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58.そういう店のお姉さん

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 あたしは、とある店を仕切っている。
 まぁ、仕切ってるといっても成り行きでそうなったのだけれど。

 この街には、そういう店が集まっている地区がある。
 身寄りが無く行き場のない子や、親に売られた子。借金をしてその返済の為に働く子、自ら進んで働きに来る子。
 本当に色々な子が居る。
 色恋の揉め事や金の揉め事、そんなことは日常茶飯事。

 だからこそ、後ろ盾が必要なのさ。

 とわ言え、荒事を担当するんだ。品行方正な輩が後ろ盾になるなんてことは無い。
 それに奴らは、あたしらを下に見てくるのさ。
 殴れば、言うことを聞くと思っている。
 特に借金している子は悲惨だね。
 いくら働いても借金は減らない、逃げようものなら見せしめに、首が店に投げ込まれる。

 街の憲兵ですら奴らを捕まえられない。
 客の憲兵に聞いた話だと、やり方が上手く証拠がなかなか掴めないそうだ。
 殺しをしても孤児を使い罪を着せる。
 その孤児ですら魔法で洗脳し、本当に自分がやったと思い込まされているからタチが悪い。

 憲兵の上の方の何人かと、繋がりがあるのも原因の一つだね。

 そんなあたし達に、1年前転機が訪れた。

 奴らが、ある女に手を出した。

 血濡れの魔女が、この街に拠点を置いたと云う。

 100年前に居たという、勇者の仲間。
 その生まれ変わりだという女がこの街にやって来たと、店の子達が噂していた。

 奴らは調子に乗っていたんだろうね。
 冒険者崩れの奴が何人も居たから、力で押さえつけられると思ったんだろうね。

 結果から言えば、奴らは一日で皆殺しにされた。

 結果的に、あたしらは奴らから解放された。それと同時に後ろ盾を失った。

 魔女はある男を連れてきた。
 その男は奴らとは違う、組織のボスだった。
 直ぐに、それぞれの店の代表が集められた。

 魔女が告げる。

「今後はこの人が、ここら一帯仕切るから。
 前の奴らみたいに酷いことされたりしたら、冒険者ギルドに私宛の依頼出してね。
 また、皆殺しにしてあげるから」

 冷たくそう言う彼女の横の男は、青い顔をしていた。

 それだけ告げて魔女は帰ろうとしたが、足を止め、それから思い出したように。

「そうそう。
 時々様子は見に来てあげるから」

 そう告げた後、魔女は帰って行った。


 それからはあっという間だった。

 新しく後ろ盾なってくれた連中は、魔女に脅えていて少し気の毒だけれど、あたしらに良くしてくれる様になった。
 表立った諍いも少なくなったね。新しい後ろ盾が頑張ってくれてるみたいね。
 ここら一帯は魔女の支配下にある。そんな噂が流れているのも、原因の1つみたいね。

 あたしに関しては、店の代表が突然引退を宣言し、その後無理矢引き継がされた。逃げやがったのさ――。
 まぁいいけどね、いずれはあたしに跡を継げと言っていたし。それが早まっただけさね。

 それから1年と少しが経ち。
 魔女が店の代表を集める様に指示したという。
 今までそんなことは無かったから皆、恐怖に震えていた。
 時々見に来る事があっても、ただ歩いて通り過ぎるだけだったのだから。

 代表が全員揃うと、魔女が口を開く。

「今日から、黒髪の客は取らないでね?」

 微笑みを絶やさずに告げる、その言葉の意味がよく分からなかったね。
 なぜ黒髪?とその場の全員が思っていた。

 魔女は言いたい事だけ言うと、理由も告げずにさっさと帰って行った。

 その後、あたしらは話し合った。
 魔女の意図がなんなのか、なぜ黒髪の客だけなのか。中には魔女が、黒髪の男に酷いことされたんじゃないかと言う者も居た。そんな事すればその男の命は無いので、それは無いと。
 あたしもそう思う。

 どちらにしろ、魔女が直接あたしらに指示してくる事なんて、今まで無かったから全員困惑したね。

 結論なんて決まっていた、素直に支持に従う。
 あたしらも自分の命が大切だからね。


 その指示が来てから3日してからだね。
 常連のマルコが、後輩だと云う黒髪の坊やを連れてきたのは。

 まさか――この子の事じゃないたろうね?
 見た目は普通の坊やだけれど――。魔女の指示を無視する方が恐ろしい。

 黒髪は出禁だと告げ、帰って貰った。
 ――悪い事をしたね。
 今度会ったら、茶の1杯でもご馳走してあげよう、そう思っていた。

 まさか仕事終わりに、会うとは思わなかったけどね。
 折角だし仕事終わりの日課にでも付き合ってもらおうかね。そう思い声を掛けた。



 坊やに声を掛け、馴染みの店でお茶を御馳走していた。
 話してみると意外と、可愛げのある子じゃないか。
 あたしが個人的に、相手をしてあげる分には魔女も何も言ってわこないだろうさ。

 店の入り口に目がいく。

 朝の陽ざしを反射する様に、薄桃色の髪をした女が店に入って来た。

 な——んでここに。
 心臓がドキリと跳ね上がり、息が詰まる。

 血濡れの魔女、アナスタシア=ベールイが近づいてきた。

 まさか、黒髪の男をとるなと云う言い付けを破ったと判断されたか——。
 頭の中で言い訳が、浮かんでは消えていく。
 あたしが口を開こうとしたその時、先に魔女が口を開いた。

「こんなところで何してるの?
 ソラ」

 ——ソラ?あたしの名前はそんなんじゃない。そう思っていると。

 目の前の坊やが、魔女に気軽に声を掛けていた。
 頭に?マークが浮かび上がる。
 2人の会話を聞いてると、どうやら顔見知りの様だし、魔女がこんなに長く喋ってるのを初めて見た。

「ふーん?
 ——本当は?」

 その一言で場の空気が変わった。
 坊やも明らかに動揺している。

 坊やが言い訳を初めた。
 そして、あたしにも同意を求めて来た。
 いきなり話を振られたもんだから、あたしも焦りながら答える。

「え、あ、ああ、そうだね。
 その時は帰ってもらったね。
 これもその時の詫びのつもりであって、やましい事はないよ」

 ちゃんと魔女との約束を、守っていることをアピールした。
 その後の魔女の行動は予想外だった。
 笑いながら、坊やの頬に手をやった。
 首をねじ切るのかと思ったが違ったね。

 自身の胸に坊やの頭を持っていき、愛おしい物を愛でる様に、優しく撫でていた。

 ——ああ。魔女のこの様子には見覚えがある。

 坊やに恋をしているんだね。

 頭を撫で終わった魔女は、坊やに帰る様促した。

「はい!帰ります!
 あ、お姉さん俺はこれで失礼します!」

 男は単純なものだね。軽く手を振り別れの挨拶とした。

 ・・・。

 ・・・・・・。

 ——魔女が帰らない。
 え?坊やの後を追うんじゃないのかい?何でまだここに?
 手に持つカップが震える。

 魔女が口を開く。

「この前——。
 黒髪の客は取らない様にって言ったよね?」

 心臓が口から飛び出そうなほど跳ね上がる。

「え、あ、は、はい——」

 冷汗が止まらない。奥の歯がガチガチと震え出した。

「あれ。
 もう解除していいから、他の人にも伝えておいてね?」

「え、ああ、わかっわかりました」

「あれから少し考えたんだけどね。
 ソラもやっぱり男の子なんだから、少し気分転換する位は許してあげようかなって。
 ああ、もちろんそうならない様に、努力はするつもりよ?」

 魔女が自分の考えを聞かせて来た。早くこの場を去りたい——。

「だからね——」

 不意に魔女が近づき、体を傾けあたしの顔を覗き込む。

 先程の微笑は消え。

 顔からは感情というものが消え失せていた。

 それが本来の魔女の姿であるかの様に。

 感情の無い、ガラス玉の様な瞳と視線が合う。


「本気になられたら困るの——」

「そんな奴にまで」

「私は優しく振舞う気はないの」


 時間が凍り付いた様に感じた。

 その時気づいた、自分の吐く息が白くなっている事に。
 寒い——。冬はまだ先なのに。
 ガタガタを体が震え出した。

 不意に魔女が覗き込むのをやめ、微笑みをその顔に張り付け直し告げる。

「誰に注意したらいいか、これでわかったでしょう?
 さっきも言ったけど、ソラが自分の意思で貴方達のお店に行くのは許してあげる。
 でも——その時は、ちゃんと私に報告してね?」

「じゃあ、私は行くね」

 そう言い、魔女は店の外へと向かって行った。

 魔女の姿が見えなくなると、盛大に息を吐く、心臓が痛いほど動いていた。

 しくじったね。
 あの坊や、とんでもない地雷だったとは——。
 まさか、あんな坊やが魔女を射止めていたなんて——。
 一体何者なんだいあの子は——。

 喉を潤す為に、手に持つカップを口に運ぶ。

 「ん?」

 その時初めて気づいた、カップの中身は凍りついていた。

「ハハハ」

 変な笑いが口から零れ、自分自身が氷漬けにならなくて良かったと素直に思った。

 帰ったら全員を集めて、この事を伝えなきゃね——。

 ——あたしも早めに引退した方がいいのかもねぇ。

 そんな事を思いながら、凍り付いたカップの中身が解けるのを静かに待った——。
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