そよ風に香る

あのにめっと

文字の大きさ
上 下
10 / 22
本編

10

しおりを挟む
 しばらくして、ようやく希が落ち着いて顔を上げると、霞は俯いて視線を合わせようとしなかった。
「ごめんなさいっ、僕はあなたにひどいことを…っ」
 希は頭の中で言いたいことを整理しようとした。それから、さらに一呼吸置いて言った。
「お前は他の男とは違う、とか、それはまだ分からないけど、」
 ダメだ、言おうとすると考えがまとまらない。
「『こいつは俺の望むセックスをしてくれるだろうな』じゃなくて、『こいつはどんなセックスをするんだろう』って思ったのは、お前が初めてなんだ」
「…はは、どういう口説き文句ですか…」
 霞は力なく笑った。いや、笑っているような声を出しただけで、本当に笑ってはいなかった。自分でも最悪な言葉だとは思ったが、それしか言えない自分が情けない。

 しかし、続く霞の言葉にそれどころではなくなった。
「…僕は、あなたの思ってるような人間じゃないんですよ……如月きさらぎ のぞみさん」
 希は息を飲んだ。なぜ。名乗ったつもりはなかったのに。
「簡単なことですよ。何回目かのプレイで、希さんがスペースに入っている時に聞き出したんです。住所も、氏名も、年齢も、大学の名前だって。僕と同じ大学でびっくりしました」
 今度こそ言葉を失った。だって、それは犯罪だ。そんなことを、霞が。
「僕は綺麗な人間じゃないです…希さんに会うまでαの執着って恐ろしいなって他人事のように思ってましたけど、僕もαだったんですね。こんなプレイを何度も繰り返していたら、意識しないはずがないでしょう?パートナーだけじゃなくてあなたを僕のΩにしたい。あなたの首筋に食らいついて、一生僕に縛り付けて離したくない。でもあなたは『あの・・』如月家じゃないですか。しかも『それなりにランクが高い』どころじゃない、最高ランクのSubじゃないですか。どうしてあんな安いバーに来てたんですか?僕とも遊びだったんですか?僕のグレアなんて、そよ風にもならない。あなたを満足させられるわけないじゃないですか、僕だけとか言って……多分あなたと寝たら、一度じゃ足りなくなる。絶対にあなたを手離せなくなる。あなたは軽い気持ちで言ったのかもしれませんけど、『1回だけ』なんて無理です」
 涙を静かに流しながら、ぽつりぽつりと霞が話す。恐ろしいはずなのに、なぜか恐怖を微塵も感じられなかった。

「…違うんだ」
「何が違うんですか!!」
「Red。俺の話を聞いて」
 ここでセーフワードを言うことになるとは思わなかった。グレアを止めるセーフワードは、少なからずDomを沈静化させる作用もある。霞はぐっと押し黙り、希の言葉を待った。希は正座になり、太ももの上で拳を握りしめた。
「ごめん、黙って聞いて。今まで名乗らなかったのは悪かった。如月 希は俺の名前だし、Subとしてかなりランクが高いのも事実だ。でも、それを言わなかったのは怖かったからだ。俺は確かに高ランクのSubだけど、コマンドを拒否できるってだけだ。でもそんなこと言いたくなかった。『如月家』の人間が、グレアに耐えられないなんて、誰が認めても俺が許せない。親にも、まだ言えてない。最初はお見合いで何人かαDomと会って、プレイした時、ダメだと感じた。その時1回落ちたドロップした
 息を飲む音が聞こえた。だが、霞は希を遮らなかった。
「だから、プレイバーに行ったんだ。縁談で連れてこられるような高ランクのDomだからいけないのかもしれない。普通のDomなら、耐えられるかもって。でもやっぱりダメだった。最初にお前に近づいたのは、確かにただの打算と好奇心だったのかもしれない。でも、プレイしてお前しかいないと思ったのは本心だ。あのグレアじゃないとダメだってのはそうだけど、それだけじゃない。お前と話してると楽しかったし、お前じゃないとダメだってあの時確かに思ったんだ。あれからプレイは誰ともしてない。俺のDomはお前しかいないから。…ただ、怒らないで聞いてほしいんだけど、他の男とセックスするのはあの後も続けてた。でも、お前の言葉を聞いて、決心がついた」

 もう一度、息を吸う。
「やっぱり俺と契約しよう、それで俺と番になろう、井浦 霞。今までの男とは全部縁を切る。俺がお前のΩSubになるから、お前が俺のαDomになって」
「…僕の話聞いてました?僕はあなたに釣り合いませんし、ここら辺にはいませんけど、僕以外にもグレアの弱いαDomなんてこの国を探したら何人かいるでしょう。別に僕じゃなくたって…」
「何度もプレイして情が移ったのはお前だけだと思ってる?」
「ただの気の迷いでしょう。しばらくすれば、あなたは僕に飽きるに決まっている。そうなったら、僕には耐えられない。その前に、」
 駄目だ。何を言っても効果がない。それまでの自分の態度が悪かったからなのは分かりきっている。だからこそ、言いたくないことを言うしかなかった。

「むしろ俺がお前を逃がさない。お前が何を言って逃げようとしても、俺もお前の身元を知っている。如月家の情報網から、逃れられると思うな」
 霞がゆっくりと希を見上げる。
「…たかが無能のαDomに、そこまでするんですか?」
「そこまでする。俺はもう二度と間違えない。お前を繋ぎ止めるためなら、なんだってする」
「脅しじゃないですか、もう…」
 霞は大きくため息をついた。
「……結局、ダメだと思ったのに関係を切れなかった僕の負けです。いいですよ、それで」
 半ば諦めたような声だった。
「そうじゃない。勝ち負けなんて存在しないんだ。今度発情期ヒートが来たら番になって、それで俺の首輪Collarを決めよう。一生俺を離さないで」
「…本当に、いいんですか?」
「俺が、そうしたいんだ」
「…わかりました。あなたはもう僕のΩ、僕のSubです。僕にここまで言わせたからには、あなたを他の男には奪わせない」
 霞は希のΩのチョーカーを指でなぞった。まるでそこに、仮の首輪Collarをはめるように。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

共の蓮にて酔い咲う

あのにめっと
BL
神原 蓮華はΩSub向けDom派遣サービス会社の社員である。彼はある日同じ職場の後輩のαSubである新家 縁也がドロップしかける現場に居合わせる。他にDomがいなかったため神原が対応するが、彼はとある事件がきっかけでαSubに対して苦手意識を持っており…。 トラウマ持ちのΩDomとその同僚のαSub ※リバです。 ※オメガバースとDom/Subユニバースの設定を独自に融合させております。今作はそれぞれの世界観の予備知識がないと理解しづらいと思われます。ちなみに拙作「そよ風に香る」と同じ世界観ですが、共通の登場人物はいません。 ※詳細な性的描写が入る場面はタイトルに「※」を付けています。 ※他サイトでも完結済

鬼ごっこ

ハタセ
BL
年下からのイジメにより精神が摩耗していく年上平凡受けと そんな平凡を歪んだ愛情で追いかける年下攻めのお話です。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

アルファとアルファの結婚準備

金剛@キット
BL
名家、鳥羽家の分家出身のアルファ十和(トワ)は、憧れのアルファ鳥羽家当主の冬騎(トウキ)に命令され… 十和は豊富な経験をいかし、結婚まじかの冬騎の息子、榛那(ハルナ)に男性オメガの抱き方を指導する。  😏ユルユル設定のオメガバースです。 

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

はじまりの恋

葉月めいこ
BL
生徒×教師/僕らの出逢いはきっと必然だった。 あの日くれた好きという言葉 それがすべてのはじまりだった 好きになるのに理由も時間もいらない 僕たちのはじまりとそれから 高校教師の西岡佐樹は 生徒の藤堂優哉に告白をされる。 突然のことに驚き戸惑う佐樹だが 藤堂の真っ直ぐな想いに 少しずつ心を動かされていく。 どうしてこんなに 彼のことが気になるのだろう。 いままでになかった想いが胸に広がる。 これは二人の出会いと日常 それからを描く純愛ストーリー 優しさばかりではない、切なく苦しい困難がたくさん待ち受けています。 二人は二人の選んだ道を信じて前に進んでいく。 ※作中にて視点変更されるシーンが多々あります。 ※素敵な表紙、挿絵イラストは朔羽ゆきさんに描いていただきました。 ※挿絵「想い03」「邂逅10」「邂逅12」「夏日13」「夏日48」「別離01」「別離34」「始まり06」

処理中です...