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9 男対男
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「全くそんな暗い顔をしているくらいなら部屋を出ていけ。人数もこんなにいらないぞ」
「しかし他国の方々が城に滞在している今、陛下の警備を手薄にする訳には参りません」
女王の私室は広い。その各扉と窓に配備された騎士の数は七名。そして近くにはジュールが付き従っていた。
「いらないと言っているだろ!」
「アレッサ団長のご指示ですのでどうかご容赦下さい」
「いいや、出るんだ。アレッサには私から言おう」
「それでは少しでも異変があれば必ずお知らせ下さい」
結局ジュールも部屋を出されてしまい、巡回の為に回廊を歩き始める。進んでいくと、見えてきた姿にどきりとして足が止まった。アレシュ王子はこちらに気がついていないように従者と話をしているようだった。ジュールはとっさに中庭に出て物陰に隠れた。こちらに近付いてくるにつれ、アレシュ達の声ははっきりと聞こえてきた。
「……少し時間がかかりそうだな」
「以外と真面目なようだな、サンドラ王女は。しかし丁度よく王家熱を発症してくれていて助かった」
「そうですね。こちらとしても順調に事が進んで喜ばしい限りです。あの者はいかが致しましょう?」
「事が済んだらグランテーレに移住したいと言っていたが、適当に処罰しておけ」
静かな廊下で話す内容ではないと思えたが、二人は誰もいないと油断しきっているようだった。
「さっそく国王陛下に知らせを出しておけ。テーレフォルミ王国は確実に属国になるとな。そうなったら、グランテーレの国王はこの僕だ」
「しかしあの女王は本当に王位をサンドラ様に譲られるでしょうか?」
「サンドラ王女が身籠れば確実に女王になる。あとは強制的にでも退いてもらえばいい」
「それではアレシュ王子はしばらくの間は王女に掛りきりになりますね」
「今夜も呼ばれるように仕向けるか。確実に孕ませなくてはな」
ジュールはそっと移動して回廊に戻ると、後ろから声を掛けた。
「アレシュ王子!」
誰もいないと思っていた背後から声を掛けられたアレシュは薄っぺらい笑みを貼り付けるのを忘れ、真顔で突如現れた者を凝視した。従者がとっさに前に出る。しかしジュールはそっと手に持っていたハンカチを前に差し出した。
「こちらを落とされませんでしたか?」
そこには男物の薄水色のハンカチが乗っていた。
「いや、僕のではないな」
「そうでしたか。これは失礼致しました」
踵を返したジュールは呼び止められて振り返った。
「君は先程も女王の間にいたね。女王のお側にいたという事は優秀なのかな?」
「騎士団に所属しておりますジュールと申します」
名前を告げた途端、アレシュの表情がみるみる内に変わっていった。
「なるほど君か」
「?」
「いや何、サンドラから最後までしてくれない慰め役がいたと聞いていたからね。会う事が出来たらぜひお礼を言おうと思っていたんだ」
「……サンドラ?」
ジュールの声が少し低くなる。するとアレシュはにこりと笑って手を差し出してきた。
「君は立場を弁えてくれたから、僕とサンドラは結ばれる事が出来たんだ。本当にありがとう」
差し出された手は今だ握られる事はない。従者は怪訝そうにジュールを睨みつけた。
「握手は遠慮させてもらいます」
「貴様ッ!」
従者の激しい声にも反応する事なく、ジュールは頭を下げた。。
「たった今、騎士達の稽古に付き合ってきた所ゆえお手を汚す事になってしまいます。どうかご容赦ください」
謝っているがその態度は堂々としたもので、アレシュと従者は何も言えないまま、離れていく大きな背中を見送った。
ジュールは足の向くままにサンドラを探していた。たった今耳にした事を告げなくてはならない。アレシュはサンドラを使いこの国を手に入れようとしていると。そして、はたと足を止めた。
一体サンドラになんと言えばいいのか。どちらにしてもサンドラの身体の為にはアレシュが必要なのだ。それだけは分かりきっている。それなのにこれから何度も夜伽をしなければならない相手が自国を裏切ろうとしていると知ったら、サンドラの心は疲弊してしまわないだろうか。勢いを失ったジュールが、自分にしか聞こえない溜息を吐きながら廊下を曲がった時だった。
出会い頭にぶつかりそうになった姿を見て互いに固まる。そしてどちらかともなく左右に身体をずらした。しかし同じ方向になってしまいぶつかってしまう。ジュールは更に身体をずらしてサンドラが通れるように道を開けた。
「侍女は一緒ではないのですか?」
「少しだけ一人にしてもらったの。考え事をしたくて」
言葉が続かない。二人で視線を泳がせた後、口を開いたのはサンドラの方だった。
「さっき、お兄様からあなたの元婚約者を聞いてしまったの。ずっと昔に他の方に嫁いだって」
するとジュールは乾いた笑いを浮かべて頷いた。
「お恥ずかしい話です。まさか女王陛下の夫に婚約者を奪われてしまうとは。ですから私の口からは申し上げられませんでした」
「謝って済む事ではないと思うけれど、本当にごめんなさい」
「なぜサンドラ様が謝られるのです? 悪いのは婚約者を奪われた私であり、女王陛下の夫を愛したその元婚約者ですよ」
「……恋をしたって、誰が、誰に?」
「わたしの元婚約者が、女王陛下の夫にです」
しばらく飲み込めないでいると、ジュールが話し出した。
「元々シェイラとは……その婚約者とは幼馴染でした。家同士の繋がりもあり婚約者には適任でした。婚約式を済ませた直後にその婚約者と女王陛下の夫との内通が発覚したのです。正直わたしには信じられませんでした。その時彼女はまだ十五で、その夫は十歳以上も年上でしたから」
「それって大問題なんじゃ……」
「普通はそうですね。陛下の夫と内通など本当なら家ごと処罰されても文句は言えません。それでも女王陛下のご判断はとても慈悲深いものでした。二人共罪には問わず王都を出ていくように。それだけだったのです」
「なぜ処罰しなかったの? だって大事な夫の一人のはずよ」
「私には分かりませんが、王家熱を発症するとはそういうものなのかもしれません。自分の感情とは関係なく必要な時にそばにいた人が夫となる……」
そう言ったジュールと視線が合う。まるでこちらに向けて言っているように見えてしまった。
「……本当にアレシュ王子で宜しいのですか? 私が口を挟むべきではないと思っておりますが、あのお方はおそらく自国の王位を諦めてはいないと思います」
「ジュール! そんな事口にするものじゃないわ。誰かいたら……」
「誰もいません。これでも騎士ですから気配で分かります」
「アレシュ様でいいかと聞かれてももう変えようがないわ。これから先、仮にあの方以外の夫が出来たとしても、今は身体の為にアレシュ様にそばにいてもらった方がいいのよ」
するとジュールの足が一歩前に出た。驚いて一步下がると、食い下がるように迫ってくる。
「あなたにもよい伴侶が見つかる事を願っているわね」
「お待ち下さい!」
その瞬間、身体が一気に沸騰する感覚に襲われた。
下腹部が収縮を始め、その熱が一気に身体に広がり何度も押し寄せてくる。立っていられなくて思わず座り込んでしまった。
「もしや発作ですか? 静まったはずでは?」
「……シュ、を。アレシュ様を……呼んでちょうだい」
「ッ」
苦いジュールの顔が目に映る。自分でも言いたくない。でもこの熱を鎮める為にはアレシュが適任者なのだ。サンドラは耐えながらジュールの腕を掴んだ。
「熱がおありです!」
「お願い、アレシュ様に鎮めて貰わないといけないのよ!」
最後は絞るように叫んだ。
「駄目です。あの王子は信用できない。そんな相手にあなたを任せられません」
ジュールの腕が身体の下に回る。そして勢いよく抱き上げられた。いつかの光景のようにどんどん廊下を進んでいく。すれ違う者達はぎょっとした表情でどこかに走っていくのが分かった。
「しかし他国の方々が城に滞在している今、陛下の警備を手薄にする訳には参りません」
女王の私室は広い。その各扉と窓に配備された騎士の数は七名。そして近くにはジュールが付き従っていた。
「いらないと言っているだろ!」
「アレッサ団長のご指示ですのでどうかご容赦下さい」
「いいや、出るんだ。アレッサには私から言おう」
「それでは少しでも異変があれば必ずお知らせ下さい」
結局ジュールも部屋を出されてしまい、巡回の為に回廊を歩き始める。進んでいくと、見えてきた姿にどきりとして足が止まった。アレシュ王子はこちらに気がついていないように従者と話をしているようだった。ジュールはとっさに中庭に出て物陰に隠れた。こちらに近付いてくるにつれ、アレシュ達の声ははっきりと聞こえてきた。
「……少し時間がかかりそうだな」
「以外と真面目なようだな、サンドラ王女は。しかし丁度よく王家熱を発症してくれていて助かった」
「そうですね。こちらとしても順調に事が進んで喜ばしい限りです。あの者はいかが致しましょう?」
「事が済んだらグランテーレに移住したいと言っていたが、適当に処罰しておけ」
静かな廊下で話す内容ではないと思えたが、二人は誰もいないと油断しきっているようだった。
「さっそく国王陛下に知らせを出しておけ。テーレフォルミ王国は確実に属国になるとな。そうなったら、グランテーレの国王はこの僕だ」
「しかしあの女王は本当に王位をサンドラ様に譲られるでしょうか?」
「サンドラ王女が身籠れば確実に女王になる。あとは強制的にでも退いてもらえばいい」
「それではアレシュ王子はしばらくの間は王女に掛りきりになりますね」
「今夜も呼ばれるように仕向けるか。確実に孕ませなくてはな」
ジュールはそっと移動して回廊に戻ると、後ろから声を掛けた。
「アレシュ王子!」
誰もいないと思っていた背後から声を掛けられたアレシュは薄っぺらい笑みを貼り付けるのを忘れ、真顔で突如現れた者を凝視した。従者がとっさに前に出る。しかしジュールはそっと手に持っていたハンカチを前に差し出した。
「こちらを落とされませんでしたか?」
そこには男物の薄水色のハンカチが乗っていた。
「いや、僕のではないな」
「そうでしたか。これは失礼致しました」
踵を返したジュールは呼び止められて振り返った。
「君は先程も女王の間にいたね。女王のお側にいたという事は優秀なのかな?」
「騎士団に所属しておりますジュールと申します」
名前を告げた途端、アレシュの表情がみるみる内に変わっていった。
「なるほど君か」
「?」
「いや何、サンドラから最後までしてくれない慰め役がいたと聞いていたからね。会う事が出来たらぜひお礼を言おうと思っていたんだ」
「……サンドラ?」
ジュールの声が少し低くなる。するとアレシュはにこりと笑って手を差し出してきた。
「君は立場を弁えてくれたから、僕とサンドラは結ばれる事が出来たんだ。本当にありがとう」
差し出された手は今だ握られる事はない。従者は怪訝そうにジュールを睨みつけた。
「握手は遠慮させてもらいます」
「貴様ッ!」
従者の激しい声にも反応する事なく、ジュールは頭を下げた。。
「たった今、騎士達の稽古に付き合ってきた所ゆえお手を汚す事になってしまいます。どうかご容赦ください」
謝っているがその態度は堂々としたもので、アレシュと従者は何も言えないまま、離れていく大きな背中を見送った。
ジュールは足の向くままにサンドラを探していた。たった今耳にした事を告げなくてはならない。アレシュはサンドラを使いこの国を手に入れようとしていると。そして、はたと足を止めた。
一体サンドラになんと言えばいいのか。どちらにしてもサンドラの身体の為にはアレシュが必要なのだ。それだけは分かりきっている。それなのにこれから何度も夜伽をしなければならない相手が自国を裏切ろうとしていると知ったら、サンドラの心は疲弊してしまわないだろうか。勢いを失ったジュールが、自分にしか聞こえない溜息を吐きながら廊下を曲がった時だった。
出会い頭にぶつかりそうになった姿を見て互いに固まる。そしてどちらかともなく左右に身体をずらした。しかし同じ方向になってしまいぶつかってしまう。ジュールは更に身体をずらしてサンドラが通れるように道を開けた。
「侍女は一緒ではないのですか?」
「少しだけ一人にしてもらったの。考え事をしたくて」
言葉が続かない。二人で視線を泳がせた後、口を開いたのはサンドラの方だった。
「さっき、お兄様からあなたの元婚約者を聞いてしまったの。ずっと昔に他の方に嫁いだって」
するとジュールは乾いた笑いを浮かべて頷いた。
「お恥ずかしい話です。まさか女王陛下の夫に婚約者を奪われてしまうとは。ですから私の口からは申し上げられませんでした」
「謝って済む事ではないと思うけれど、本当にごめんなさい」
「なぜサンドラ様が謝られるのです? 悪いのは婚約者を奪われた私であり、女王陛下の夫を愛したその元婚約者ですよ」
「……恋をしたって、誰が、誰に?」
「わたしの元婚約者が、女王陛下の夫にです」
しばらく飲み込めないでいると、ジュールが話し出した。
「元々シェイラとは……その婚約者とは幼馴染でした。家同士の繋がりもあり婚約者には適任でした。婚約式を済ませた直後にその婚約者と女王陛下の夫との内通が発覚したのです。正直わたしには信じられませんでした。その時彼女はまだ十五で、その夫は十歳以上も年上でしたから」
「それって大問題なんじゃ……」
「普通はそうですね。陛下の夫と内通など本当なら家ごと処罰されても文句は言えません。それでも女王陛下のご判断はとても慈悲深いものでした。二人共罪には問わず王都を出ていくように。それだけだったのです」
「なぜ処罰しなかったの? だって大事な夫の一人のはずよ」
「私には分かりませんが、王家熱を発症するとはそういうものなのかもしれません。自分の感情とは関係なく必要な時にそばにいた人が夫となる……」
そう言ったジュールと視線が合う。まるでこちらに向けて言っているように見えてしまった。
「……本当にアレシュ王子で宜しいのですか? 私が口を挟むべきではないと思っておりますが、あのお方はおそらく自国の王位を諦めてはいないと思います」
「ジュール! そんな事口にするものじゃないわ。誰かいたら……」
「誰もいません。これでも騎士ですから気配で分かります」
「アレシュ様でいいかと聞かれてももう変えようがないわ。これから先、仮にあの方以外の夫が出来たとしても、今は身体の為にアレシュ様にそばにいてもらった方がいいのよ」
するとジュールの足が一歩前に出た。驚いて一步下がると、食い下がるように迫ってくる。
「あなたにもよい伴侶が見つかる事を願っているわね」
「お待ち下さい!」
その瞬間、身体が一気に沸騰する感覚に襲われた。
下腹部が収縮を始め、その熱が一気に身体に広がり何度も押し寄せてくる。立っていられなくて思わず座り込んでしまった。
「もしや発作ですか? 静まったはずでは?」
「……シュ、を。アレシュ様を……呼んでちょうだい」
「ッ」
苦いジュールの顔が目に映る。自分でも言いたくない。でもこの熱を鎮める為にはアレシュが適任者なのだ。サンドラは耐えながらジュールの腕を掴んだ。
「熱がおありです!」
「お願い、アレシュ様に鎮めて貰わないといけないのよ!」
最後は絞るように叫んだ。
「駄目です。あの王子は信用できない。そんな相手にあなたを任せられません」
ジュールの腕が身体の下に回る。そして勢いよく抱き上げられた。いつかの光景のようにどんどん廊下を進んでいく。すれ違う者達はぎょっとした表情でどこかに走っていくのが分かった。
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