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大切なお荷物をお届けしました

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 夜九時半。
 バイトを終えて帰宅したら、玄関の横に、大きな箱が置いてあった。

 送り状はついていない。
 ただ、ダンボール箱の上部に、油性マジックででかでかと『おきはいです』と書き込まれている。

 こんな巨大な商品を頼んだ記憶はない。
 そしてその字は、どう見ても小学生の字だ。
「…………」

 嫌な予感しかしなかったいさみは、箱に触れることなく、自宅の玄関の鍵をあけた。
 誰もいない一人暮らしの真っ暗な部屋に入ろうとした。
 その時。

「こら―――ッ!」
 箱の中から、女の子が怒りながら飛び出してきた。

 またか、と思った勇はげんなりしながら無視してドアを閉めようとする。
 しかし、完全に閉まる直前、小さな手がドアの隙間にガッと差し込まれてくる。

「おきはいだって書いてあるでしょ!」
「送り先を間違えているようなので、差出人にお戻しください」
「間違えてない! ちゃんと、武藤勇むとういさみ宛てになってるから!」

 相手は小学生の女の子だ。
 無理やりにでもドアを閉めて追い返したいところだったが、手を挟んで怪我をさせても困る。

 勇はしぶしぶ、ドアの隙間から少女の顔を見た。
「……今度はなんだよ」

 実は少女が入っていた箱は、数日前にも玄関先に置いてあった。
 その時は『すていぬです。ひろってください』と書いてあって、ついつい箱を開けたらこの少女が入っていた。
そして、うわぁ……と思いながら箱を閉めたら、『拾ってよ!』と怒鳴られたのだった。

「この匂いは……ハッ、チキン!?」
 少女は勇の質問に答える前に、勇が腕にぶら下げた袋に興味をひかれてしまったみたいだった。
 なんだろう。公園でお昼を食べていたら、餌を期待した鳩が寄ってきてしまった時の気分だ。

「……また食べてないのか?」
「ううん、食べた。五時ぐらいにおにぎり一個。でもおなかすいた」
 育ち盛りにおにぎり一個は少なすぎる。
 この少女は確か小学三年生だったはずだが、勇が同じぐらいの年頃だった頃は、夕飯の時に一合分ぐらいの米と、大量のおかずをもりもり食べていた記憶がある。

「……お母さんはいないのか?」
「うん。今日は夜勤だから、夕方ぐらいに仕事に行った」
 あっけらかんと答えた少女に、はぁ、と勇はため息をついた。

「……売れ残りの惣菜、山ほどもらってきたんだ。少し、食べてくか?」
 仕方なしに声をかけると、少女はぱぁっと目を輝かせた。

「うん!」
「食べたらすぐに帰れよ」
「わかってるって!」
「それから、そのダンボールはあとで片付けとけ」
「……はぁい」
 最後だけ若干不満そうに答えながら、少女は家の中に入ってきた。

 少女の名前は小石歩こいしあゆみ
 隣の部屋に住む小学生だ。
 父親は数年前に事故死。母親は看護師をしているが、なにか事情があって金に余裕がないらしく、このボロアパートで娘と二人暮らしをしている。
 ただのお隣さんである勇が知っている情報は、これくらいだ。

 夜に一人でアパートの外廊下に立ってぼんやりと近くの車道を眺めている小学生が気になって、ついつい声をかけてしまったのが運の尽きだった。
 勇はそれから、この小学生にやたら懐かれるようになった。

 大学生の勇のバイト先は駅ビルのデパートに入っている惣菜売り場だ。
 売れ残った食品は基本的に処分しなければいけない決まりだが、今はSDGsだかで食品ロスにうるさい時代だ。
 従業員限定で、閉店までに残った商品に関しては、たとえ推定一万円以上の量であっても、百円を払えば好きなだけ持って帰っていい、という謎のルールがうちの店にはあった。

 勇はもともと食いしん坊で、食べ物を捨てるのが嫌いな性分だった。
 他に誰も持って帰らないなら、とよく大量の惣菜を抱えて帰ってきていた。

「あれ? 今日はあのエビのタルタルサラダはないの?」
 こたつテーブルの上いっぱいに並べた惣菜を見て、歩が声をあげる。
「ねーよ。あれ、人気商品だぞ。こないだはたまたま作りすぎたってだけで、いつもは七時ぐらいには売り切れる」
「えー! あれ好きだから買ってきてよぉ」
「やだよ。あれ、100グラム三百円もするんだぞ? 貧乏大学生がおいそれと定価で買えるものじゃない」

 ずうずうしい小学生だ。
 それでいて不思議と憎めないのは、歩があまりにも美味しそうに、幸せそうな顔で食べるからだ。

「チキン、おいしいね」
 母親が肉嫌いらしく、家ではあまり肉を食べないらしい少女の体はずいぶんと華奢だ。

 彼女はネグレクトされているのでは? と心配になった勇は、実は一度、児童相談所に通報している。
 しかし、職員が様子を見に来た結果、『今のところ深刻な問題はなさそうですね』ということで現状維持となっている。

 部外者の勇には詳細までは明かされなかったが、その理由はおそらく、歩の明るい性格のせいではないかと思う。

 彼女はいつだって喜怒哀楽がハッキリしていて、のびのびとしている。
 体は細いけど、栄養失調というほどではない。
 怪我をしたところも見たことがない。
 確かに、客観的に見ても虐待されている子供には見えなかった。
 母親は仕事柄、夜勤が多いようだが毎日家にちゃんと帰ってきているし、食事を用意できない時はスーパーやコンビニに自分で買いに行くよう言いつけて、少ないながらもお金を渡してはいるらしい。

 机の上のものがある程度減ると、歩は「も、もう食べられない……と呟いてコタツの中にもぐり始めた。
「おい、そこで寝るなよ」
 炭酸ジュースを飲みながら勇は声をかけた。

「私、勇んちの子になりたいなぁ……コタツ最高だし」
 わりと本気めのトーンで言われて、勇の口元がひきつる。
「コタツぐらい、どこの家にでもあるもんだろ」
「うちの家にはない」
「大丈夫だ。コタツ布団とセットで、5980円あれば買える。もう少しで季節商品は安くなるから、運がよければ3980円ぐらいで買えるかもしれない」

「勇。おっさんみたいな見た目してるくせに、主婦みたいなこと言うよね」
「おっさんとかいうな。まだ十九歳だぞ」
「十九歳っておっさんじゃないの?」
 きょとんとしながら言われてしまった。
 そりゃあ、小学生からしたらおっさんかもしれない。
 しかし、これでも傷ついたりするのだ。

 重くなった空気を察したのか、歩は勢いよく起き上がってきた。
「大丈夫だよ勇! 三十になっても売れ残ってたら、私が百円で引き取ってあげるね!」
「うるさい。俺はお惣菜じゃない」


 さんざんのんびりした末に、小学生は十一時近くになってようやく自宅に戻っていった。

「……またね」
 いつも明るくてやかましい少女が、帰り際にだけ、寂しげな表情を見せる。
 この時間が、勇があまり好きではなかった。
「……おう」

 玄関の脇に置かれた箱を、少女は引きずるようにして自宅に持ち帰っていった。
 その後ろ姿を見送りながら、勇はふと、あることを思いつく。

「その箱、おまえんちの前に置いとけよ。今度また残りの惣菜もらってきたら、その箱に入れといてやるから」
「……宅配サービス?」
「まぁ、そんなようなものだ。金は……おまえが大人になった時にジュースでも奢ってくれたら、それでいいよ」

 へへ、と少女は目元を赤くしながら、くすぐったそうに笑った。

「今度はお寿司がいいな!」
「うちの店では扱ってねーよ!」


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