隠された第四皇女

山田ランチ

文字の大きさ
上 下
30 / 32

4 ギルベアト帝国へ

しおりを挟む
「雨は上がったみたいですね。森全体から雨上がりの匂いがします」
「確かに独特な匂いですが、私は好きな方かもしれません」

 雨が止み、夜明けにテントを出てみるとすでに野営地は撤去が始まっていた。リヒターは荷物を纏めていた手を止めると、丁度纏め終わった荷物を差し出してきた。
女でも持てるくらいの大きさと重み。とっさに手を出しはしたものの、リナは不安になった。

「これは?」
「数日分の食料と男性用ですが着替えが入っています」

 確かに斜面を滑り落ちた時に荷物も失ってしまっていた。正直ここまでしてもらう義理はない。無愛想だが、だからこそ裏表のない印象があった。

「ありがとうございます、何から何まで」
「主のご命令なのでお気になさらないで下さい」
「あの方は今どちらに?」
「主からの伝言です。これは今回見逃してくれた事へのお礼だそうです」
「……え?」

 リヒターはそれ以上話す気はないようだった。正体を気づかれていたのはこちらの方だったのだ。ローザがテントから出され、木の幹に座らされる。テントはあっという間に片付けられ、男達の行き交う中、金色の瞳をした男を見つけた。人々の隙間から目が合う。しかしその瞬間、一人の部下らしき者が男に耳打ちをした。

「賊を発見したぞ! これから下山し、西にある洞窟に向かう!」

 声と共に男達の足取りが早くなっていく。金色の瞳の男に続いてリヒターと男達も下山し始めると、周囲はあっという間に静かになっていった。

「今の内に私達はギルベアト帝国に向かいましょう。リナ様?」

 リナはどうしてだか、金色の瞳を持った男から目が離せなかった。

「後を追いましょう。あの人達は賊だと言ったわ。エミル王国で起きている事を他国の者達に任せる訳にはいかないもの」
「それならば一旦近くの町に戻ってアルヴァ様に手紙を出しましょう」
「ローザはそうして。私は後を追うわ。そうしろと魂が告げている気がするの」
「酷い事を仰るのですね。私はどこまでもリナ様と共にあると告げていたではありませんか。ですから、そんな事は二度と仰らないで下さい」

 リナは何も言わずにローザを抱き締めた。




 男達の足に追いつける訳はなく、とっくに姿は見失っていた。それでも聞こえた西にある洞窟という言葉。目的地は分かっている。それでも間に合うのか不安になりながら、リヒターに貰った袋の中に入っていた水袋から水を飲んだ。雨のせいで川の水は濁っており、とても飲水には出来ない。それを思うとこの荷を貰った事で本当に助かったのだった。
 西の洞窟はある意味有名な場所だった。ギルベアト帝国との国境付近にあるその洞窟は、昔は神殿だったと言われている場所。エミル王国の首都が今よりももっと南に位置していた時代の遺跡で、その神殿からは色々な歴史的価値のある物が発掘されたと聞いた事があった。今の王城の神殿に祀られている女神像も、本来はここに祀られていた像を運び出したと幼い頃に聞かされ、あんなに巨大な物を移動させた先人達の技術に驚いたのを覚えている。
 恐らく賊達は今はもう朽ちかけている洞窟を拠点にしているのかもしれない。だとすればエミル王国の王族として見逃す事は出来なかった。

「神聖な遺跡に賊が集まっているなど考えただけでも許せません」
「あの人達はなぜわざわざ国境を密かに超えてまで、賊を追いかけて来たのかしら」
「もしかしたらあの賊達は二国を行き来しているのかもしれません。エミル王国にさえ戻れば向こうは手が出せないとでも思っているのかもしれませんね」
「でもそんな事をしたらギルベアト帝国へ進軍を許す事になりかねないわ。やっぱりこのままには出来ないわね」

 そう言いながら半日以上ただひたすらに歩き続け、とうとう陽も暮れ出した頃、突如響いた悲鳴にリナとローザは視線を合わせると一気に走り出した。

小さな林を抜けて見えてきたのは、廃墟のような神殿。その中から悲鳴が聞こえてきている。すでに入り口には数人が倒れており、地面に落ちた松明からは燻った煙が出ているのが見て取れた。

「あの人達が賊を制圧したのかしら」

 しかし物陰から近づいていくと、倒れていたのは助けてくれた男達だと分かった時には全身から血の気が引いていくのが分かった。あの者達はギルベアト帝国のおそらく密偵。もしその者達が戻らなければもっと大きな隊が来るかもしれない。それに中にいる賊達はギルベアト帝国の軍人をも倒せる程の力を持っているという事になってしまう。リナは茂みからそっと倒れている者に近付き、声を掛けた。

「中はどうなっているの? 誰にやられたの?」
「うっ、うぅ……」

 まだ息はしているが朦朧としているのか呻くだけで返事がない。リナは男の手から剣を抜き取ると、洞窟の入り口に近づいた。ローザも同じく倒れている者から剣を拝借し、後に続いてくる。中からは悲鳴が響いており、無意識に足を竦ませてくる。その時、突然目の間を横切るように何かが走り抜けた。出てきたのは見知らぬ男達。おそらくは賊であろうその者達は恐れるように後ろを振り返っている。しかし何も出ては来ない。洞窟の中から声はまだ聞こえている。リナは重たい剣を持ち直すと、洞窟の中を覗き込んだ。

「引け! 倒そうと思うな! 引き離しながら洞窟から出ろ!」

 聞き覚えのある声に中へ足を踏み入れると、洞窟の中の広い空間には見た事もない大きさの女が金色の瞳の男達を襲っているようだった。女の姿は天井に付きそうな程。そし服は着ていなく、地面には破れた布が落ちていた。

「何なのこれは」

 とっさにローザが庇うように前に出てくる。リナはローザの腕を掴んで後ろに下がらせた。

「ノア!」

 目の前にフワフワと飛ぶ光の鳥が現れる。そしてノアが現れた瞬間、叫び声を上げながら長い手で周囲を叩いていた女の姿が止まった。手にはいつの間にかリヒターを捕まえている。リヒターも女の視線を追ってこちらに気がついたのか、顔を歪ませながら驚いているように見えた。

「ノア、お願い」

“いいけど、あれは燃え尽きない限り止まらないだろうな” 

「あれが何か分かるの?」

“分かっているくせに”

 ノアは挑発するように頭上を旋回している。女の血走った瞳がその動きに合わせてグルグルと回り始める。

「魔女の石? なんなのそれは」

 突然脳裏に過ぎった言葉を口にすると満足したようにノアが羽ばたいた。

“あいつらが悪いのさ”

 視線を僅かに下げると、地面には転がった酒瓶や物陰に隠れて見えなかったが、他にも女達が倒れている。服は破れ、微動だにしない。リナは剣を握り締めると視線を大きな女に戻した。

「攫った女達の中に魔女がいたのね」

“助ける意味ある?”

 ノアの声は拍子抜けする程に緩んでいる。それでもここにはもう賊らしき者達はいないか、すでに制裁を受けているように見えた。今捕まっているのはローザを助けてくれたギルベアト帝国の軍人達。リナは小さく頷くとノアに声を掛けた。

「お願い」

“いいよ”

 ノアは女の視線まで高く飛ぶと、翻弄するように周囲を周り、女は尻もちを着くように後ろに倒れた。リヒターは掴まれていた手から這い出すと、倒れた女の胸に剣を突き刺した。悲鳴は上がったが剣は半分程しか入っていない。女が暴れてリヒターが弾き飛ばされる。その瞬間、突き刺さった剣の柄を更に押し込むように、上から金色の瞳の男が剣を突き刺した。女は断末魔を上げ一瞬大きく身体を震わせてから、もう二度と動く事はなかった。
 息を荒げたまま金色の瞳の男が近づいてくる。リナとローザは手を繋いだ。

「まずは礼を言おう。お前達のおかげで助かった」
「礼を言うのはこちらの方です。わざわざ他国から賊の討伐に来てくれた事を感謝します」
「……フッ、もう隠す事もないか」
「そちらもご存知のようでしたのでお互い様ですね」

 リナがそう言って笑うと、金色の瞳が僅かに細まった。

「それで、わざわざ俺達を追いかけてきたという訳だな」
「取引をしましょう」
「取引だと?」
「私は今あなた方の命を助けました。ですから一つ願い事を叶えて欲しいのです」
「俺達が先に助けてやったんだから、これで貸し借りなしだと思うがな」

 リナが押し黙ると、金色の瞳が綻んだ。

「言うだけ言ってみろ。叶えるかは聞いてからだ」
「私達をギルベアト帝国の首都に連れて行って欲しいのです」
「帝国に? それはまた何故?」
「どうしても会いたい者がいます」
「帝国は広いぞ。帝都に入ったからといって探している者が見つかる確率は低いだろう」
「それは問題ありません。きっと行けば噂くらいは聞くでしょうから」

 その時、金色の瞳に鋭さが加わった。

「まさか不穏な事をしようとしているんじゃないだろうな」
「そんなんじゃありません! 私はただ皇族の方にお会いしたいのです」

 すると金色の瞳の男ほ試すような目で見返してきた。

「俺はルシャード・ツーファール。ギルベアト帝国の第一皇子だ。これでお前の願いは叶ってしまったか。あえて帝都に行く必要はなくなったって訳だ」
「あなたが王族だという証拠はありますか?」

 するとルシャードは前髪を上げて瞳を見開いた。

「この瞳だ。これが王族の証よ」

 吸い込まれそうな瞳。あの時視た瞳はこの色だった。でもこの人かは分からない。記憶にあるのはこの金色の瞳だけなのだ。

――真の統治者。あなたがそうなるべき者なのか。それともまた別の金色の瞳を持つ者なのか。きっと今は分からないのでしょう。

「分りました。私はリナ・エミル。エミル王国の王女で魔女です。あなたと共に帝都に行かせてください。私はすでにエミル王国を捨てて来ました。もう行く所がないのです」
「魔女か。否定したい所だが今さっきこれを見たばかりだしな。帝国で魔女は生きづらいぞ」
「あなたのそばでもですか?」

 少しの沈黙の後、ルシャードは吹き出すように笑った。

「まさか俺の女にでもなるつもりか?」
「あなたでなくても構いません。同じような金色の瞳を持つ者がいるのなら」

 するとルシャードは小さく息を吐いた。

「ならば俺の所に来い。言っておくが俺にはすでに妻がいる。子供もいる。エミル王国という身分を隠すのなら生きにくいのは後宮でも同じ事だぞ」
「構いません。私にはやるべき事があるのです」

 ルシャードは呆れたように小さく笑うと、肩をぶつけて通り過ぎて行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

勇者パーティを追放された聖女ですが、やっと解放されてむしろ感謝します。なのにパーティの人たちが続々と私に助けを求めてくる件。

八木愛里
ファンタジー
聖女のロザリーは戦闘中でも回復魔法が使用できるが、勇者が見目麗しいソニアを新しい聖女として迎え入れた。ソニアからの入れ知恵で、勇者パーティから『役立たず』と侮辱されて、ついに追放されてしまう。 パーティの人間関係に疲れたロザリーは、ソロ冒険者になることを決意。 攻撃魔法の魔道具を求めて魔道具屋に行ったら、店主から才能を認められる。 ロザリーの実力を知らず愚かにも追放した勇者一行は、これまで攻略できたはずの中級のダンジョンでさえ失敗を繰り返し、仲間割れし破滅へ向かっていく。 一方ロザリーは上級の魔物討伐に成功したり、大魔法使いさまと協力して王女を襲ってきた魔獣を倒したり、国の英雄と呼ばれる存在になっていく。 これは真の実力者であるロザリーが、ソロ冒険者としての地位を確立していきながら、残念ながら追いかけてきた魔法使いや女剣士を「虫が良すぎるわ!」と追っ払い、入り浸っている魔道具屋の店主が実は憧れの大魔法使いさまだが、どうしても本人が気づかない話。 ※11話以降から勇者パーティの没落シーンがあります。 ※40話に鬱展開あり。苦手な方は読み飛ばし推奨します。 ※表紙はAIイラストを使用。

モブで可哀相? いえ、幸せです!

みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。 “あんたはモブで可哀相”。 お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?

ある横柄な上官を持った直属下士官の上官並びにその妻観察日記

karon
ファンタジー
色男で女性関係にだらしのない政略結婚なら最悪パターンといわれる上官が電撃結婚。それも十六歳の少女と。下士官ジャックはふとしたことからその少女と知り合い、思いもかけない顔を見る。そして徐々にトラブルの深みにはまっていくが気がついた時には遅かった。

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

夫婦で異世界に召喚されました。夫とすぐに離婚して、私は人生をやり直します

もぐすけ
ファンタジー
 私はサトウエリカ。中学生の息子を持つアラフォーママだ。  子育てがひと段落ついて、結婚生活に嫌気がさしていたところ、夫婦揃って異世界に召喚されてしまった。  私はすぐに夫と離婚し、異世界で第二の人生を楽しむことにした。  

家族はチート級、私は加護持ち末っ子です!

咲良
ファンタジー
前世の記憶を持っているこの国のお姫様、アクアマリン。 家族はチート級に強いのに… 私は魔力ゼロ!?  今年で五歳。能力鑑定の日が来た。期待もせずに鑑定用の水晶に触れて見ると、神の愛し子+神の加護!?  優しい優しい家族は褒めてくれて… 国民も喜んでくれて… なんだかんだで楽しい生活を過ごしてます! もふもふなお友達と溺愛チート家族の日常?物語

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。

そゆ
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

処理中です...