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 ここは僕の家 9

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「んと……? キマイラ……? と、メタルリザード?  に、シーサーペント? 大きいのはそういう名前みたい。細かいのは色々…… マンドラゴラ? レッドウルフ…… なんか、多いな」

 とりあえずインベントリに全て収納し、トムはもらった魔獣の種類を確認した。
 神と同等だと宣う人外らの力によって再構築されたこのランドセルは付喪神となり、彼等の知識も共有しているようで、トムの知らないアレコレもインベントリに表示してくれる。
 スタック仕様なせいだろう。それぞれ同じ種類別に収納するので、それらの名前もしっかり表示されていた。

 ……便利だけど。なんか不穏な名前もあったような?

 案の定、トムの読み上げる名前に、ダレスら冒険者組が飲んでいたモノを噴き出しかかる。いや、ショーンは思いっきり噴き出した。

「ちょ……っ! キマイラやシーサーペントっ?! ダンジョン攻略組が、最奥で出遭うような魔獣だぞっ?!」

「メタルリザードっつったら、騎士団が喉から手が出るほど欲しがってる獲物じゃんっ!! それの皮は、金属より固くて、鞣革より柔らかく動きやすいって…… おいおい、宝の山だぞ、それっ!!」

 ダレス達も話にしか聞いたことのない魔獣のようだ。

 牛や馬よりも大きかったトカゲ。やけにすべらかでツルツルした皮だと思ったが、そんな価値のあるものだったとは。
 思わず眼を遠くして、トムはこれらを死蔵することに決めた。

 ……こんなん出したら、また何を言われるか。うん。このままインベントリに入れておこう。そのうち使うかもしれないけど、僕には必要ないし。

 ないない、とランドセルを撫でながら、トムは中の卵も撫でてやる。大きさは大して変わらないが、オパールのように半透明だった色が、どんどん深く白くなってきた。
 あの人外達も、人化する前は真っ白で大きな姿だった。ならば、その魔力も癒やしの白だろう。彼等の魔力で育った卵が、真っ白なのにも頷ける。
 そしてトムの魔力でさらに白さを増し、光の加減で七色の浮かぶ卵は、とても綺麗だ。

 ふふ…っと淡いトムの微笑みを余所に、ダレスらが何やらごにょごにょ相談している。

「……どうよ、あのメタルリザード。あの大きさなら、ジャケットやパンツ一式、二組くらい作れねぇ?」

「私はキマイラの毛皮が気になるな。たしかキマイラの毛皮は風属性が強い。敏捷性をあげる効果があったはず。射手なら誰もが欲しがる逸品だよ」

「俺的にはシーサーペントの皮でボレロやブーツを作りたいぜ。あの耐水性があれば、雨も水辺もすいすい行ける。文字通り滑るように動けるよな」

 卵を撫でるのに夢中なトムを、背後からじっとり見つめるダレス達。だが彼等は、その疚しい気持ちをすぐに吹っ切った。

「……やめとこう。頼めばトムは快く譲ってくれるだろうが…… 仕立てるためには解体せねばならん。冒険者ギルドに持ち込もうものなら、大騒ぎになること間違いなしだ。そうしたら当然、出どころを探られる。まさか、ダンジョンの主みたいな人外から、トムに贈られたなんて言えんしな」

「そうだね。惜しいけど。……騎士団や攻略組の冒険者ですら滅多に御目にかかれないような獲物だ。私達が持ち込んだら、大変なことになるよね」

「くうぅぅ…… この先、絶対手に入らないよなぁ…… その重さの大金貨と同等な価値の素材だし?」

「さらには仕立てるのに専門職を頼まなきゃだし、トータルしたら目が飛び出るような金額になるものね」

 はあ……っと揃って溜め息をつくダレス達の会話に聞き耳をたて、遠目に観察していたテオがいたことに、冒険者組は気づいていなかった。



「……ってことらしいよ?」

「言ってくれたら良いのに。どうせ僕は使わないんだから」

 トムらの棟で、テオはやや悪い顔をしてタレ込んだ。それに苦虫を噛み潰しつつ、カイルもトムを見る。

「兄貴達はトムを守りたいんだよ。揉め事を招くくらいなら、垂涎の素材であろうとも諦めるほどな」

 ……その気持ちはありがたいし、理解もするけど。……いつもお世話になりっぱなしで、こんな時くらい頼ってもらいたかったなぁ。

 インベトリなランドセルを撫で回しつつ、トムが気鬱げにしょんぼり俯いた。

 それを見てられないのが、熱病患者たち。

 トムから笑顔を引っ張り出そうと、あの手この手で思いつく限りの提案をしてみる。

「ようは、その獲物の存在を知られなきゃ良いんだよね? なら、解体や仕立ての職人を雇うのはどう?」

「そうだよ、トム。幸い、仕事も順調で利益も潤沢になってきたし? 少しぐらい散財しても良いんじゃないか? 俺が出しても構わないし」

「ちょ……っ、カイル、抜け駆けすんなっ! 私も、私もっ! ここで雇われてから、ずっと貯めてるし、トムのために奮発するよっ?」

 自分が、自分がと、わちゃわちゃ押し退け合う二人を見て、ついついトムは笑いが込み上げてきた。
 その自然な笑みだけで至福に浸れる熱病患者。可愛いなぁと物語る二人の眼差しを当り前のようにスルーして、トムも、何とかならないかと考える。

 ……発想は悪くない。ギルドや店に持ち込んだりせず、ここで作ってもらえたなら…… そういう作業場もナタリーに頼めば建ててもらえるだろう。

「ありがとうね、二人共。でも、僕はそういった職人に伝がないし…… そうだ、ナタリーに聞いてみようか」

 職人には職人だ。トムにない伝も、ナタリーならあるかもしれない。
 そう奮い立ち、三人はナタリーが作業している倉庫に向かった。



「あ~…… ごめん、畑が違うわ。うちは建築関係の伝ばっかで、そういう服飾や宝飾は詳しくないんだよね」

「そっか…… うん、仕方ない。でも、皮や毛皮の解体とか縫製の出来る作業場は用意しておきたいから、造っといてもらえるかな」

 了解っと満面の笑みを浮かべ、ナタリーは新たな建物の建築場所選びや青写真引きに取りかかる。
 やはり仕事が出来るのは嬉しいらしい。そのフットワークの軽さにトムやカイルも笑った。

「やっぱ、伝だよなあ。誰かいないかね」

 テオも村の農業や商業関係にしか伝はない。カイルは言わずもがな。父親経由の材木関係しか知らない。
 大ぴらに探すのもトムは不味い気がする。変な噂が立ちかねないし、ただでさえダンジョン産農作物の流通で悪目立ちしかかっているのに、これ以上は御免だ。

 ……でも、ダレス達に何か贈り物がしたいなあ。丁度良い素材があるのに使えないなんて。

 がっかり項垂れた最愛を、なんとか励まそうと躍起になるカイルとテオ。

 しかし後日、その悩みを払拭してくれる者が現れた。



「お久しぶりです、トム君」

「ソリュートさん? どうして、ここに?」

 いきなりやってきた冒険ギルドの副マスは、優美に微笑みつつも、横に立つナタリーをじっとり睨んだ。

「使える者は親でも使えってねっ! こいつは口も固いし融通も利く。なによりギルドの権力者だ。利用しない手はないって♪」

 にかっと破顔して宣うナタリーに、ソリュートはうんざりしたような顔を向ける。
 二人は生まれた時からの腐れ縁。こういう彼女に何を言っても無駄なことは、ソリュート自身が一番よく知っていた。

「君ねぇ…… はあ…… まあ良いでしょう。幼馴染みの頼みですし、何よりトム君のためです。力になるのも吝かではありません」

 ……そっか。ナタリーが頼んでくれたんだぁ。

 困ったように寄せられたソリュートの眉根。それでも何とかしてくれようという彼に、トムは心から感謝する。

 そしてトムの自宅に絶叫が迸るのは、もはや御約束だった。
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