悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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136・本人確認

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 隠し芸大会も、かなり賑やかだったが、特にアクシデントもなく、終わりを告げた。
 俺はとくにやることもないので、料理を摘まみながら、ソファでくつろいでいた。
 俺の皿が空になると、沙由理さんは俺のために、
「私がなにか取ってきます」
 と言って、料理を取りに行ってくれた。
 そこに、
「HAN、相変わらずビンボー臭い匂いがするね」
 唐突にそんな言葉が飛んできた。
「定価一千九百八十円くらいの安っぽい下民の匂いだよ。ああ、臭い臭い。こんなんじゃ、このパーティーとやらの程度も知れるってもんだ」
 人を小馬鹿にしたキザったらしいセリフ。
 言葉の発生源は、ソファから少し離れたところに立っていた、センスの悪いスーツ姿の金髪の男だった。
 周りに何人かの執事を従えながら、こっちを不躾にじろじろ見ている。
 誰でせう?
 俺は首を捻る。
 こんな性格悪そうなパツキンのキザ男に知り合いなんていないんだが。
 訝しく思う俺に、その金髪は芝居がかった仕草で、髪をかき上げながら近づいてきた。
「久し振りだね、ビンボー人。まさかこんなところで会うとは思わなかったよ。HAHAHA」
 俺は少々弱気になりながら、質問した。
「あのー、すみませんが、いったいどちらさまでしょうか? こちらといたしましては、以前に会った記憶がまったくございませんのですが」
 パツキン男は憤怒の形相になる。
「ボクの顔を忘れたって言うのか!? 貧民で下級市民でキサマごときが、こ、このボクの名前を!
 ジェイコブだよ! ジェイコブ・サンダーヒル! サンダーヒル・カンパニーの御曹司だ!」
「なるほど。自分は完璧に理解しました。
 つまり、人違いをされているのですね。すみませんが、こちらはまったく存じません。いわゆる他人の空似というものでしょう。
 ケンカを売る時は、きちんと本人確認してからされてはいかがでしょうか」
「つくづく失礼な奴だな! ホントに完璧に忘れてるじゃないか!
 誕生日にあっただろう! 吉祥院・麗華の誕生日だよ! その時、お前は藤守とかいう三流役者とつるんでいたじゃないか! その時に絡んだんだよ!」


「……んんー?」


 俺は記憶の糸を慎重に引っ張ってきた。
「あ、思い出した」
「思い出してくれたか!」
「十人がかりで俺達二人相手に惨敗した奴だ」
「どういう記憶になってるんだ!?」
「それであの時の奴がなんでまたここにいるんだ?」
 今日のこのパーティーはメイドと執事のイベントのはず。
 腐ってもゾンビになっても、いちおうサンダーヒル・カンパニーの御曹司であるこいつは参加不可のはずなんだが。
 すると、ジェイコブはピクピクとこめかみをひくつかせて、
「よ、よりによってお前がそれを言うか。誰のせいでこのボクが、こんな従者ごときが主催する、下賎な集まりに参加する羽目になったと思っている。
 ぜ、全部、お前のせいだ……」
「何言ってんだ? お前?」
 とうとう性格だけではなく、脳までオー・ノウになったか?
 俺が理解不能に陥っていると、ジェイコブの周りにいる取り巻きが、
「ジェイコブ、落ち着いて。あんまり興奮すると履いているシークレットシューズのかかとが折れるから」
「そうだよ、例の誕生日パーティーでの一件でお父さまのお怒りを買って、
「お前のようなバカは一度執事に身を落として勉強し直してこい! 反省して生まれ変わるまで私の前に顔を出すな!」
 と言われて半年間 強制執事修行をしているなんて、わざわざ言う必要はないんですから」
「執事の姿もなかなかお似合いですって」
 なるほど、そういうことか。
 そう言った事情で、俺に文句の一つも言いたくなったと。
 でも、それ、完全にこいつの自業自得だろうに。
 こっちに責任を押しつけられる筋合いはない。
 ジェイコブ・サンダーヒルは、はあはあと肩で息をして、
「ふ、ふん、まあいいさ。どうせこんなチンケな生活もあと少しだ。今日はせいぜいお前の惨めな貧乏ったらしいツラでも見て気を晴らすことにするよ、ハンッ!」
 そう言い捨てて、怒り足で立ち去ろうとした時だった。
「ん?」
 テーブルの向こうの方から、沙由理さんがこちらに向かってくるのもちょうどだった。
 料理を取り分け終えたのだろう、その手には皿に盛られたデザート。
 その沙由理さんの進路上には、前をまともに見ていないサンダーヒルの姿があり、
「沙由理さん!」
 ガシャン!
 声をかけるのは一瞬遅く、ホールの中央部分で二人は正面から激突した。


「なにやってんだよ! このガラクタが!」


 サンダーヒルが顔を真っ赤にして大声を上げる。
 見れば今の衝突の弾みで、食べ物がこぼれ、サンダーヒルのスーツに大きな染みを作ってしまっていた。
「どこを見て歩いてんだ! ああ、シミがついちゃったじゃないか! ふざけんな! この特注スーツがいくらしたと思ってんだよ!?」
 その金切り声に、周囲のメイドや執事たちが一斉に視線を向けてくる。
「も、申し訳ありません」
 不測の事態に慌てながら謝罪する沙由理さん。
 頭を下げつつ、ポケットからハンカチを取り出し、サンダーヒルのスーツのシミになった部分を拭き取ろうとするが、しかしべったりと付着したシミはその程度では取れるものではなかった。
「ちっ! なにやってんだよ! そんなんでこの変な色の汚れが取れるわけないだろ! まったく仕えないポンコツロボットだな! いいからもうどけよ!」
 ドンッ! と沙由理さんの体を手で強く押して、サンダーヒルは鬱陶しそうに立ち上がった。
 強引に押しのけられた沙由理さんは、床に尻餅をつき、その反動でポケットからなにかが床に転がった。
 でろりと転がったのは、さっきビンゴゲームで手に入れた、クリーチャーXだった。
 サンダーヒルは顔をしかめる。
「あん、なんだそりゃ、気持ち悪いな。ボクの洗練された美意識に反する。っていうか、そんな不気味なもんを大事に持ったりするから、高貴なボクにぶつかったりするんだ!」
 その特注シークレットシューズを履いた短めの足を上げたかと思うと、そのまま物体Xに思いっ切り踏み下ろした。
「!?!」
 ぐしゃり、という無情な音。
 音声機能が内蔵されていたのか、緑色の両生類は、「グエェロッ」と断末魔のような悲鳴を上げて、床にへたばった。
 沙由理さんが呆然とした顔で拾い上げる。
 だが腹部にはくっきりと足型がつき、全体の形は無惨にひしゃげてしまっていた。
「……」
 言葉を失う沙由理さん。
 もし人間だったら、両目から涙が出ているのではないかと思うほどの表情。
 これはさすがに目に余る行為だったようで、周りで見ていたメイドや執事たちからも、ザワザワと非難の声が飛んでくる。
 しかし、それはさらに、サンダーヒルの嗜虐心に火をつけただけのようだった。
「ANN! その目は何だお前ら! たかが執事はメイドの分際でボクに意見しようってのか!
 ボクはお前らなんかとは違うんだよ! ボクを誰だと思っている! あのサンダーヒル・カンパニーの後継者だぞ!
 いわば使う側と使われる側の、華やかな使う側だ!
 本来ボクはこんな所にいる人間じゃない。
 言ってみればおまえらなんかとは生きてる世界が違うんだよ! そのボクに、お前らごときが文句を言う権利があると思ってんのか!?」


 続く……
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