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 ここは異世界

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「トム? どうした、トム?」

 カチーンと固まってしまった少年は、眼を見開いたまま宙を凝視している。
 ピクリともしない彼の中は、只今大混乱中。身も知らぬ人々や見たこともない建物、風景。そういった数多の記憶が流れ込み、少年を硬直させていた。

『……おか……さん。ランド…セ…ル』

 呼吸器をつけた子供が、枯れ枝のような手を誰かに伸ばすと、その誰かが、大きな背嚢のようなモノを持ち上げる。

『あるよっ、ここにあるからっ! 学校に通おうねっ!』

 涙でグシャグシャな顔で叫ぶ女の人。
 それに微笑み、子供が静かに眼を閉じた。

『努ぅぅーーーっ!! うわああぁぁっっ!!』

 ピーッという無機質な音が響き渡り、子供のベッドにしがみついた女性が号泣する。そこまでトムの耳は拾っていた。いや、あの子供の耳がだろうか。
 胸を締めつける深い嘆き。声もなくトムの眼から涙が零れる。

「トムっ? おいっ! 大丈夫かっ! 神父様っ! これは一体っ?」

 分からないとばかりに首を振る神父様。

 そんな中、トムの中に最後の欠片がポトリとこぼれ落ちた。

 ……ごめんね、お母さん。死んじゃって、ごめんね。

 死んじゃって……? これは僕なのかな?

 多くの記憶と知識を得たトムは、これが前世というものであり、自分は別世界に生まれ変わったことを、突然理解した。
 七歳を前にして病気で死んだ自分。その記憶なのだと。

「う……」

「トム?」

「うわあぁぁーんっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいぃぃっ!」

 いきなり泣き出した我が子に、オロオロする父親。
 だが、それも束の間。息子の次の叫びで、父親は激昂する。

「死んじゃって、ごめんなさいぃぃっっ!!」

 押し寄せた哀しい過去に呑み込まれ、パニック状態のトム。

「ーーーーっ! 縁起でもないことを言うんじゃねぇーっ!!」

 ごいんっと音が聞こえそうな勢いで拳骨を落とされ、少年の脳内に火花が散った。一瞬で眼の前が真っ白になり、呑み込まれかけた前世の記憶が、ぴゃっと奥に引っ込む。

「~~~~~っってぇぇーーーっ!!」

 おおぉぉぉ……っと踞った少年に苦笑いしつつ、神父様は水晶玉を覗き込んだ。そして軽く眼を見張る。

「これは…… 御子息が賜ったスキルは《珠玉》です」

「しゅぎょく? 聞かないスキルだな」

 ……スキル? 僕の? ああ、そっか。今日は五歳の洗礼式だ。

 この世界アトロスでは、誰もがスキルを持っている。特性や向いた職業を示してくれるものだ。
 《握力》や《剛腕》なら木樵とか剣士とか。《索敵》や《隠密》なら猟師や斥候向きなど。何かしらのスキルを一つだけ授かる。
 どれも大した能力ではないし、ほんの少し人生を生きやすく豊かにしてくれる程度のモノだ。

 疑問顔な親子を眺め、神父様は祝詞を唱える。

「《珠玉》はユニークスキルです。極々稀にしか授かる者はおりません」

 ……おお? ひょっとしてチートきたっ?! 転生特典かっ?

 地球人であった記憶を思い出したトムは、ワクテカに眼を煌めかせた。……が、神父様の説明で、その期待は粉微塵に打ち砕かれる。

「《珠玉》は、一日一つだけ魔石を得られるスキルです。小さな魔石なので…… その……」

 言い淀む神父様。

 ……そりゃあそうだよな。スキルだってピンキリだろうし、ユニークスキルだからって、良いものとは限らないよね。

 眼を据わらせて心の中で一人ごちるトム。

 彼が前世で見たアニメのような展開は訪れなかった。

「ま、スキルなんてそんなもんだ。地道に暮らせば良いさ」

「だね」

 はあ…っと溜め息をつくと、トムはにっかり笑って父親と手を繋ぐ。そして教会を出ていく微笑ましい親子を、神父様が温かな眼差しで見送っていた。

 翌日、口の中に魔石が現れ、思わずジト目でトムは天井を見つめる。

 ……なぜに口の中。

「呑み込んだら、どうすんだよぉーっ!!」

 ぺっと吐き出したトムだが、彼は初めて見る魔石に魅入られた。それは無色透明で小指の爪サイズ。光の加減で微かな虹色を煌めかせる光沢は、とても幻想的で美しい。

「きれぇー…… これが魔石?」

「お? それか?」

 すでに起きていたらしい父親が、トムの持つ魔石を珍しげに眺める。

「兎の奴くらいだな。売れば銅貨五枚くらいになる。お前、小遣いに困らないぞ?」

 あっ、とトムの顔がひらめいた。

 ……そっか、魔石は売れるんだっけ。銅貨五枚。悪くない金額だ。ちょっと贅沢な食事を食べられる。

「そう思うと…… 悪くないスキルだったかもね」

「食いっぱぐれはしないな」

 にっとほくそ笑み合う親子。

 取り敢えず今のところ売る必要もなく、手近な壺を掴んで、トムはその中に魔石を貯めておくことにした。

 ……銅貨五枚だから、地球でいえば五百円玉貯金ってとこか。

 カラカラと壺を鳴らし、トムは朝御飯の支度を手伝いに寝室を出ていく。
 ベッドの横に置いた壺が、仄かに発光していたとも知らずに。
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