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 襲い来る混乱 5

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「あ~…… つまり、この三人は例のダンジョンの最下層に棲む人外だと?」

 トムの通訳を経て色々聞いたダレスは、割れんばかりの頭痛に見舞われながらも必死に考える。

 ……最下層って。未だに誰も到達していない深層じゃねぇか。しかも純白の魔獣…… 単純に考えて最強種だぞ? おい。
 
 両手で頭を抱えるダレスを余所に、トムらは会話を続けていた。

「……で、陸が割れるとかって、どういうこと?」

《陸を創ったのが俺だからだ。創造主がいなくなるのは柱を失うも同然。家だって、柱を失えば斃れるだろう? それと同じだ》

《海は私が創りました。同じく私を失えば、海も腐るでしょう》

「それは困るね。陸が割れたり海が腐ったりしたら人間は生きていけないもの」

 のほほんっと頷くトムに、周りの眼が生ぬるく澱んでいく。

 ……そうじゃない。いや、そうなんだが、問題にすべきは、そこじゃない。

「……陸や海を創ったって。貴方々は何者だ?」

 レナが核心をついた。

《何者…… 何だろうな? 我らは》

《神々からは下僕と呼ばれておりましたが…… 遥か昔の人間達には聖獣とも言われておりましたね》

《まあ、世界を見守る者だな。俺達の創った世界が終わるまで》

 ……なんか、スケールがめちゃくちゃデカいんですが? 

 たら……っと冷や汗をたらしつつ、トムは通訳を続けた。

「あんな新しいダンジョンの地下に、そんな御大層なモノが住んでるとは……」

 もはや驚きを通り越して呆れしか浮かばないダレスの言葉に、人外共が首を傾げる。

《新しいも何も、ダンジョンは一つだぞ?》

《そうそう。最下層があって、そこに繋がる空間をダンジョンと人間が呼ぶようになっただけ。根っこは一つですよ?》

 ……ああ、そういうことか。

 なるほどと相槌を打つトムの肩を掴み、ダレスが怒り笑いで説明を求めてきた。

「一人で納得してんなや? 俺等にも説明な?」

「……了解」

 要は、ジャガタラと同じなのだとトムは周りに説明する。

「こう、まず一つの種芋があって、そこから沢山の芽が地上に出てくるでしょ? それと同じで、沢山のダンジョンの入口は、突き詰めれば一つの最下層に繋がってるってことみたい」

「……ってことは。こいつらが唯一の最下層の魔獣?」

「……そういうことかな?」

《だな》

《ですね》

 聞けば、全てのダンジョンはこの人外達の下へと続いている。
 深層ほど広くなるというのも錯覚で、地表に近い部分はそれぞれの土地で独立しているが、深く潜るほど他のダンジョンの深層と繋がるため、広くなったように感じるのだとか。
 完全に、出入り口が沢山存在する逆ピラミッド型。十層あたりまでは枝葉のような個別ルートで、そこらあたりから他のダンジョンとも繋がりだし、似たような階層になっていく。

 人外から聞いた話を説明しつつ、トムも、……あ。と、ソリュートの話を思い出していた。

『だいたい十層を越えたあたりからでしょうか。金銀混合な岩肌を持つ洞窟になっていくらしいのですよ。そして魔獣もまた、強力で獰猛な大型になる』

 脳裏に蘇る彼の言葉。

 ……あれは、こういうことだったのか。

 未だに、やいのやいのと大騒ぎなダレス達だが、その横でトムを眺めていたロイドが、静かに口を開いた。

「そうか。トムの子か。可愛いな……」

 好々爺な面差しで笑うロイド。
 それにつられて笑う真っ白な魔獣。姿形がトムにそっくりなので、他の者達もついつい顔がニヤけてしまう。

《そうだな。魔力が混ざったのなら、トムの子供といっても過言ではないな》

《まさかでしたよねぇ。三人の魔力を受け継いだ子が生まれるとは……》

《まあ、結果オーライだ。さ、連れて行くぞ》

 立ち上がる人外達を振り返り、トムは、え? と、眼を丸くする。

「ちょ……っ、待ってよ、この子を連れて行くの?」

《当たり前だろう。預けるのは孵化するまでと言ったはずだが?》

 ……そ、そりゃ、そうだけど。

 トムは子供を抱きしめてうずくまる。

《まぁーま?》

 子供もトムの腕を掴んで離さない。

《こちらに来よ。我らがそなたの親だ》

《人の世界は穢れてますから。清浄な場所で暮らしましょうね?》

 優しく手を差し出す人外達。

 それを唸りながら睨みつけ、小さな魔獣はトムにしがみついた。

《ないっ! まぁーまがいいっ!うわああぁぁんっ!》

「僕も離れたくないよぉぉ、うええぇぇぇんっ!!」

 おーい、おいおいと、抱き合って泣き叫ぶ二人。

 トムと長く過ごしていたせいか、生まれた子供は感情の起伏が激しいようだ。

《……涙? いや、なぜに泣けるのだ?》

《俺等に涙腺あったっけか?》

《ありませんよ、そんなもの……… どうします? これ》

 絶句する人外達と、それを非難めいた眼差しで見つめる人間達。

「子供を母親から引き離そうと? 鬼じゃないのっ?!」

「落ち着いて、サマンサ。大丈夫。古今東西、泣く子に勝てる者はいない」

 憤怒も露わに睨めつける恋人を、レナが宥めた。
 その言葉通り、さすがの人外らも、どうしたら良いのか分からないようだ。
 そこにカイルも参戦し、場はカオスとなる。

「トムの子なら俺の子だっ! 連れてなんて行かせないからなっ!!」

 ひしっと抱き合ったまま号泣するトム親子を、カイルが一まとめに抱きしめた。するとそこに、小さな声が聞こえる。

《ぱぁーぱ?》

「………………………………っ!」

 ぐすぐす泣き腫らした紅い瞳。上目遣いなソレにノックアウトされ、カイルもまた絶叫した。

「おおおうぅっ! 俺がパパだぁぁーっ!!」

《違うっ!!》

《待って、待ってっ! 何がどうなって?》

《? パパって、なんだ?》

 うおおおぉぉーっと雄叫びをあげるカイルと、あからさまに狼狽えて反論する人外達。

 混乱極まりないリビングの様子を、二階から窺っていたナタリーとテオは、揃って首を傾げていた。

「どうなってんのかしら?」

「分からない…… ただ、どうやらここに子供が増えたらしい」

 至極真面目な顔で、テオは思案げに口元へ指を運ぶ。その顔は妙に嬉しげだ。

「……魔獣よ?」

「……トムのな」

 ……ああ、そういう。

 思わず眼を据わらせるナタリー。

 カイルといい、テオといい、この拠点のメンバーは、トムが絡むと何でも受け入れ、なあなあにしてしまうのだ。

「……あんたも重症ね」

「……自覚してる。聞こえた限りではトムの魔力で育った魔獣だろ? トムの子供みたいなもんじゃん。問題なし、なし」

 問題ありありなのだが、あえてナタリーは沈黙する。こういう輩には何を言っても無駄なことを彼女はよく知っていた。

 こうして案の定、泣く子に勝てなかった人外らは、渋々引き下がる。



《世界のは我らの子だからな? 努々忘れるなよ?》

《……トムの番ですしね。パパと呼ばせるのを許しましょう。でも、父上は私達ですよ? 世界のに忘れず教えるのですよ?》

《週に一度は世界のを最下層に連れて来いっ! 俺達の顔まで忘れられたら堪らんからなっ!!》

 陸の、海のと呼び合う人外達は、それぞれの魔力の融合した子供を、世界のと呼ぶことにしたようだ。
 そして、あれやこれやと注文をつけ、風に巻かれるよう彼らは消えた。

 やれやれと溜め息をつき、トムは後ろを振り返る。

 そこには絵に描いたような幸せの風景が広がっていた。



「……小さい頃のトムにそっくりだぁ…… 可愛い、可愛い、可愛い……」

 ロイドの抱く子供に、カイルはデレデレと張り付ている。

「そうだな。よく似ている。……爺さんだぞ? じっちゃん」

《じっちゃ》

「おおう。賢いな」

 トムと言語を共有しているのか、子供の声は、どちらにも通じているようだった。

 ……こういうのもバイリンガルっていうのかな?

 ダレスらも複雑ではあるみたいだが、トムの子と割り切ることに決めたらしい。みんな、可愛い子供に微笑んでいる。
 そんな温かな光景をうっとり見つめてたトムに、サマンサが声をかけた。

「トムっ! 名前、名前。なんてつけるの?」

 ……名前。そっか。なんて呼ぼう。

 人外らは、世界のとか呼んでいるが、そんなのは味気ない。しばらく考えてから、トムは父親の抱く我が子に近寄った。

「世界…… ワールド。……そうだ、ルードにしよう」

「ルードか。良い響きじゃん」

 カイルも満足そうに頷く。そしてロイドから子供を受け取り、トムは満面の笑みで我が子の名前を呼んだ。

「ルード。君は今日からうちの子だよ?」

《るーりょ!》

 不貞腐れた人外らには悪いが、トムはルードを離さない。
 わっと歓声があがり、ようよう静かになった我が家に皆で戻っていく。

「ほんと…… 大騒ぎが尽きない家だよな」

 お疲れ気味なダレスの肩を、ショーンが労うように叩いた。

 事が終息し、束の間の穏やかな日々が続く。それが束の間でしかないことを、後になって知るトムだった。
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