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 閑話 奴隷争奪戦 〜前編〜

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「壊れてます♪」

 ♪をつけるな、♪を。

 ニタリと笑うブギーマンらと無言な医師達。

 毎度顔馴染みブギーマンのお医者様宅配の診察で、千鶴の骨が大幅にずれ、僅かながらもヒビが入っている事が判明した。

 全治二週間、絶対安静。

「日常生活も不可です。トイレも尿瓶などで御願いします。絶対に動かさないように♪」

 だから、♪をつけるんじゃねぇっ!!

 八つ当たりを自覚しつつも憤る毅に、ブギーマンは新たな女性らを連れてきた。

「では、この五人を御願いしますね。左の隣も部屋を連結しておきましたから」

 どうやらここの作りは五部屋ずつ並ぶ真四角らしい。中央が吹き抜けになっていて、計二十部屋。この階と下の階の合計四十部屋が調教部屋なのだそうだ。
 毅の部屋の左が千鶴達の部屋。右が七海の小屋。その千鶴達の部屋の左をさらに連結で繋げたとか。
 思ったよりも大がかりな施設の説明に、毅は軽く眼を見開いた。

「まあ、毅君は規格外なんでね。少しお話しませんか?」

 ブギーマンに誘われ、毅はプレイ部屋から初めて足を踏み出す。その出入り口は、なんとプレイルームの向こう。
 コンソールのついた壁がスライドし、出入り口となっていたのだ。どうして、ブギーマンらがいつもプレイルームからやってくるわけである。

 気づけよ、俺ぇぇっ!!

 興味深げにキョロキョロする毅を案内して、ブギーマンは長い通路を歩いていく。幅ニメートルくらいな細い通路。等間隔で、毅が潜ってきたのと同じような扉があり、それぞれ別なプレイルームに繋がっているのだろう。
 途中、何人かとすれ違ったが、軽くブギーマンにお辞儀するだけで、特に会話もない。
 
「今のは?」

「清掃や設備の管理をしている奴隷です」

「そういう話、しちゃって良いわけ?」

 ……奴隷。そんなとこにも使われるのか。

 やや警戒気味なまま、毅はブギーマンの後をついていった。

 そしてしばらくすると、プレイルームと反対の壁に小さな扉がある。その横にはキャットとカメラがあり、ブギーマンはキャットにカードを通してカメラを覗き込んだ。
 途端にカチャっと音がして、ブギーマンの持ったドアノブが回る。開いた扉の先にあったのは大きなフロア。

「……すげぇな」

 そこはさっきの説明にあった吹き抜けなどではない大きな部屋。いや、劇場みたいな観劇席がずらりと並んでいる。
 ビロードの幕がいくえにも渡り、いかに重厚でクラシカルな雰囲気だ。
 各席の手摺にはマイクとコンソール。その座席後ろには、それぞれ専用モニターが備え付けられてある。
 自分の背後を振り返れば、壁一面の巨大なスクリーン。

 なるほど。ここから鑑賞して、騒いでいるわけだな、観客は。俺等が映ってるヴィジョンと同じ光景が、この巨大スクリーンにも映し出されるわけだ。

 そして各座席の小さなスクリーン。こちらはドローン専用。各ドローンが撮影しているモノをチャンネルを切り替えながら愉しめるらしい。

 大雑把な説明を交え、ブギーマンは近くの椅子に座った。

 納得顔の毅を手招きし、観客席に腰掛けたブギーマンの横に毅も腰掛ける。一席空けて。

「そういうところですよ。君の用心深さ。慎重で洞察力の高いところを、わたくしは買ってましてね」

 いつも朗らかで飄々としたブギーマンが、珍しく困ったかのように眉を寄せて、思案げに毅を見た。

「君には天性の華がある。凄絶な色香も。しかも、残忍で割りきりが早いのに、手の届く所は見捨てられない情の深さ。ぶっちゃけ曖昧で脆い両刃の剣です」

 誉められてるのか、貶されてるのか。こうして話をしているだけでは理解出来ないが、不穏な単語が端々にまろびていて、ブギーマンの話は毅の心臓を炙っていく。

 ..........嫌な予感がビシバシするな。

「正直ね、ここまでやれる奴隷が紛れ込むとは思ってなかったんですよね? 毅君は御気づきでしょうが、選ばれた女性は雌犬候補達。男性らはその雌犬に近しい者らが選別されただけ」

 ……何となくそんな気はしていた。

 毅は小さく頷く。

「で、まあ、ここからは内密な話になります。雌犬らには絶対に話さないように」

 念を押してから、ブギーマンは、ここが丸々一本のビルだという説明を始めた。毅の部屋で、この空間を吹き抜けだと説明したのは雌犬らがいたため。彼女達に妙な関心を持たれぬよう適当に話した。

「うちの黒服らは加減が出来ませんから。下手にここを探ろうなどとしたら、無言で叩きのめしてしまいます」

 ……そんなん、雇うなよ。一応、商品だろうが、雌犬は。

 毅の眼が口ほどに物を言っていたのか、ブギーマンは軽く噴き出しつつ、この建物のことを説明する。

「なんと言いましょうか。彼らは職務に忠実なのですよ。……融通も利かないくらいにね。ここは、そういう場所なので。知る人ぞ知る、通称ユートピアと呼ばれる島です」

「ユートピア……?」

 ヘドナかプリズンのが似合うだろうが。……いや、ここを利用し愉しむ者達には楽園なんだな。

 人知れぬ無人島に建てられた背徳な目的だけのための遊戯場ユートピア。

 あらゆる願望や妄想を実現出来る伏魔殿。

 人身売買は言うに及ばず、金さえ出すのならば、殺人も人肉食も自由自在な禁断の闇施設。
 地下には人間牧場なる物もあり、奴隷落ちした人々で売れ残った者は、そこに送られるという。

「……聞いたら戻れませんよ? この先は、真面目に人外魔境の昏い話です。良いですか?」

 念をおすブギーマン。

「往くも地獄、還るも地獄だ。知らないでドツボにはまるくらいなら、知って、死物狂いで回避したる」

 ふんっと鼻を鳴らす生意気なお子様に、ブギーマンは破顔した。
 花もかくやな微笑みだが、半瞬おいて、それは怜悧な微笑に変わる。

「よい度胸です。……ふはっ、こんなに胸が踊るのは初めてですよ♪」

 こうして始まったブギーマンの罠。八方睨みで張られた蜘蛛の巣に、まんまと引っかかる毅だった。
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