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11 黒髪美少年

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「アヤちゃん、リンネちゃんって子、知ってるんだよね?」
 おばさんが部屋から出て行った途端、類がいきなり本題を切り出した。

「はぁ? なによいきなり。リンネって……ずいぶん懐かしい名前ね」
「凛音くん、リンネちゃんの生まれ変わりなんだってさ」

 さっきの礼香のこともあるので、今回はオブラートに包みながらリンネの家のことだけ聞き出そうと思っていた凛音が固まる。

「……ほうほう、ちょっと待って。そういう設定? でもダメよ! 私は女だから、あなたとは付き合えない! あなたにはもっと相応しい男がいるはず……!」
 いきなり芝居がかった口調で綾子は言い出した。
 どうしよう。家もおばさんも全然変わっていないと思ったのに、綾子だけは変わってしまったらしい。
 どう反応していいのかわからない。

「大丈夫だよ、アヤちゃん。凛音くんにはもういい感じの男がいるみたいだから」
 綾子のこのテンションに慣れているらしい類は、さらりと言い出した。
「なんですって!? 詳しく聞かせなさい!」

 三人で囲むには小さすぎるミニテーブルの前に、類と凛音は座らされることになった。
「相手は誰!? 同級生? 学校の先生!?」
 同級生はともかく、学校の先生はまずい気がする。犯罪だ。その発想はどうなんだろう。
「いや、オレのスイミングスクールの先生。本業は選手の方みたいだけど」
「やばい。かなり年上じゃない。その人、何歳なの?」
「大学生だから……えっと、アヤちゃんの元同級生っていってたし、アヤちゃんと同い年じゃないかな」
「……まさか、森倉愁じゃないわよね?」
 目に見えて、綾子のテンションが下がっていくのがわかった。

「森倉先生だよ」
 類が答えると、綾子は深いため息を吐き出した。
「ダメよあの朴念仁は。恋愛とか向いてないわ。諦めなさい」
「ぼくねんじんってなに?」
「そっか、小学生にはまだわからないか。えーと……なんだっけ?」
 自分で言い出しておいて説明が思いつかなかったのか、綾子はスマホの画面をポチポチ押して検索している。

「朴念仁……無口で愛想がない人。頑固で物の道理のわからない人……? お喋りではないけど別に無口ってほどではないわね。陽気ではないけど愛想がないってほどでもないし……あれ?」
「アヤちゃん、大学まで行ってなに勉強してるの?」
 呆れた類は、小馬鹿にした口調で言う。

「うるさいわね、小学生! ニュアンスの問題よ!」
「ニュアンスって?」
「とにかく! あいつは恋愛不適合者だから! 落とすのは困難よ! 水泳と、死んだ女の子にしか興味ないやつだから!」

「死んだ女の子って……来栖リンネ?」
「そうよ。いや、でも待って。リンネの生まれ変わりっていう設定ならアリよね!? ていうかあんたたち、どこからリンネのこと聞いて……」
「……僕の名前は黒崎凛音。来栖リンネは、前世の名前だよ。……なんて急に言い出しても、信じてもらえないよね?」
 意を決して、リンネは口を開いた。
 すると、綾子は目を丸くする。

「ほんとに……!? ていうか君、声がリンネにそっくり……!?」
 とんでもないことに気づいた、とばかりに綾子は両手で口元を覆う。
「あいつまさか、好きだった女の子と声がそっくりだっていう理由で小学生の男の子をたぶらかして……さ、最高……いや最低……! だめよ、ここは二次元の世界じゃないんだから!」
 綾子はなにやら葛藤をはじめた様子で、自分の頭を抱えこんでいる。
 いけない、このままでは礼香の時と同様、愁が変態扱いされてしまう。

「あ、アヤ……! 昔、スズメくんって名前の赤い髪の男の子が好きで、フィギュアがほしいけど高くて買えない、っていって、中古ショップのディスプレイケースにしょっちゅう張りついてたよね?  お年玉もらったら買うって言ってたけど、買えた……? あの漫画、まだ連載続いてるの……?」
 綾子に会ったことで蘇ってきた記憶をかき集めて、凛音は必死に言葉を紡いだ。
 この話は、ごく一部の友人たちしか知らない話のはずだ。

「……なんでこの子がスズメくんのこと……」
 呆然とした様子で、綾子は類の顔を見る。
 類は即座に首を横に振った。
「オレは知らねーし。アヤちゃん、そんな人形持ってたっけ?」

「……カリスマストームのスズメくんは……私が小学生だった頃に流行ってた少年漫画で……アニメ化もされグッズもたくさん出たけど……私が中学一年の時に原作が完結」
 静かに語りながら綾子は立ち上がると、押し入れをすっとあける。
「そのあと私は別の漫画にハマって、スズメくんのグッズはほとんどしまいこんでしまったわ」

 押し入れの上半分は布団で、下半分には、ダンボール箱がいくつも収納されている。
 手前のダンボールをいくつか出してから、綾子はようやく、奥にあった衣装ケースを取り出す。
 大きな衣装ケースには漫画やアニメのグッズらしきものがたくさん詰め込まれているのが、半透明のケース越しでもわかった。

 綾子は蓋を開けて、上に並んだぬいぐるみをどけてから、下の箱を取り出した。
「フィギュア、ちゃんとお年玉で買えたわよ! それもね、未開封のエクストラカラー版!」
 にっこり笑って、綾子はフィギュアの箱を見せてくれた。

「私が中古ショップを見に行きたいと言うと、他のみんなはチラッと覗いただけですぐに隣のゲーセンに行ってしまうことがほとんどだったけど、私についてきてニコニコしながら私の話をいつも聞いてくれたのは、リンネだけだった。あなたは来栖リンネね!?」
 決め台詞さながら、ビシッと凛音を指さしながら、綾子は高らかに宣言した。

「あ、アヤ~!」
 信じてくれたことが嬉しくて、凛音は思わず綾子に抱きついてしまう。

「お、おう……私、黒髪美少年に抱きつかれてる……夢!?」
「アヤちゃん、気持ち悪い顔してるぞ」

「ごめんごめん。また会えて嬉しいよ、リンネ」

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