上 下
45 / 67

45・狩り

しおりを挟む
 その時、金属製の扉の鍵が開いた。
 扉が開き、二人の男が入ってくる。
 にやにやと薄気味悪い笑みを浮かべ、衣服はお洒落なアウトドア服だった。
 一人は手に食事。
 もう一人は猟銃を手にしていた。
「飯だぞ」
 男は牢屋に食べ物の入った皿を入れる。
 そして男たちは去っていき、再び扉に鍵がかかった。
 イケガミは皿を手にすると、貪るように食べ始める。
「食事は朝と夜の二回よ。脱出の時の為に、しっかり食べておいて。
 鍵は操作盤でロックしているみたい。でも、やつらは必ずわたしたちをレイプして殺すと思う。
 でも、逆に言えば、その時が脱出のチャンスよ」
 メイドはその話を聞きながら、猟銃のことを思い出していた。
 あの二人は猟銃に頼っていた。
 まさか……
「あの、イケガミさん。犯人は不思議な力を使うことはありませんでしたか?
 まるで手品のように、なにか説明の付けられない現象とかは?」
 イケガミは食事の手を止め、怪訝にメイドに聞き返す。
「あなた、さっきからなんの話をしているの?」
 メイドは理解した。
 犯人たちは、能力者じゃない。
 普通の人間だ。


 その時だった。
 牢屋内の電気が一斉に消え、同時に扉の鍵が外れる音がした。
 そしてイケガミの牢の扉が、少しだけ開いた。
 イケガミは慎重に外に出る。
「やった、停電が起きて、鍵が外れたんだわ。脱出できる」
 しかしメイドの牢屋の鍵は外れていない。
「だめね、あなたの牢は旧式の鍵なんだわ。電子ロックじゃないから、停電じゃ開かないのよ。
 待ってて。いったん、わたし一人で逃げるから。必ず脱出して、警察に連絡する。それまでなんとか頑張って」
「わかりました。気をつけてください」
 イケガミは牢から出ていった。
 メイドには彼女の無事を祈ることしかできなかった。


 五分ほどして、再び明かりが付いた。
 電力が回復したのか。
 そして牢に二人の男がやってきた。
 二人とも薄ら笑いを浮かべている。
 メイドの前に一台のノートパソコンを置いた。
 画面が映っている。
 二分割画面になっていて、山林の中が映っている。
「これはなに?」
「見ていればわかる」
 男は気持ち悪い笑みで答えた。
 画面は二つとも移動している。
 しばらくすると、イケガミの姿が映し出された。
 メイドは理解する。
 これは、イケガミを追跡している人間が映している映像だ。
 画面は走り始めたのか速度を増し、イケガミに襲い掛かった。
「きゃぁーっ!」
 日本刀を振り回す何者かから、イケガミは走り始めて逃走する。
 メイドは目の前の二人に向かって叫ぶ。
「あなたたち! 彼女になにするつもりなの!?」
「黙って見ていなよ」
 イケガミは以外と足が速く、追跡者を引き離し始めた。
 しかし、もう片方の画面の何者かが、弓矢を構えた。
 矢を放ち、イケガミの左足に命中する。
「ギャッ!」
 悲鳴を上げて転倒するイケガミ。
 そこに日本刀を持った男が走ってきた。
 大きく日本刀を振りかざし、イケガミを思いっ切り斬り裂いた。
 首筋から胸にかけて斬られたイケガミは、血が噴水のように噴き出し、ビクッビクッと痙攣し、息絶えた。
 画面の男たちは「ウッヒョー!」などと奇声を上げている。
「なんてことを……」
 メイドの前の男たちは、なにも答えず、ノートパソコンを持って去っていった。
 メイドは奴らの目的を理解した。
 狩りだ。
 人間を狩るゲームをしているんだ。


 そして我々の方では、車を特定した。
 ヤマギシ刑事は説明する。
「十五台の車の中で、古い車種は一台だけ。物凄い骨董車で一千万はする代物ですよ。低所得者にはとうてい入手できない代物です。
 持ち主は、企業の御曹司。これは外れですね。犯人ではありません」
「なぜ、犯人ではないと?」
 私が聞くと、彼女は得意気に答える。
「名門大学の学生ですよ。親も企業の会長。一流の教育を受けた、模範的日本人青年です。犯罪をするなど、有り得ません」
「すると、低学歴は犯罪をするとでも?」
「当然です。彼らはそう言う人間だから低学歴で低所得なのです。もとからそう言う人間なのですよ。
 成功者は、素晴らしい人格者だからこそ、成功したのです」
 なんというか、この刑事は明らかに偏見を持っている。
 私はなにも言えず、その成功者であるブラインド レディに眼を向けた。
 彼女に私の視線が気付くはずもないが、しかし盲目の淑女は質問する。
「その御曹司は、今どこに?」
「大きな別荘で、サークルの仲間と休暇中だそうです」
「行ってみましょう」
 ヤマギシは眉根をひそめる。
「そんな無駄なことを。この犯人は低所得者層の、金銭目的の誘拐です。すぐに他の警官から連絡が来ますよ」
「かまわない」
 ヤマギシは嘆息する。
「わかりました。ですが、失礼のないようにしてください」


 我々は街から外れた別荘に到着した。
 大きな別荘が離れた場所に見える。
 ヤマギシ刑事は我々に言う。
「あなたたちはここで待っていてください。やはり、相手に失礼なことをしそうですから」
「そんなことはしない。それに、きみ一人では危険だ」
 ヤマギシは不意に、私に手錠をかけた。
「なにを?!」
「こうすればなにもできないでしょう」
 そしてブラインド レディに眼を向ける。
「あなたは介護する人がいなければなにもできない。
 いいですね、ここは私一人で話をします。あなたたちはここで待っていてください。
 大丈夫ですよ。犯人だなんてあり得ませんから」
 そして一人で行ってしまう。


 ヤマギシ刑事は、別荘に到着した。
 玄関のチャイムを鳴らし、十秒ほど過ぎて、温和な青年が対応に出てきた。
「いらっしゃい。どうされました?」
 ヤマギシは警察手帳を見せる。
「ああ、私、警察の者ですが。実は行方不明者の捜索をしています。それで警備カメラに、あなたたちの車が映っていたのですが」
「さあ、憶えていないな。警備カメラなんて、一々気にしているわけじゃないから。でも、昨日どこに行ったかくらいは憶えているけど」
「ホテルには行きましたか」
「ええ、行きました。急にトイレに行きたくなりまして、それでホテルのトイレを借りたんです」
「なるほど、そういうことでしたか」
 青年はテキパキと受け答えして、不審な点は見られない。
 やはり、外れだ。
 ヤマギシが確信した時、温和な青年は一言言った。
「痛いぞ」
「? なにがですか?」
 不意に後頭部に劇痛が走った。
 倒れるヤマギシの目に映ったのは、スコップを手にした、別の青年。
 二人は薄気味悪い笑みで、ヤマギシを見ていた。


 ヤマギシが目を覚ますと、牢屋の中だった
「こ……ここは……」
「よかった、目を覚ました」
 正面には、メイドがいた。
 ヤマギシは写真を見てその顔を知っていた。
「あなた、盲目のお嬢さまが探していた人ね」
「お嬢さまが来ているのですね」
「あ、でも……」
「どうしました?」
「記者のほうを手錠で車に繋いできた」
「そうですか。大丈夫です。たぶん、あの二人ならなんとかします」
「それより、ここの人たちはなに? 上流階級の人たちじゃないの?」
「なんの話ですか?」
 ヤマギシの意図はメイドには通じなかった。
 ヤマギシにとって上流階級の人々は、模範的日本国民。
 素晴らしき人格者であり、犯罪とは無縁の人々だった。
 それが犯罪に手を染めるなど。
 犯罪をするのは底辺の人間だけのはずだという偏見が、ヤマギシに現実を受け入れることを拒絶させていた。


 メイドはヤマギシに自己紹介し、奴らが何をしているのかを簡単に説明する。
「そ、そんなこと、ありえない。あるはずがない」
「でも、事実なんです。兎や鹿を狩るように、人間を狩っている」
「そんなこと……」
 ヤマギシは呆然としていた。
 そこに足音がしてきた。
「奴らが来ました」
 メイドが言うと、ヤマギシは恐怖でビクッとからだが硬直する。
 そして扉が開いて、現れたのは、
「よかった。ここに居たか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...