上 下
44 / 67

44・失踪

しおりを挟む
 夜、八時頃のことだった。
 十歳の少年が、高画質テレビで映画を見ていた。
 夜更かしは止めなさいと両親に言われているが、その両親は、今日は残業で帰りが遅くなると連絡してきた。
 だから少年はこっそりと、楽しみだった映画をじっくり観ることにしたのだった。
 夢中で映画を観ていると、不意に窓の外から奇妙な音が聞こえた。
 GURORORORO……
 低い動物の唸り声のような音だった。
 少年は怪訝に思い、映画を一時停止すると、自分のいるアパートの二階の窓から外を見た。
 外のゴミ捨て場で、いつも優しくしてくれるお姉さん、イケガミさんがゴミを出していた。
 GURORORORO……
 また奇妙な唸り声が聞こえた。
 イケガミさんも聞こえたらしく、彼女は周囲を見渡す。
 そして音が聞こえる駐車場へ様子を見に行くと、
「きゃぁあーっ!」
 突然イケガミさんの悲鳴が響いた。
 イケガミさんは駐車場から逃げようとしたが、陰にいる何かに掴まり、そして引きずられるようにして姿を消した。
 GURORORORO……
 獣の唸り声がまた聞こえた。
 少年はすぐに警察に連絡した。


 これが、とある地方都市で起きた最新の失踪事件だ。
 私と、ブラインド レディ、そしてメイドの三人で、ホテルの部屋で、警察から入手した情報を整理している最中だ。
 私は二人に説明する。
「この街は行方不明者が多い。この二年間だけで四十人以上も失踪者が出ている。そして、全員帰ってきていない。
 失踪したイケガミを目撃した少年の証言は、警察は重要視していないな。理由はまだ子供である他に、目撃時に観ていた映画が、ハリウッド版ゴジラだったからだ。
 そして、失踪したイケガミは、家族全員がパートで生計を立てている、低所得者層。警察はそのことを踏まえ、成功を夢見て都会に行っただけだろうと見て、ほとんど捜査していない。
 イケガミの家庭に問題はない。DVなどもなく、経歴も学歴も平凡。日本の典型的な低所得者層。
 はっきりいって狙われる理由がないことから、一連の行方不明事件に巻き込まれたと考えるべきだと、私は思う」
 メイドもパソコンで資料を閲覧しながら言う。
「しかし、能力者はなにを目的としているのでしょうか? 貧困層ですから、身代金目的の誘拐とは思えませんし、今までの行方不明者と共通点もありません」
「警察はこれらの連続失踪事件に関して、本腰を上げて捜査はしていない。理由は、失踪した人間のほとんどが、低所得者層だからだ。
 みんな、都会に憧れて家出しただけだろうとして、処理している」
 ブラインド レディは沈黙して説明を聞いていたが、次にちょっとした要求をした。
「今までの失踪者のリストを具体的にチェックしてみましょう。資料を出して貰えるかしら」
 メイドが請け負う。
「かしこまりました」
 そしてビジネスバッグを確認しようとして、怪訝な声を上げた。
「あれ? どこに?」
「どうしたの?」
「すみません、お嬢さま。資料を入れたバッグを、リムジンに忘れてきてしまったようです。
 すぐに取りに行ってまいりますので」
「慌てないで行きなさい」
「はい、お嬢さま」
 メイドは部屋を出て、資料の入ったバッグを取りに行った。


 そして三十分後。
「遅い」
 私は疑念を呟いた。
 メイドが三十分経過しても戻ってこないのだ。
「彼女になにかあったのか?」
「様子を見に行ってみましょう」
 我々が駐車場に行くと、そこには資料の入ったバッグがアスファルトの上に落ちていた。
 私はそれを拾い上げ、周囲を見渡すが、メイドの姿はない。
「バッグが落ちているのに、彼女が見当たらない」
 私はブラインド レディに簡単に説明すると、大声でメイドの名前を何度も呼ぶ。
 しかし返事はない。
「フロントで聞いてみよう」
 私は足早にフロントに行くと、メイドのことを聞いた。
 しかし、メイドは外に出た後、戻ってきていないとのこと。
 私は愕然とする。
「まさか、そんなことが……」
 ブラインド レディははっきりと肯定した。
「彼女も拉致された」


 我々はその街の警察署へ行き、署長と話を付けた。
 署長はブラインド レディにへりくだりながら、とある刑事を紹介した。
「ヤマギシです。よろしく」
 三十歳ほどの女性刑事だった。
 署長はブラインド レディに、
「後のことは彼女が対応いたしますので」
 そしてヤマギシ刑事に、
「きみ、この方に失礼のないように」
 そして署長は去っていった。
 いつも疑問に思うのだが、ブラインド レディは警察という国家権力者を、どのような手段で従わせることができるのだろう。
 しかし私はその疑問を口にはしなかった。
 ヤマギシ刑事は、我々の説明を聞いて、納得する。
「なるほど。おそらく身代金目的の誘拐でしょう。この街は低所得者層が多いのです。短絡的に一儲けしようと考えたのでしょうね。浅はかな連中です。
 しかし、おまかせを。我々がすぐに発見しますから」
 私はヤマギシ刑事を、高飛車で高慢な人間と感じた。
 明らかに低所得者層を見下し、みんななんらかの犯罪をしているのだと決めつけてかかっている。
 ブラインド レディはヤマギシ刑事に言う。
「私たちも捜査に同行したいのだけれど」
「心配なさらないでください。我々だけですぐに発見いたしますから」
「この街は行方不明者が多い。その内、見付けた数は?」
「それは、確かにご指摘の通りですが、失踪したのは低所得者ばかりです。都会に憧れて、家出して上京したと考えるのが自然です」
「でも、今回は違う。それに、署長から命令を受けたはず」
 ヤマギシ刑事は根負けしたようだ。
「わかりました。ですが、くれぐれも危険なことはしないように。あなたは日本に取ってなくてはならない方。いくらでも代えのきく底辺の者とは、価値が違います」


 ヤマギシ刑事はパソコンを操作し、行方不明者リストに、メイドの名前と写真を加え、捜索の手配をした。
「ホテルの駐車場で失踪したとのことですから、警備カメラと、周辺の交通カメラなどの映像をチェックしましょう」
 キーボードを叩いて、データをダウンロードする。
「そうですね。失踪した時間帯、駐車場を出た車は十五台ですね。その車のナンバープレートは映っていますから、すぐに持ち主を割り出します。
 あとは、地道に聞き込みして捜査します」
 私はヤマギシ刑事に指摘する。
「正直、それでは間に合わないと思う。身代金ではなく、殺人が目的なら一刻も争う。悠長に全員捜査している時間などない」
「しかし、他に方法がありませんので。それに、別に構わないではありませんか。身の回りの世話をさせるだけの雇用者のことなど、そこまで心配する必要はないでしょう」
 この女性は、下の人間を見下しすぎではないか。
 いったい人間をなんだと思っているのだ。
 ブラインド レディは沈黙していたが、その表情は微かに不機嫌な雰囲気が在った。


 そして我々が、聞き込みに回るために、警察署を出た。
 不意にブラインド レディが我々を制止する。
「待って。静かにして」
 どうしたのだろう?
「……獣の唸り声のような音が近付いてくる」
「それは、先日行方不明になった、イケガミが失踪したときの目撃情報の……」
 私は周囲を見渡すと、私の耳にも、その唸り声が聞こえ始めてきた。
 かなりの速度で近付いてくる。
 そして、その音は、警察署前の道路からだった。
 一台のクラシックカーが通過した。
 獣のような唸り声は、その車からだった。
 ヤマギシ刑事は肩すかしを食らったかのような表情。
「なんだ、ただの車ですよ。古い車種なので、音がうるさかったのですね」
 しかし、私は理解した。
「車の音だ。目撃情報にあった獣のような唸り声の正体は、古い車の音」
 ブラインド レディは捜査方針を固める。
「つまり、古い車に限定すればいいのよ」


 その頃、メイドは目を覚ました。
「うっ……ここは?」
 小さな牢屋の中だ。
 三方は壁で、正面だけ鉄格子。
 そして正面にも、もう一つ牢屋があり、そこには一人の若い女性がいた。
 彼女は安堵してメイドに声をかける。
「よかった、目を覚ましたのね」
 メイドはその女性の顔を知っていた。
「あなた、イケガミさんですね」
「わたしのこと知ってるの?」
「捜索願の資料を見ました。あなたが駐車場で何者かに拉致されたところを、二階の子供が見ていたんです」
「そうだったの」
「でも、わたくしまで捕まってしまった。でも、大丈夫です。お嬢さまたちも探していますので、すぐにわたしたちのことを発見するはずです」
「そうだといいんだけれど」
「犯人になにかされましたか?」
「いいえ、奴らに、まだレイプとかはされていないわ。でも、目的なんて他に考えられないから、その内に来ると思う」
「奴ら? 待ってください。犯人は複数ですか」
「そうよ。駐車場で、二人がかりで捕まえられたの。そしてここで、もう二人。全部で四人見たわ。それ以上いないと良いんだけれど」
「能力者は複数。どんな能力を使ってきたか、わかりますか?」
 イケガミは怪訝な表情をした。
「能力? なんのこと?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

アルビオン王国宙軍士官物語(クリフエッジシリーズ合本版)

愛山雄町
SF
 ハヤカワ文庫さんのSF好きにお勧め! ■■■  人類が宇宙に進出して約五千年後、地球より数千光年離れた銀河系ペルセウス腕を舞台に、後に“クリフエッジ(崖っぷち)”と呼ばれることになるアルビオン王国軍士官クリフォード・カスバート・コリングウッドの物語。 ■■■  宇宙暦4500年代、銀河系ペルセウス腕には四つの政治勢力、「アルビオン王国」、「ゾンファ共和国」、「スヴァローグ帝国」、「自由星系国家連合」が割拠していた。  アルビオン王国は領土的野心の強いゾンファ共和国とスヴァローグ帝国と戦い続けている。  4512年、アルビオン王国に一人の英雄が登場した。  その名はクリフォード・カスバート・コリングウッド。  彼は柔軟な思考と確固たる信念の持ち主で、敵国の野望を打ち砕いていく。 ■■■  小説家になろうで「クリフエッジシリーズ」として投稿している作品を合本版として、こちらでも投稿することにしました。 ■■■ 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+でも投稿しております。

能力が舞い戻っちゃいました

花結 薪蝋
SF
【序章】私は弱者だった。かつて譲った能力が戻ってくるまでは---。 【本章】超能力者が通う学園に身を置くことになった世界。その監視役として任命された吉野 暁人は異端児と呼ばれる男で、強者になった筈の彼女を脅かす存在であった。その他にも、世界を狙う人間がいて……。 誤字脱字の指摘、感想、受け付けております。 更新停止中です。再開の目処もありません…申し訳ないですm(_ _)m 【序章】《完》 高校 いじめ スプラッター パニック 集団制裁 復讐 【本章】 超能力 学園 異端 第二主人公 +過去 能力バトル風 群像劇? 双子 幼馴染 ライバル

ちゃんばら多角形(ポリゴン)

柚緒駆
SF
 二十四世紀のある日、実験用潜宙艦オクタゴンは、亜空潜行中にトラブルを発生、観測員ナギサが緊急脱出装置によって艦外に強制転移させられた。  一方、後の世に言う安土桃山時代、天正十一年十二月の末、会津の刀工『古川兼定』の三代目、孫一郎は旅の途中、和泉国を訪れる。そこで人さらいに追われる少女を助けようとした際、黒い衣を着た謎の女法師と出会う。彼女こそオクタゴンの観測員ナギサであったのだが、孫一郎はそれと知らず旅の道連れとなる。

婚約破棄されたショックですっ転び記憶喪失になったので、第二の人生を歩みたいと思います

ととせ
恋愛
「本日この時をもってアリシア・レンホルムとの婚約を解消する」 公爵令嬢アリシアは反論する気力もなくその場を立ち去ろうとするが…見事にすっ転び、記憶喪失になってしまう。 本当に思い出せないのよね。貴方たち、誰ですか? 元婚約者の王子? 私、婚約してたんですか? 義理の妹に取られた? 別にいいです。知ったこっちゃないので。 不遇な立場も過去も忘れてしまったので、心機一転新しい人生を歩みます! この作品は小説家になろうでも掲載しています

第一機動部隊

桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。 祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...