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 ここは異世界 8

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《生まれたか……》

《生まれた。長かったな》

《迎えにいこう? 誰のモノにする?》

 トムの住む村近くのダンジョン。その最奥で微睡んでいた者らが動き出した。
 それらは巨体を奮い立たせ、甲高い咆哮と共に姿を掻き消す。
 大地を揺らす咆哮を耳にし、トムの村は大騒ぎだった。



「うわああぁっ、父ちゃんっ!!」

 びりびりと地面を走る振動。不気味な咆哮もあいまり、地震慣れしている元日本人すらも怯えさせる揺れに、トムは慌てて父親にすがりつく。
 
「大丈夫、大丈夫だっ! 俺がいるからっ! ……くっ」

 しっかり抱きしめてやりたいのに片腕しかない切なさよ。ロイドは左手を巻きつけるように我が子を掻き抱いた。
 ……と、そこへけたたましい音をたてて誰かが家の扉を開ける。

「大丈夫か、トムっ! ロイドおじさんっ!」

 血相を変えて駆けつけたのはカイルだ。彼は家に入るなり、震える我が子を抱きしめるロイドに寄り添い、ダンジョンのある方を睨みつける。

「なんだろう? やはりダンジョンはダンジョンなのか? スタンピードでも起きたのか?」

 苦々しげなカイルの呟き。それを耳にして、トムは背筋をぞっとさせた。ここは異世界なのだと、あらためて実感する。

 ……スタンピード? ああ、そうか。ここはそういう世界なんだよなぁ。騎士団はあるけど、日本の自衛隊みたいに人々を守るような組織じゃないし…… 兵士達も犯罪の取り締まり中心で、警察みたく親切じゃないし…… 怖いよぅぅ。

 突然、父親が右手を失ったり、いきなり大きな魔石を手に入れたり。
 一生遊んでくらせる大金が舞い込んだり、得体のしれない咆哮に怯えたり。
 そこにきてスタンピードなどという災厄の代名詞までやってきて、完全にトムはパニクる。

 ……なんだよう、もうっ! わけが分かんないよっ! どうしたら良いのさっ! うええぇぇっ!

 ほんの数日で目まぐるしく変わる彼の周囲。それについていけない少年は、父親にしがみつき、カイルに背後から抱きしめられつつ、途方に暮れた。
 その理不尽に震える肩を、宥めるようにカイルが優しく撫でる。

 ……何が起きても守ってみせるから。

 ギリっと奥歯を噛みしめるカイルを、トムの父親がじっと見ていた。



 そんなこんなで三種三様の思考が絡まる中、元凶たる咆哮の主達は王宮を目指す。
 そこには、トムから買い受けた例の魔石が鎮座し、国王達に感嘆の溜め息をもらさせた。

「……これが伝説の。良いな。素晴らしい魔石だ」

「左様でございますね。これだけ大きい魔石も珍しいのに、さらには無属性だとか。……非常に大きな火力に使えます」

 魔術師らによって作られる数多な魔術具。その中には非常に危険な武器もある。……が、哀しいかな、それは大量の魔力を必要とし、実際には動かせない置き物だった。
 作らせはしたものの、動かせるだけの魔力を含有した魔石が手に入らず、苦虫を噛み潰していた国王陛下。

 どの国でも似たようなことはしているが、大地を割り、国を焼くような獰猛な兵器は、それ相応の燃料を必要とする。
 その根本たる燃料がないため、どんな戦も人海戦術による肉弾戦が主体だった。ある意味、幸いだ。
 なのにここにきて、その燃料足り得る魔石を国王は手にした。魔術師らの説明によれば、無色透明な魔石は百年ほど使えるらしい。
 周りの国を焼け野原にして征服するには十分な期間。

 大金貨五百枚と非常に高価だったが、それに見合う価値はあった。一度、戦を起こせばその何倍も金子が飛ぶのだ。

 濡手に粟とは地球の言葉。

 それと似たようなことを考えていた国王だが、突如として王宮を揺るがす大音響に眼を丸くする。

「うおっ?!」

 揺れるシャンデリアがガシャガシャと耳障りな音をたて、未だ足元が覚束ないほど振動する城。

「い、いったい、何がっ? おいっ、確認して参れっ!」
 
 国王が叫ぶやいなや、その背後の窓に大きな目玉がギョロリと光った。
 うわああぁぁっと雄叫びをあげて逃げ出す侍従らを呆然と眺める国王陛下。その直後、後ろの壁が壊れ、何かが、にゅうっと国王の横を通り過ぎていく。
 真っ赤に滑る不気味な肉塊。
 それはテーブルに鎮座していた魔石に巻き付き、再び国王の横を通り過ぎた。恐ろしさに身動きも出来なかった国王だが、黒い夢の実現を約束する魔石を持っていかれて、はっと正気に返る。

「待てっ! それは駄目だっ!」

《駄目だと? なぜだ。これは我々のものだぞ》

「違うっ! これは、儂が買ったのだっ! 儂のものだっ!」

 支配欲という凄まじい欲望が恐怖を振り切り、国王は魔石を持ち去ろうとする何かの赤い肉塊にしがみついた。

《……ふうむ。人の理は分からぬな》

《対価が必要なのではないか?》

《そうだな。おい、お前》

「ひっ?!」

 気づけば、他の窓からも大きな目玉が国王を見つめている。

 ここにきてようよう、周りの状況がおかしいことを国王は理解した。

《対価を言え。コレに見合うモノを支払おう》

 ……対価?

 国王は考える。

 彼は戦を勝ち、周りの国を傘下に収めたかった。潤沢な資金と権力が欲しかった。

 どす黒く染まった彼の思考。

 だが、それを読み取ったかのように、三ヶ所の窓から覗く大きな眼が陰惨に煌めいた。

《間違えるなよ? 真に欲したモノを。人は間違える生き物だからな》

 ……間違える? 何を?

 彼は権力や資金が欲しかった。溢れるほどに。だって、この国は貧しいから。この国に限らず、どの国だって景気は良くない。人口過多な異世界アトロスは、常に慢性的な飢餓を抱えている。
 しかし、剃刀のような眼光に絡みつかれ、国王の思考から余分な妄想が削ぎ落とされていった。
 そうして軽く俯き、彼は万感の思いのこもった言葉を口にする。

「……民を飢えさせたくない」

《うむ。それで?》

「豊かな大地を…… 豊穣な実りが欲しい」

 そう。それこそが、国王の野望の原点だった。

 自国の民を食べさせるために、彼は他国を踏みにじろうと考えたのだ。非常にシンプルかつ単純な答えを国王は吐き出す。

《……人が考えることとは似たようなものよな。相分かった。ならば、この国に実りのダンジョンを授けよう》

「実りのダンジョン?」

 わけが分からないと惚けた国王だが、そこでふと、数年前に届いた報告を思い出した。

『……中は農耕地や草原、明るい森ばかりで、魔物も比較的弱く、魔石や素材確保は期待できないダンジョンでした。まあ、珍しい食べ物が多くはありましたが』

 ある辺境騎士団から届いた報告。金にならないダンジョンのことなど、耳を素通りさせていた国王陛下。

 ……まさか?

《この辺りに幾つかのダンジョンを作ろう。民が飢えぬようにな。代わりにコレをもらうぞ?》

 うっそりとほくそ笑む巨大な眼。

 茫然自失な国王を置き去りにし、いきなりやってきた来訪者らは、来た時同様、いきなり消え失せた。



「……いったい、なんだったのか」

 昨夜の騒ぎを思いだして、国王は気難しげな顔で眉間を揉む。
 外にいた者達によれば、非常に大きな生き物が突然飛来してきたらしい。城ほどもある生き物だったとか。
 一つは硬い鱗に覆われていて、一つは艷やかな羽を纏い、最後の一つは煌めくような体毛をしていたという。共通するのは、そのどれもが一点の曇りもない純白だったこと。

 ……白い生き物。巨大な。……ん?

 そこまで考えて、国王の眼が驚愕に見開いた。

 この世界には伝説があるのだ。神代から伝わるといわれる伝説が。そこには三匹の聖獣が存在している。
 海を泳ぎ、支配する龍と、大地を馳せ、支配する幻狼。そして空を翔け、数多を見下ろす鳳。
 これらが神々の使徒となって、人々を導き世界を造ったという伝説がアトロスにはある。

 創世記の話だ。今や王家に細々と伝わる程度で、一般的には誰も知らない。宗教も神を主体とした考えと教え中心。それを手伝ったという三匹の獣のことは時代の片隅へ消えていった。

 ずるる……っと椅子からずり落ちながら、国王は昨日見た巨大な目玉を思い出す。
 まるでこちらの深層を暴くかのように鋭く凪いだ眼差し。あれにつられ、国王は戦を始めるようになった原点を顧みた。
 民を飢えさせたくないと。少しでも国力をあげたくて、周辺に見せつけるよう始めた戦。
 舐められたら最後だ。強者の餌食にされてしまう。どこの国も飢えたケダモノの群れなのだから。我が国が弱くないことを示さねば。
 マウントのために行われる戦は、ほどほどで終わる。領地を掠め取り合う程度で、どちらも損害を出したくないため深入りはしない。
 それでも戦は戦だ。民も疲弊し、国は痩せ細っていく。悪循環でしかない繰り返し。
 そんなこんなに倦み爛れた思考で疲れ切った国王陛下に吉報が届く。

「ダンジョンが現れましたっ! 王都周辺に五つもっ!」

 ……実りのダンジョンとやらか?

 国王陛下が、期待にゴクリと喉を鳴らしていた頃。

 それを造った三匹が、大切そうに魔石を撫でていた。





《おうおう、良いな。これなら生まれる》

《誰のにするか。勝負で決めようっ!》

《逸るな。皆で注げば良い。誰のが生まれても恨みっこなしだぞ?》

 そういうと三匹はそれぞれの魔力を魔石に注ぐ。

 細い糸のように絡まる魔力に染められ、魔石は真っ白に色を変えた。

《何が生まれるか…… 楽しみだな》

 ふふっと淡い笑みを浮かべ、三匹は魔石を囲んで眠りにつく。……トムの村に近いダンジョンで。

 この三匹にかかわる未来を、今のトムは知らない。
 
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