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 ここは僕の家 10

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「キマイラにシーサーペントぉぉっ?! 一体どこで手に入れたんですかぁぁぁーーーーっ!! あああ、メタルリザードまでっ?! レッドウルフとかもっ! 滅多に出ない獲物ばっかじゃないですかぁぁーーっ!!」

「………そうなると思って、ギルドに持ち込めなかったんですよぉぉ。……察して?」

 上目遣いのヘの字口で、トムはべそべそ呟く。その情けなさげな仕草に、ソリュートも片手で眼をおおい、深く頷いた。

「……察しました。これもまた秘匿案件なんですね? 作物といい、魔石といい、君の秘匿案件は一大事ばかりで困りますよ、ホントに」

 盛大に歯茎を浮かせて、彼は苦笑いする。
 
 そんな彼に、トムはあれもこれもとお願いした。

「んと…… 解体の出来る職人さんと、革を扱えて縫製の出来る職人さんと…… あとは? どんな人が居たら良いのかな?」

「骨や牙も出るだろう? 羽根とか肉も良い金になるし、加工出来ればさらに良い値がつくよ? 我が家で消費するのも楽しそうだ」

 さすがは年長。ダレス達には秘密な分、ここぞとばかりにテオが色々提案してくれる。

「矢羽根とか、レナには幾らあっても困らない。作っておいて損はないな。サマンサにも新しいローブやケープが必要じゃないか? シーサーペントの皮が防水とかに優れてるなら丁度いいぞ?」

 負けじとカイルもダレスらに必要だろうモノをあげていった。

「なら骨で鏃も悪くない。魔獣の素材は魔力のこもったモノばかりだから、牙や爪を宝飾品に加工するのも良いのでは?」

 ソリュートも興奮気味に参加する。彼は専門職だ。極上の素材と聞いて、心を震わせぬわけがない。

 次々と膨らんでいく構想。

 それに眼を輝かせ、うんうんっとトムは必死に頷く。

 そんな愛くるしい仕草に眼を蕩けさせるカイルやテオを余所に、ソリュートのみは脳内をフル回転させていた。

 ……革細工、矢羽師、服飾職人。このあたりか? いや、骨もあったな。肉や内臓、血液なんかも売れそうだ。そうすると錬金術師も……? ああああ、なんかまた騒動になりそうなっ?!

 短期とはいえ、それだけの人材を集められるだろうか。
 素材の鮮度の問題もある。早く集めなくてはと、あれこれメモするソリュートの呟きを拾い、トムは大丈夫と胸を叩いて見せた。

「僕の収納は時間経過がないので。いつまででも取っておけます。ソリュートさんのお眼鏡にかなう職人さんを探してください」

「……は?」

 またもや爆弾発言。

 そこでようよう観念し、トムは例のダンジョンの秘密をソリュートに打ち明ける。
 もちろん全てではない。ダレスたちにしたのと同じ程度だけ。全てを共有しているのは、今のところカイルのみ。



「つまりアレですか? 君はダンジョン・マスターと懇意になったと?」

「ダンジョン・マスター?」

 うっかり呟いてしまったらしく、ソリュートは、しまったとばかりに口を押さえる。
 そしてしばし難しい顔で逡巡し、こちらも覚悟を決めたかのような顔でトムを見つめた。

 その目に宿る冷徹な光。

「……まだ噂の段階でしかないのですが……」

 そう前置きして、ソリュートは語る。何年か前からダンジョン攻略組な冒険者達が持った疑問や検証結果を。

 各ダンジョンには、それぞれ特色があった。植生による層の隔たりや魔獣の変化。それが、ある段階から似通ってくるというのだ。

「だいたい十層を越えたあたりからでしょうか。金銀混合な岩肌を持つ洞窟になっていくらしいのですよ。そして魔獣もまた強力で獰猛な大型になる」

「へえ…… そうなんですか」

「問題は、ここからです」

 呆気にとられるトム達を一瞥し、ソリュートは、深い層に行くほど洞窟内の綺羅びやかさが増し、宝石類が増えていくと話した。
 そして魔獣もどんどん色が薄くなる。中には真っ白に近い物も出てくると。
 そこまで聞いて、テオとカイルは顔を見合わせた。

 ……それって。

 視線だけで問う恋人に、カイルも頷く。

 ……あいつらの居た場所と似てるな。

 鍾乳石みたいに乳白色の岩で囲まれていた洞穴。そして、今まで見たどんな生き物よりも真っ白だった、三人の人外。
 あそこは最下層なのだと奴等は言っていた。……ということは。

「僕が出遭った人外は……」

「例のダンジョンの主。我々が暫定的にダンジョン・マスターと呼んでいる生き物だと思います」

 そのように各地の騎士団や攻略組冒険者は結論付けたという。
 まだ見ぬ強大な生き物がダンジョンの最奥に棲むと。それは綺羅びやかな洞穴に潜む、真っ白な生き物だろうとも。

「憶測の範囲でしかないですけどね。でも実際、同じ魔獣でも色素が薄いほど強くなるらしいです。最奥で白いグリフォンと遭遇した騎士団なんて、ほぼ壊滅状態になったとか。僅かに逃げ延びた生き残りが報告をしなかったら、未だに答えは闇の中だったかもしれませんね」

 白い生き物は計り知れない強さを持つ。

 それに倣うのなら、ダンジョン最下層に棲まうという、あの人外三人は最強種だった。

 ……ただの変態にしか見えないのにな。

 ……ねえ?

 身も蓋もないことを考えるトムとカイル。

 そんなこんなで情報を共有し、ソリュートとトムらは、意思の疎通をはかる。
 


「では、お互いに秘匿ということで」

「助かります。」
 
 職人の厳選を請け負ってくれたソリュートは、馬で街へと戻っていた。その姿が森の陰に消えた頃。実りのダンジョンに潜っていたダレス達が戻ってきた。

 ……ジャストタイミング。

 出遭ったとしても、ソリュートが上手く誤魔化してくれただろうが、なんとなく後ろめたいトムは、そそくさと野外調理場に向かう。
 そこはトム専用の調理場。家の中には置けないくらい大きな鍋が、何かをくつくつと煮込んでいた。
 レナの発案で始めた、ソース作り。

「ん…… 良い色だな」

 鍋底が焼けてこびりつかないように、腕まくりしたトムは大きなシャモジみたいなモノで掻き回す。底をさらうようこそぎ、縁も固まりかかった液体をなぞって引き剥がした。
 どろりと濃い液体は抵抗も強い。農作業で鍛えていたトムでも、なかなかの重労働である。
 鍋をコトコト炙る燃料はトムの魔石。焰属性に染めた無色の魔石は、ソリュートから聞いた説明が本当であれば、百年ほど使える超便利燃料だ。
 母屋やダレス達の棟。他の細々した魔術具も全て起動させるのはトムの魔石。
 なので、ここしばらくギルドに魔石の納品をトムはしていない。だから、ソリュートも気になって、ナタリーの呼び出しに応じたのだろう。

 ……自宅の充実が一番大事だしね。しかたないよね。

 まだ色々かかりそうだしと、合体しない九個刻みで瓶に分け入れ、トムは大切に魔石を保管している。余分が出るようになったら、またギルドに納品しようと。

 芋煮に使う鍋よりも大きい鍋をせっせと掻き回し、トムは初めて、売る用のトマトソースを完成させた。



「煮沸した瓶にソースを詰めてね? なるべく縁ギリギリまで」

「おう、任せとけ」

「脱気して保存用にするんだろ? 慣れたもんさ」

 カイルとテオの頼もしい笑顔。

 辺境の農村暮らしな二人やトムは、常に保存食を作る場で手伝わされた。その一般的なのが、香草や塩などで味付けたしたモノを瓶に詰めて蓋をし、グラグラ煮立った湯の中で脱気させる方法だ。
 冬の大切な保存食。塩漬け肉や魚などと並び、重要な手仕事である。
 こうして加工された瓶詰め食品は、蓋さえ開けなければ一年間くらい保つのだ。ソースの保存にぴったりだろう。
 さらにはトムの持つ白と光の魔術。
 イメージが大切といわれる魔術は、現代日本人の感覚を持つトムと、べらぼうに相性が良い。

 ……殺菌。人を害する雑菌を残さないで?

 蓋をするたびに祝福をかけるトム。

 十分な煮沸や脱気をしても…… 脱気をしたからこそ、活性化する恐ろしい菌もある。そういった危険なモノを残さないよう、トムは祈りながらソースを詰めていった。

 ダンジョン印のトマトソース。

 これがまた、新たな騒動を呼び起こすなど、トムは夢にも思わない。
 
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