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 野生の悪役令嬢 4

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☆残酷なシーンございます。ご注意を。




「……なんか。ダイジョブ?」

「……大丈夫です」

 疲労困憊でふらふらなフー。

 それを後ろから見ている薫は気が気でない。

 昨日、いきなりやってきたスチュアートとネール。そして突然現れた異世界人のカナ。
 養父のネールと感動の対面をはたし、同じ部屋で暮らすことになったフーは、今朝からスチュアートに付き従い従者として学んでいるらしい。
 夜が明ける前にスチュアートに起こされ、どこかへ連れて行かれたフー。朝食前には戻ってきていたが、あからさまに様子がおかしい。

 目も虚ろで膝が笑っているし、何より感じるその疲れ具合。ただごとではないと、薫はスチュアートを問い詰めたが、当の御仁はしれっと答えた。

『従者として鍛えております。お気になさらず。モノにならなくとも、お嬢様の壁になれる程度には鍛えておきますから』

 ……壁? 

 にーっこり良い笑顔で宣われた薫の元に、ラグザが駆け込んでくる。

「お嬢様っ! 荘園の街から報告です!」

「報告?」

 息せききった彼の話によれば、この森の麓で打ち捨てられた馬車があり、中には瀕死の商人らが居たということだ。
 それぞれ、両腕欠損。傷口は止血してあったらしいが、あと数日発見が遅かれば死んでいただろうと。

「……こっわ。なにそれ? 猟奇的じゃん」

「左様でございます。まるで人間を解体して遊んだかのように、指、手首、肘の順で落とされた肉片が周囲に転がっていたとか」

 しかも止血し、その生命を永らえさせ、あえて被害者が苦しむよう仕向けている。どう考えても常人の発想ではない。
 荘園に常駐している騎士団も、こんなヤバい犯人を放置は出来ないと、血眼になって捜査しているらしい。

「……捕まると良いわね。フー? 一人で外出してはダメよ? 出るなら、この邸の護衛とね? 必ずよ?」

 言われて、胡乱げだったフーの視界が定まり、息を呑むようにスチュアートを見た。その瞳は凍りつき、心なしか震えているようだ。

 …………?

 雰囲気の変わった少年を不思議そうに見つめるエカテリーナを余所に、フーは今朝方あったことを思い出す。



『これは……?』

『例の悪徳商人です。……さっさと逃げれば良かったものを。まだカナを探していたようですね』

 森の麓にあったのは大きな幌付きの馬車。

 馬の放たれた馬車に入ると、そこには縄でがんじがらめにされた男三人。
 それぞれ、口にがっしり布を巻かれて声も出せない状況。ご丁寧に口の中にも何かを詰め込まれているらしく、呻くことすら出来ない様子だ。
 男達が涙目で怯えるなか、スチュアートが紐で彼らの肘上をキツく縛っていく。

 そして剣呑に眼を輝かせ、彼はフーを見た。

『お嬢様を不快にさせた者の末路です。よく見ておきなさい』

 至極真面目な表情で宣い、スチュアートは持参してきた袋から剪定用の植木鋏をいくつか取り出した。
 枝切り用の片手鋏から、両手で使う大物まで。
 何をするのだろうと疑問顔のフーは、この後、地獄絵図を目の当たりにする。



『ーーーーーーーーーーっ!!』

 ばちんっ、ばちんっと小気味よい音をたてて落とされていく指。今にも目玉が飛び出さんばかりな形相で激しく喉を震わせる男ども。
 
『本当に…… お嬢様のお膝元で領民を拐かそうなど言語道断。ようく思い知りなさい?』

 全身を縄で括られた男達は藻掻くことしか出来ない。激痛にびたんびたん跳ね回る彼らの周囲は血濡れで、飛び散る血液や涙の泡飛でぐしゃぐしゃだった。
 そこに粗相も加わったらしく、馬車の床は凄惨の一言。真っ赤な水玉模様が歪な形で幌にまで飛んでいた。
 本来なら阿鼻叫喚となるべき事態も、用意周到なスチュアートによって、無音の儀式と化している。
 聞こえるのは、がっちり口枷を噛まされた男達の荒らぐ息づかいのみ。

 この世のモノとは思えない光景を目の当たりにし、フーは胃液が逆流した。思わず吐き出しかかった少年に、スチュアートの容赦ない眼光が飛ぶ。

『嘔吐きくらい我慢しなさい。ここで吐いたら、お前もこいつらと同じ目に遭わせますよ? 脆弱な侍従など、お嬢様に百害あって一利なし。足手まといになる前に切り捨てます』

 心胆寒からしめる冷徹な声。その極寒を纏う声と眼差しに射竦められて、フーはスチュアートの行う凶行を泣きながら見ているしかなかった。
 溢れる涙で視界が歪む。それが幸いなのかも分からないまま、少年はずるずると崩折れ、必死に口を押さえて吐くのを堪えた。

 フーの眼には夥しい出血量に見えたが、実のところ止血してから始めているのでそんなに多くもない。

 あらかた始末を済ませ、眼を裏返して失神した商人らに唾棄するような一瞥を投げかけると、スチュアートはガタガタ震えるフーの首根っこを掴んで馬車から降りる。
 恐怖に眼を凍らせて顔面蒼白な少年。死に物狂いで吐き気は堪えたらしいが、その下半身は失禁し濡れていた。

 ……微妙ですね。モノになるか、どうか。このくらいで折れていてはお嬢様を護るどころではない。

 だがエカテリーナは、やけにこの子供を気にかけている。先程はああ言ったが、お嬢様命のスチュアートに、エカテリーナがお気に入りなペットを害する気はなかった。
 ふぅ……っと小さな溜め息をつき、彼は未だ痙攣のおさまらない少年を剣呑な面持ちで見下ろす。

『……従者とは主に命を賭す者。エカテリーナ様に向けられた悪意には毅然と立ち向かわねばなりません。その輩が二度とお嬢様に歯向かう気を起させないよう念入りにね。分かりますか?』

 茫然自失だったフーの目が、エカテリーナの名を耳にして正気に返る。
 見開いて凍っていた少年の眼に生気が宿り、焦点が定まったのを確認してスチュアートは話を続けた。

『今回は平民で、直接的な悪意ではなかったですが、エカテリーナ様には悪い噂が多く、さらに敵愾心を持つ者も少なくはない。懸想される信奉者の男性とて油断がなりません。嫉妬のあげく、共に死にたいと毒を仕込んだ者すらいます。……女神を罠にはめようと、虎視眈々する慮外者は数しれず』

 そう。スチュアートにとってエカテリーナは神にも等しい女性だった。
 産まれたばかりの赤子に湯水の如く金子を注ぎ込む両親。役に立っ駒としてしか妹を見ていない愚兄も、なんのかんのとエカテリーナを気にかけており、何かにつけスチュアートに心付けを渡してくる。
 莫大な契約金と、潤沢な給金。古参貴族なアンダーソン家は、伯爵と思えぬほどの資産や領地があった。
 中堅貴族という肩書から、王侯貴族独特なしがらみも薄く、それでいて無下には出来ない権力を持つ狡猾な家系。
 よほど祖先が優秀だったのだろう。上手い塩梅で国の中枢に食い込んでいる。現伯爵も、遜色なくそれを引き継いでいた。

 そしてスチュアートは知っている。この伯爵家の跡取りが、愚兄でなくエカテリーナなのだということを。

 愚鈍な者に家の未来を託すほど愚かなことはない。

 暇を申し出たスチュアートに、伯爵は極秘中の極秘を彼に告白した。

『いずれ教えるつもりだったが。お前はよく働いてくれたからな。エカテリーナは我が家の跡継ぎと心得よ。王家の子を宿したのも奇縁だが、ある意味僥倖。後継者として申し分ない血筋だ』

 為政者らしい冴えた薄い笑みを浮かべ、伯爵はこれまで胸の中でだけ温めていたことを吐露した。

 切ないほど美しく惨忍で、一歩間違えば狂人とも思われかねないくらい頭の切れる愛娘。あれは、正しく伯爵家の血の証だと。
 伯爵家の宵の狭間に綴られる歴史。それに倣えば、誰よりもアンダーソン家らしい人間なのだと。

 それはスチュアートも感じていたことだった。

 年齢を差し引いても、彼女の苛烈さは異常だ。子供の頃から雄々しく美しく、我慢を知らないのに忍耐力はべらぼうにある。
 子供らしい我が儘などでなく、目的を完遂せんためなら、時間など幾らでもつかい、何でもやる少女。我を通すのでなく、相手の逃げ道を悉く塞いで膝を屈させる末恐ろしさ。

 アレは子供などではない。かねてから、スチュアートはそう思っていた。

 そして歳を追うごとに凄みを増していく美貌。

 王家に劣らぬ高貴さと佇まい。共に並んだところで遜色なく、むしろ内側から漲る覇気が王族すら呑み込んでしまう。
 おかげで、狂信めいた取り巻きが増えること、増えること。気に入った者をお傍に召して、とことんまで利用する悪辣さ。
 自分の容姿や肢体すら有効活用。貴族子女の貞節など鼻であしらう姿に、スチュアートは身震いしたものだ。

 ……その烈しい生き様に。

 貧乏貴族だったスチュアートは頼りない両親や他の家族に早くから見切りをつけていた。貴族の矜持が何物ぞ、そんなものにしがみついて惨めな暮らしをしたくはない。
 どうせ三男な自分は家を継げるでなし、自らを高く売りつけ豊かな生活をしたいと夢見ていた。
 日々、幼年学校から努力と研鑽を重ね、周りに注目してもらえるよう優秀な成績を維持する。それが功を奏し、王宮の声がかかるほどにまでなった。
 暢気な彼の両親は、スチュアートが家のために働いてくれると思っていたようだが、あえてそれを否定せず就職活動に勤しんだ。

 ……世の中、金だよなあ。あれだけ嫡男様々だった父上らが、掌を返すんだから。

 小さい頃も何かと差をつけられ、学校に至ってはスチュアートは平民の学校に通っている。長男、次男と貴族学院に通わせて金子が足りなくなったからだ。
 まあ、無い袖は振れないよな。……と、スチュアートも諦めたが。

 ……あいつら、俺に回せる金子があったのに、それを兄貴の結婚資金として貯めてやがったんだよな。

 貧しい貴族の子弟にも満足いく学びが出来るよう、王宮から支援がされていたのだ。入学金と月々の学費ていどだが、スチュアートのための支援を両親は懐に仕舞っていた。
 格安な平民の学校に彼を通わせ、成績優秀なのを良いことに、上手く周りを騙していたようだ。
 三男ともなれば、親が学校に顔を出すことも少ない。表立って社交をするのは嫡男の特権。元々、末っ子のスチュアートは周りとの付き合いも希薄だ。
 彼が貴族学院に在籍していなくても、関心を持つ者はいなかったのだ。 
 
 作法や所作は家族から教わっていて特に問題もなく、武術にいたっては、兄達が教えてくれた。

 ……それも、兄達が連敗するようになってからは、逆に邪魔されまくったが。

 齢を経て、そういったしがらみや思惑の見えてきたスチュアートは、あえて良い子を演じて両親を安心させ、勝手に期待を膨らませる彼等を鑑賞していた。
 いずれ出奔するつもりなのだ。今は夢見てるが良いさ……と。

 おかげで彼の座右の銘は《地獄の沙汰も金次第》。超拝金主義の吝嗇家となっていく。
  
 そんな時だ。アンダーソン伯爵から手紙をもらったのは。

 娘の専属執事を探しているとの文面に、スチュアートはしばし考え込む。

 ……王宮でもやっていける自信はあるが、個人に雇われた方が気楽だろう。……まあ、給料しだいだがな? 

 にっと狡猾な笑みを浮かべ、スチュアートは伯爵家を訪ねた。

 ここで、自分の運命に出逢うとも知らずに。
 
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