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 ここは聖獣の棲家 4

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「あふ……、あ、……やめっ」

「トム……?」

 かくかく震えてうなされる恋人。

 それを心配げに見つめ、カイルは優しくキスをした。頬や額に。
 脂汗を流して苦悶に歪むトムの顔。
 あまりに辛そうな表情を見て、カイルはその戦慄く唇の震えを止めようと、少しだけ舐めた。
 ちろ……っと擽る熱い舌先。
 それにトムが反応を示す。訝しげに寄せられた眉が可愛い。不可思議な反応を示すトムに気を良くし、カイルはちょっと大胆に口づける。
 それでも微笑ましいバードキス。ちゅっ、ちゅとついばむように唇が触れ合った瞬間、トムの眼が、カっと見開き、抱きしめていたカイルを力任せに突き飛ばした。
 体格差から、突き飛ばすどころが跳ね返されて転がるトム。はあはあと荒らいだ息や涙の浮いた眼。
 明らかに様子のおかしいトムを見て、カイルはどうしたら良いのか分からない。
 そんなトムに、ぎろっと冷たく睨みつけられてカイルは凍りつく。

「カ……イル?」

 固まり切ってしまったカイルを認識し、一瞬浮いたトムの憎悪の眼差しは、すぐに霧散した。
 それどころが、力なくカイルに手を伸ばしてトムは厚くなりはじめた彼の胸に顔を埋める。

「カイル……、僕……、僕ねっ! 酷い夢だった ……あ」

 ……夢? 本当に?

 そこまで口にして、トムは慌てて離れようとするが抱き込むカイルの腕がそれを許さない。

「カイル?」

「心配した…… どこにもいなくて。見つけたと思ったら、気を失ってて。……怪我はないみたいだけど、何があった?」

「何が……」

………《儀式だ》

 冷ややかな声がトムの耳朶をかすめていく。そして少年は、慌てて己の身体を確かめた。

 服に異常はない。……しかし。
 
 体内で疼く何か。それは微かな痛みと壮絶な違和感を伴い、トムの身体が奴らに暴かれたことを知らしめていた。
 酷い凌辱の果てに吐精を強要され、元トムの魔石だという卵に受精をさせたのだ。
 大量の精を注がれ、苦しく、軋むお腹に悶絶した。我慢に我慢を強いられ、身も世もなく泣き喚いた。悪夢にも程があると、さっきまで漠然と思っていたが。

 ……夢じゃ……ない? 

 ざわりと粟立つ少年の肌。見るからに一面の鳥肌を必死にさする恋人に顔をぎょっとさせ、カイルがトムの肩を激しく揺する。

「おいっ! 何があったっ? 一人で飛んじまった先で、何かあったんだろっ?!」

「何が……って」

 鼻先が触れ合うほど肉薄するカイルの眼。そこに滲んだ劣情と嫉妬の焔を見て、トムの全身が毛羽立っていく。まるで威嚇する獣のように。
 嫉妬丸だしなカイルの激情と、あの人外らの興奮した眼差しがピタリと重なったのだ。

「さ…わる、なああぁぁーーーっ!!」

 怯え竦み、崩折れるトム。

「うわああぁぁんっ! あーーーっ!! うあ……っ! あ……っ、うううぅぅ……っ、うく…っ」

 嗚咽をあげてうずくまるトムを見て、思わず膝を着いたカイルだが、先程の震える絶叫が頭にこびりつき、恋人に触れることが出来ない。
 
 そうこうするうちに、トムの絶叫を聞きつけたらしいダレスが駆けつけてきた。

 彼らの視界に映るのは、ガタガタ震えるトムと茫然自失なカイル。

「何があった?」

「トム? どうしたの? なんで泣いてるの?」

 困惑顔なダレス達を押しのけて、トムの師匠なサマンサとレナが蹲るトムに駆け寄った。

「サマン…サ、レナ……っ、僕ぅぅ……っ」

 後は言葉にならず、トムは二人に抱きついて号泣する。

 わんわん泣き喚くトムをサマンサとレナに任せ、ダレスはカイルに何があったか尋ねた。

「分からないんだ…… 目が醒めたと思ったら抱きついてきて…… すぐに離れたと思ったら、今度は見るからに怯え震えて…… がちがちと。……で、俺に触るなって…… なあ? どうしちまったんだ? トムは…


 そこまで聞いた、ダレスの眼が陰惨にすがめられる。如何にも苦々しげで唾棄するように凄まじい嫌悪を示した辛辣な眼光。

「……憶測の範囲だが。確証はない。……けど、そういった状況に陥る例を俺は知っている。何回か見てきたからな」

「……例?」

 ダレスは今年二十八歳。カイルより一回り以上も長く生きている。
 落ち着いて聞けよと何度も念押しし、ダレスは一層奥の森にカイルを連れていった。





「……強姦?」

 呆然と眼を凍りつかせるカイルに、ダレスは重々しい表情で頷く。

「サマンサ達が話を聞いてくれているだろう。ああいった錯乱状態と男に怯える仕草は、そういった被害者に多い症状なんだ。……迂闊だった。危険なのは魔物だけじゃない。荒くれ者な冒険者らこそが、何者にも勝るケダモノなことを忘れていたよ」

 このダンジョンは難易度が低いこともあり、多くの冒険者が訪れる。村よりも大きな階層が幾つも重なるダンジョンだ。どこに誰がいるかなんて分からない。
 下に行くほど広くなるダンジョンには、大勢のケダモノも潜んでいたのだ。それに思い至らなかった二人。
 ダレス達が一緒だから。弱い獲物しかいないから。食べるに困らないダンジョンだから……と。警戒心が薄れていた。

 愕然とうつむき、眼を凍らせたままなカイルを悲痛な顔で見据え、ダレスはレナが呼びにくるまでカイルの側から離れなかった。



「たぶん間違いないね。本人は否定しているけど、誰かに襲われたっぽい」

「あんな小さな子に……っ! これだから男って生き物はっ! 孔があったら、小汚い粗末なモノを挿れないと気が済まないのかしらねっ!!」

 悪意満載な罵倒。

「おいおい、俺等まで一緒くたにすんなよっ!」

 忌々しげに吐き捨てる女性二人。

 それに物申しつつ、ショーンも頭を掻きむしった。こんなことになろうとは、誰も思わなかったからだ。

「……トムは?」

「寝かせたわ。私達のテントでね。……ずっと震えが止まらなくて。可哀想に……」

 幼いトムを襲った理不尽。頑強な大人に組み敷かれて、どれほど怖かったことだろう。どんな酷い目にあわされたのか。飛んだ場所が悪かった。ただ、それだけで。
 カイルは、ぐっと拳を握り込み、唇を噛みしめる。
 そんな愛弟子の震える拳をポンポンと叩き、ダレスは撤収を口にした。

「犯人を見つけることは不可能だし、ここにまだ居るかもしれん。何より、あんなに怯えたトムをこのまま連れ歩けない。帰って休ませてやろう」

 その言葉に頷き、神妙な面持ちのサマンサ達。

 カイルは止めるレナを振り切って、トムが眠るテントに入った。
 未だにカタカタと小刻みに震える最愛。眠っていても悪夢は終わらないのかもしれない。むしろ、さらなる悪夢の中を彷徨っているのかも。
 これを守れなかった悔しさが、カイルの腹の底に驚くほどの怒りを湧かせた。

 ……万一、犯人が見つかったら。殺してくれと頼みたくなるくらい、いたぶってやるっ!!

 今にも破裂しそうな憤怒を胸に、カイルはトムを掛布ごと抱きしめて眠りにつく。
 ときおり、びくっと大きく跳ねる小さな身体。こうしてすっぽり抱き込めてしまえる幼い子供を、浅ましい欲望の餌食に出来る神経が分からない。
 
 ……何をされた? 教えてくれ。俺が清めてやるから。全部受け入れてやるから。

「トムは綺麗だ。何も怖くない。俺がいるよ? ずっと側にいる。可愛い可愛いトムの側に……」

 歌うようなカイルの独り言。それに合わせて、ポンポンと背中を叩かれ、トムの震えが収まっていく。
 穏やかになった寝息に微笑み、カイルもうとうと微睡んだ。

 そして翌日あがる絶叫。

「いやああぁぁぁーーーっ!!」

 トムの顔全面に浮かぶ恐怖を見やり、カイルは元の木阿弥なことを理解した。
 カイルにすら怯えが止まらないトムは、忙しなく視線を泳がせて何かを探している。そして、レナ達を目の端にとめたようで、転がるようにテントから逃げ出していった。

 ……駄目なのか? 俺は、お前を襲うような人間じゃ…… 
 
 ……と、考えたカイルの脳裏に、過去のやらかしが過る。トムを激怒させた、うなじの花びらや噛み跡。
 された側にしたら、どちらも男に襲われたのと同じだろう。今になって後悔しきりなカイル。

 ……あの時の猿な自分を殴ってやりてぇぇっ!!

 後悔先にたたず。誰もが一度や二度は、やり直したいと心の底から悔いるもの。

 意気揚々と訪れたダンジョンが散々な結果に終わり、意気消沈して帰路に着くダレス達。
 
 それを見送る何かに気づかぬまま、カイルは兵士の道を諦める。
 二度とトムから眼を離さないため、彼は最愛の恋人の横に立つ道を選んだ。

 つまり冒険者だ。

 カイルの決意を読み取った何かが、うっそりと嗤ったとも知らずに。
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