となれば、リアルタイムで全世界にお届けですよ。良い時代になりましたよねぇ~~♪」
つまり、仕掛けてくれば、相手を社会的破滅に追い込む仕様である。
ショーでも飛び回っていた、あのドローンらが大活躍する事だろう。
さらには他の拠点の仲間達からの報復も覚悟せねばならない。かれこれ二百年近く続く闇事情。世界を裏から牛耳るブギーマン達。
そんな一大組織に誰が牙を剥こうと思うものか。
触りを聞いただけで御腹一杯である。
毅は胡乱げな眼差しで宙を見つめた。
ここで生まれて世界に散った仲間を守り抜くためにも、ブギーマンは稼がねばならないのだ。
「武力維持ってのは結構なお金がかかりましてね? まあ、好事家らに養ってもらっているようなモノなので、持ちつ持たれつです♪」
他の拠点は裏の仕事を中心とした生業らしい。あとは隠れ蓑に普通の一般企業や秘密クラブや人身売買などなど。
忠実な奴隷らが運営するのだ。ブラック顔負けな資産を稼いでいるらしい。
そんな力があるなら脅しで金を吸い上げられるだろうとも思うが、そんなことをしようものなら世界中の権力者達が結託し、ユートピアを潰そうと目論むだろう。
さすがに、いくらユートピアが一大軍隊でも数の暴力に為すすべはない。
「過ぎたるは及ばざるが如し。何事もほどほどが一番なんですよ?♪」
……結局は非合法だけどな。まあ、人的資源が無尽蔵なら、稼げるっちゃ稼げるわな。
うんざりとする毅を余所にブギーマンの話は終わり、彼と契約した毅は己を高く売り払った。
こうして、悪夢のような半年にピリオドが打たれたのだ。
その後も色々あったようだが、全てブギーマンが引き受けてくれ、毅達はショーもなく、のんびりと毎日をすごしている。
そんな中、毅は雌犬らを集め話し合いをした。
「数ヶ月したら解放されるんだけど、お前らも好きにしてくれ」
毅の言葉の意味が分からず、顔を見合わせる雌犬達。
「元々、誘拐されてきただけじゃん? 俺ら。元の生活に戻れば良いよ」
言われて、はっと顔を上げる人々。
彼女達は、ここに毒されすぎていたらしい。ショーからは解放されたが、奴隷からも解放されたとは思っていなかったようだ。
毅は苦笑した。
「元の場所に帰れるかは分からないけど、ブギーマンに相談しな? 悪いようにはしないと思うから」
そう。前回奴隷落ちした四人も毅が買い取り、解放された。ずいぶん気を使ってくれていた。あいつなら悪いようにはしないだろう。毅は、そう思う。
短い付き合いだが、少年は少なくない…… いや、あまりに濃い内容のアレコレから、ブギーマンを信用していた。
彼は黙ることはあれど、騙すことはしない。こちらが注意深くしていれば、案外付き合いやすい人物である。
そしてふと、前に疑問を口にした時を思い出す。
「なんでブギーマンが経営者やってるわけ?」
他の奴隷らとは一段上にいるブギーマン。どう見ても彼が奴隷なのだとは思えない。
「..........感情ですよ。わたくしには感情が残されていた。それで他の奴隷らが傅くのです」
聞けば、洗脳や拷問で痛覚や精神の麻痺した戦闘奴隷達は、総じて感情が死ぬのだという。
毅は前に紹介された奴隷達を思い出した。
皆似たような表情の物静かな人間ばかりで、妙な違和感を持ったのを覚えている。
その理由はコレか。
「わたくしはねぇ。どんなに過酷な訓練や拷問を受けても感情が死ななかったんですねぇ。人は己に無いものを敬い貴びます。それで、まあ、わたくしが奴隷らのトップになってしまいましてね」
奴隷の中にも階級が存在し、裏の仕事を一手に引き受ける戦闘奴隷が優遇される。知能も肉体も飛び抜けた者だけが選ばれる戦闘奴隷。
その訓練の中で、別系統に秀でていればそちらに回し、ユートピアを管理する奴隷のほとんどが、戦闘訓練用を経験した者たちだ。
ビルを闊歩する御仕着せの者も同じ。特に黒服は、残忍極まりない殺傷技術を持っている。命令に忠実な彼らは手加減を知らないらしい。
それ以外の奴隷は用途に合わせた消耗品。戦闘訓練を受けるに能わないと判断された者は、そちらに回される。食材や闘技場、肉便器やレースなどの簡単なお仕事に。
そんな過酷な訓練でも朗らかに笑うブギーマンを見て、一種独特な感動を受けた他の戦闘奴隷達が傅き、今に至るという。
……で、ここを運営しているわけか。
毅には何か分かるような気がした。
この感情表現豊かな男に、奴隷らは安堵するのだろう。人として当たり前に持つものが欠けた彼等には、眩しく映るに違いない。
「それでも続けるんだな。ここを」
「そうですね。わたくしが生きている限りは。他に生き方を知らないので」
奴隷として生まれ、奴隷として育ったブギーマンは他の生き方を知らない。
多くの奴隷らが彼に尽くすように、彼もまた、奴隷らのために尽くすのだ。
延々と与えられたカリキュラムをこなし、尽くす事だけを刻み込まれた彼等には他の生き方が出来ない。
ただそれは、個を見ない全だけの思考。
全のためであれば個の犠牲を厭わない。殺人ショーでも食人でも人身売買でも。何をやってでも、この《ユートピアと》いう全を守る思考である。
ブギーマン自身、己の命が懸かろうと、全のためであれば笑って投げ出せるのだろう。
毅が哀しいとか、可哀想とか思うのは烏滸がましい。彼等には彼等の生き方がある。
「百億かぁ。何買おう」
「一気に億万長者ですね、毅君♪ 御仕事を頑張ってくれたら、さらに追加で払いますよ?」
「マジっ?!」
「はい♪ たまにショーでもやれば、御布施でたんまり頂けるんじゃないですか?」
「で、八割ピンはねするってか?」
「当然ですっ♪」
呆れたかのような毅に、ふわりと微笑むブギーマン。
どちらからともなく笑いだし、その後、毅と円香は半年後に自宅へと帰還した。
「今日も良い子にしていたかい? 円香?」
「うんっ、してたよ?」
二人が暮らすのは小さな一軒家。瀟洒な佇まいのその家には離れがあり、そこに千鶴と七海も住んでいる。
帰宅した毅らは、一切の黙秘を貫いた。
一斉に三十人近くが行方不明となった事件は大きく世間を騒がせており、その当事者である毅と円香にも追求があったが、話したくない忘れたいと、人情に訴えて事なきを得た。
すでに解放済な被害者達も今は隠れて生きている。ユートピアの顧客らに捕まらないよう、細心の注意を払って。念のためにとブギーマンが見張りをつけてくれているらしい。
島を離れる時にそれを聞き、毅は安堵した。
『ありがとうな』
『いえいえ、有料ですから。一人につき五本です。頼みましたね、毅君♪』
『いっっ?!』
結局はブギーマンの冗談だったのだが、よくよく考えれば歴戦の傭兵を護衛にしているわけで、なんとなくバツの悪くなった毅は、半額支払う約束をした。
岸壁に立ち、汐風の中で笑うブギーマン。
唸るほどの富や権力を持つ顧客でも、ブギーマンの所有となった毅達に手を出せるはずはなく、二人は自宅に戻れたのだ。
毅が未成年である事をかんがみ、帰宅を許可し、成人してから改めて島に戻るよう、彼は譲歩してくれた。
無論それまで、他の拠点でバイトしたりと仕事をさせるのも忘れない。
「買った分は身体で払ってくださいね? 月にショーの一つや二つは御願いしますよ♪」
ニヤリと口角を上げるブギーマンに、毅はやれやれとジェスチャーを返す。
そんなこんなで月日は流れ、高校生になった二人は正式な婚約をした。
渋る両親を説き伏せ、ブギーマンに頼んで、一流と呼ばれる会社(ユートピア関係)の内定をもらい、学校に通いながらバイト(ユートピア関係)をし、二人で家をおん出て、ただいま同棲中。
唸るほどのお金を持つ二人は一軒家を購入し、千鶴と七海を加えた四人で暮らしている。
千鶴は元々天涯孤独だったらしく、毅の側に仕えたいと申し出てきて、七海は御主人様に惚れぬいているため、全てを捨てて押し掛けてきた。
丁度、家政婦を雇おうとも思っていた毅は、二人を家政婦として雇うことにし、庭に離れを作り、特に用がない時はそちらに住まわせた。
他の雌犬達は解放済である。
完全防音で建てられた一軒家はこじんまりとした建物だが、その下には大きな地下室がある。
淫猥な遊具の置かれたプレイルーム。
ショーに使われていた部屋にも負けない。いや、ソレ以上の設備を整えた部屋を、毅は自宅に拵えていた。
ユートピアでの数ヶ月は、間違いなく毅の性癖を、妖しく淫らに花開かせたのだ。
「さあ、円香。今夜も楽しもうか?」
蕩けた眼差しで嫁を抱え、毅は今日も淫蕩に耽る。
金があれば大抵の夢は叶うのだ。巨万の富を得た毅は、好事家らの歪んだ愛により億万長者となった。
ユートピアでの夢のような時間は終わったが、毅はその夢を現実に持ち込む事に成功したのである。
後に裏社会を席巻する伝説の調教師の物語が、今、ここから始まる。可愛い嫁と忠実な雌犬を連れた調教師の物語が。
~了~
~あとがき~
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
思い付きで書いた話なので、乱雑になって申し訳ないです。いつもこんな感じです。とにもかくにも完走できて感無量でございます。
じつはこの話には続編があって、そちらのが先に書かれていました。ただ、そのバックグラウンドの説明が長い。説明文だらけになってしまう。
なので、いっそ、その背景を物語にしてしまえと書いたのが、このミリオネアです。
……他でも似たようなことをしてた気がしますが。ま、いっか。
先に書いた方はBLなため、別枠をとって投稿します。だから、ミリオネアはこれにて終演。
読了、ありがとうございました。
皆様の御健勝を御祈りしつつ、さらばです。また、どこか別の物語で♪
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