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 ここは異世界 4

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「なんだよ、それっ!」

「言ったとおりだ。トムとは距離をおけ」

 トムが上機嫌で帰路についていた頃。カイルは不機嫌全開で父親に噛みついていた。

 無愛想な顔で吐き捨てる父親。それを見て、カイルは頭に血がのぼる。
 これまでは何も言わなかったのに、トムの父親が怪我した途端、掌を返す。カイルの父親はそういう人間だった。

「俺はトムと結婚するって約束したんだっ! 絶対にするっ!」

「馬鹿を言え。いいか? ロイドは片腕を失ったんだぞ? それも利き手だ。この先、仕事にありつけるかも分からん。そんな役立たずつきの嫁など俺は御免だからな?」

「父ちゃんの世話にはならないよっ! ロイドおじさんごと俺が養ってやらあっ!」

「馬鹿野郎っ! わざわざ苦労を背負い込むなんて、底無しの馬鹿だっ! そんくらいなら家に入れやがれっ!」

「結局はそれかっ! 独り立ちするまでは入れてやるよっ! そこからは俺の好きにするからっ!」

「カイルっ!!」

 無意味な会話を打ち切り、カイルは外に飛び出した。見慣れた庭を突っ切って、いつもトムと寛ぐ丘を目指す。
 辿り着いた丘には誰もいない。畑にも人影はなく、カイルは切らせた息を落ち着かせるために座り込んだ。

 カイルの家は三人兄弟。上に二人いて普段は街で暮らしている。村には両親とカイルだけ。
 トムにも姉がいて、婿探しで遠方の街にいた。
 人口過多なアトロスの世界は、あまり子供を作らない傾向にあるのだ。大体一人か二人。カイルの家は多い方で、父親は長兄が嫁を連れてくるのを心待ちにしている。
 この村は辺境だ。年頃になった若者は、どうしても街に憧れ、独り立ちしていく。それが寂しいのは分かるが、カイルだけは近くに置いておきたくて堪らないらしい父親の干渉が、最近激しすぎる。

 ……前は、同じ村のトムと結婚するのは良いことだとか言ってたくせに…… ちょっとケチがついたら、これかよ。

 ムカムカが収まらず、カイルは丘の上でジタバタしながら転がり回る。
 すると遠目にガヤガヤ楽しげな一団が見えた。カイルも見知った冒険者達だ。
 ときおり剣や魔術を指南してくれる彼らは、丘で転がるカイルを見て軽く手を振った。

「よおっ! どうした? 今日は一人か?」

 快活な笑みを浮かべるのはダレス。如何にも剣士といった風情の若者だ。カイルと同じ様に巻かれたバンダナは青。カイルのするバンダナも彼が幼少期に使っていたのを譲ってくれたモノ。

『一応、俺の一番弟子だからな。これと同じバンダナをしている奴を見たら、お前の弟弟子だと思え』

 そんな遠大な野望を聞かせつつ、カイルの頭にバンダナを巻いてくれたダレス。
 見知った顔ぶれに心を落ち着かせ、カイルは彼らに駆け寄っていく。

「今日もダンジョンか? なんか変わってた?」

「いや、穏やかなものさ。あのダンジョンに巣食ってるのは草食系ばかりだしな。何より、植生が農地っていう異質なダンジョンだ。思わず昼寝したくなる長閑さだったぜ」

 彼等の背負った背負子の籠一杯な野菜や果物。

 この村の近くに突如として現れたダンジョンは、この世界の常識を覆すダンジョンである。

 普通のダンジョンなら、獰猛な魔物が蔓延り、洞窟や砂漠、密林など、危険極まりない植生ばかり。階を深めるごとにその危険度は上るし、何層あるのかも分からないダンジョンを踏破した者は一人もいない。
 最奥は地獄だとか魔界に繋がっているのだとか、色んな憶測は飛ぶものの、それを確かめた者はなく、謎ばかりな空間だ。
 それでも獰猛な魔物と死闘を巡らせ、一攫千金を狙える場所であるのは間違いなく、命を懸けて訪れる者は後を絶たない。
 そこでしか採取出来ないモノばかりだし、魔物の落すドロップ品の魔石や素材も豊富で、危険に見合うだけの見返りは期待出来た。

 ……が、二年前、この村からほど近い海岸と山の間に、突如としてダンジョンの入口が開く。

 村人らが恐怖に慄いたのも束の間、やってきた騎士団が調べた結果、このダンジョンの中は安全だと太鼓判が押されたのである。

『三層まで確認しましたが。……その。少し深い森程度の魔物しかおりませなんだ。植生も長閑な田舎の風景な感じで…… 三層が大きな湖だった以外は、何も特筆することがなく。その湖の魔物も低レベルなモノばかりでした。………うん』

 あまりに落胆気味な騎士団の面々が気の毒で、思わず、ごめんなさいと謝りたくなった村人ら。
 地元の騎士団にしたら、ダンジョン発生は武功をあげる好機。定期的な討伐や潤沢な資材確保の宝庫のはずだったのに。
 蓋をあけてみたら、森で見かける程度の弱い魔物しかおらず、植生も野草や野菜、果実が中心。
 普通の農家ぐらいしか実入りのないダンジョンだったという衝撃の事実。
 
 とぼとぼ帰還する騎士団の煤けた背中を、カイルは今でも覚えている。

 だがこのダンジョンは、村にとって福音だった。

 何しろ食べられる物が溢れているのだ。

 人口過多なアトロスは慢性的な飢餓も蔓延っている。深刻なモノではないが、満ち足りないという暮らしは人の心を荒ませた。
 この村も例外ではない。そこにきて、豊富な食料を得られる安全なダンジョンの登場は、村人らを大いに沸かせた。

 大人がついていれば子供連れでも採取出来る、ゆる~いダンジョン。しかも季節を問わない植生で、冬でも新鮮な野菜や果実が手に入るため、苦労を厭わねば結構安定した収入になる。
 村からでも馬車で片道半日かかる位置なため、そうそう行けないが、週末に泊りがけで仲間と向かう者も多い。ダレスらもそういった感じだ。

 そして、後になって判明した事実。

 この珍しいダンジョンには、アトロスに存在していない貴重な植物が数多に自生していたのである。



「良いイチゴが手に入ったからな。御貴族様に高く売れるぜ」

 にっと笑うダレスをカイルは羨ましそうに見上げる。イチゴはトムの好物だからだ。
 このイチゴというのも、例のダンジョンでしか採取出来ない果実で、他にもモモとかナツミカンとか、果汁が多く、とてつもなく美味いモノが沢山あった。

 そしてカイルはふと思い出す。それをトムがイチゴと名付けた日のことを。



『え? ええーっ? イチゴだーっ! すごい、初めて見たぁーっ!』

 洗礼式を終えてしばらくした頃。騎士団が持ち帰った収穫を村に振る舞っていた時のことだ。
 中には正体不明な物も多かった。イチゴもその一つ。ベリーによく似ていたが、それよりずっと大きくて瑞々しい。
 芳醇な匂いを放つソレを、どうやって食べるのかと思案していた大人達。ベリーと同じなら生食やジャムに出来るだろうと相談しているところに、トムがやってきて叫んだのだ。

『うわあーっ、こっちにもあったんだあー、もらうねっ!』

 テーブルに広げて、見知ったモノは皆で食べたりしていたため、トムも遠慮なくイチゴを掴んで口に運ぶ。

『待てっ! まだ正体の分からない果実だぞっ?!』
 
 驚いた騎士が叫ぶも遅く、トムはもちゃもちゃと幸せそうに謎な果実を食べていた。
 そして至福に蕩けた顔をし、吐息のように呟いたのだ。

『あんまぁぁ~~い、酸味も丁度いいし、章姫やアマオウに似たイチゴだねぇぇ、すごいや』

 とろ~んと恍惚な顔で呟くトムを見て、他の者らも口にしてみる。途端に皆、硬直。
 視線だけで頷き、その後はイチゴの奪い合いに発展した。

 そこでベリーやなんかと区別するべく、この果実にはトムの言ったイチゴという呼び名がついたのだ。実際、ベリーなどとは比べ物にならない実の大きさと美味さ。
 この情報は、あっという間に近隣に広がり、ダレス達のような冒険者らを村に呼び寄せるきっかけとなった。


 
『……イチゴ? ベリーとは違うのか?』

 トムが争奪戦で奪ってきたイチゴを譲ってもらい、カイルも、その滴る美味さに眼を見開く。

『同じだよ。ラズベリー、ブルーベリー、ブラックベリー。これもたしか、正式にはストロベリーっていうの』

『へ? なら、なんでイチゴ?』

『……ないしょ』

 へへっと苦笑し、歯を見せて笑ったトム。

 あの日の蕩けた顔と、無邪気な笑顔にカイルはノックアウトされた。初めて見た幼馴染みの一面に。
 元々、淡い恋心を寄せてはいたが、それが確定した瞬間である。

 他にも謎なモノが沢山あり、何気に尋ねてくる騎士らにトムは淡々と答えた。

『これは桃。これはバナナ。こっちは……夏みかん? 伊予柑かな? む~?』

 やや首を傾げながら、色んな物にトムは名前をつける。トムにも分からないモノはあったが、そのへんは農家の年寄りらが食べられるかどうか判断していた。
 新たな野菜や果物を、この村は歓迎する。ダンジョンの外で栽培出来ないかと、頑張ってもいた。

 その思い出の果実だが、実は滅多に手に入らない。

 これは再生の周期が長いらしく、手に入れるには多分に運が作用する。今では貴族どもが金貨を積んででも欲しがる一品だった。村のダンジョンの目玉だ。
 なので、こうして採取したばかりが狙い目。まともに手に入れようと思ったら、各種マージンが加わり、とても買えない金額になってしまう。

 ダメ元だと思いつつ、カイルはダレスに頼み込んだ。

「あ、あのさっ? 俺、なんでもやるからっ! 雑用でも武具磨きでもっ! だから、イチゴを一つ譲ってくれないかっ?」

「えええ~っ? 一粒、大銀貨五枚の代物だぞ?」

「じゃ、分割で払うっ! 月に銀貨三枚くらいなら、俺、払えるからっ!」

 なんとか譲ってもらえないかと食い下がる一番弟子に、仕方なさげな顔をするダレス。

 そんな微笑ましい光景が待っていると知らないトムは、ほくほく顔で我が家を目指し、街道を駆けていた。
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