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112・若女将
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……続き。
山の木々の中から飛び出したそれは、まるで荒ぶる神のようだった。
大きな犬のような太い足。
茶色がかった灰色の体毛。
頭頂部には鋭く尖った角。
テレビで見たことがある。
カモシカだ。
野生のニホンカモシカ。
まずい。
このあたり、こいつの縄張りだったんだ。
自動車とかだったら近づいてこないだろうけど、徒歩の俺達を縄張りを荒らしに来たと思っている。
春樹さんは、カモシカの角を両手でがっちり掴んで、動きを封じている。
なんて力だ。
でも……
「ぬうぅううう……」
「シュウウウウウ……」
互角だ。
そして体力で劣る人間が、野生生物とスタミナ勝負して勝てるわけがない。
春樹さんが俺に言う。
「若、お逃げくださいやせ」
俺はカモシカをこれ以上 興奮させないよう、静かに聞く。
「何言ってるんですか。春樹さんはどうなるんです」
「アッシは差し違えてでも、こいつを足止めしやす。若は その間に旅館へ向かってくださいやせ。お嬢さま方に連絡して、助けをよこしてください」
「そんなの間に合いませんよ」
「若に怪我をさせるわけにはいきやせん。若は麗華お嬢さまにとって大切なお方。
そして、それはアッシにとってもです」
「春樹さん……」
ダメだ。
ここで逃げたら、春樹さんがどうなるか。
なんとかしないと。
なにか手を考えるんだ。
その時だった。
春樹さんのクマさんフードが目に入った。
もしかすると、いけるかも。
俺はこの悪魔的天啓に全てを掛けることにした。
「失礼します春樹さん」
「若、なにを?」
俺はクマさんフードをかぶると、
「グォオオオオオ! ガオ! ガオ! ガオ! ガッチュッ」
噛んだ。
舌がイタくて、手で押さえる。
カモシカは急に静かになった。
その瞳は語っていた。
「誤解して すまん」
そしてカモシカは山の中へ帰って行った。
見事なまでに失敗したのに、なぜか事態は収まった。
なんかカモシカのヤツ、哀れな者を見るような目で、呆れていたような感じだったんだけど、眼に理性の光があったというか、ホントに山の神だったんじゃなかろうか?
春樹さんは、
「なぜ逃げなかったのでやす」
「俺にとっても、春樹さんは大切な人ですから」
春樹さんはしばらく沈黙していたが、ふっと笑みを浮かべた。
「見事なクマっぷりでやした。あの雄々しい雄叫び。ツキノワグマもかくやといったところ。
感服いたやした」
どこまで本気なのかサッパリ分からないけれど、心から褒めているということにしておこう。
それが心の平安を保つコツだ。
「そのクマさんフードは若に差し上げやす。それは若がかぶるのにふさわしい」
「……ありがとうございます」
「助けていただき、感謝いたしやす。あのように、命を救われたのは、巖さまと会長の二人だけでやした。
若が三人目でやす。この恩、けして忘れやせん」
そして俺達は二十分後、旅館に到着した。
「ご無事でしたか!」
セルニアが駆け寄ってきて、その後ろから宮。
「心配したよ」
そして湖瑠璃ちゃんがと晶さんが。
「春樹さんが一緒なので大丈夫だと思ってましたけど、少し遅かったですね」
「春樹、なにかあったのでやすか? 若は御守りできたのでやしょうね」
女子たちはみんな心配していた。
しかし三バカトリオはロビーのソファーで、旅館の若女将の素晴らしさについて語っていて、まったく心配していなかった。
「若女将さんのうなじ、たまんねーなー」
「きっと子供の頃は、さぞ愛らしかったのでござろう」
「さくらちゃんのお母さんに似てたね」
てめーらなー。
まあ、それはそれとして、俺が一番 気になるのは、
「なんで二人がいるの?」
玲と上永先生がスルメをつまみにビールをやっていた。
上永先生は、
「青春 真っ盛りの若人がぁ、温泉旅行に来たらぁ、色々危険な事があるじゃなぁい。だから担任として監督に来たのぉ。色々な指導はまかせてぇん」
「私は仕事の疲れを癒やしにー。ここのことは湖瑠璃ちゃんから聞いたのー」
まあ、いつものことだから、気にしないでおこう。
宮が、
「それじゃ、みんな無事に合流できたし、チェックインしよう」
俺はチェックインしようとして、ふと気付いたことがあった。
ロビー入り口付近に置かれている観光案内のチラシ。
その中に、アニメのチラシが混じっていた。
詫び寂びの温泉旅館には似合わないアニメイラスト。
なんでこんなのが混じっているのか分からないけれど、見てみると、
好きなものはしょうがない。
地上波初のBLアニメの原画展をやるとかいう案内だった。
BL。
セルニアが喜ぶこと間違いなし。
そのセルニアはフロントで宮と話をしていて気付かない。
湖瑠璃ちゃんが裾を引っ張る。
「ほら、お兄さま、早くしてください」
「ああ、わかったよ」
まあ、急ぐ必要はないか。
俺は湖瑠璃ちゃんに付いていったのだった。
山の木々の中から飛び出したそれは、まるで荒ぶる神のようだった。
大きな犬のような太い足。
茶色がかった灰色の体毛。
頭頂部には鋭く尖った角。
テレビで見たことがある。
カモシカだ。
野生のニホンカモシカ。
まずい。
このあたり、こいつの縄張りだったんだ。
自動車とかだったら近づいてこないだろうけど、徒歩の俺達を縄張りを荒らしに来たと思っている。
春樹さんは、カモシカの角を両手でがっちり掴んで、動きを封じている。
なんて力だ。
でも……
「ぬうぅううう……」
「シュウウウウウ……」
互角だ。
そして体力で劣る人間が、野生生物とスタミナ勝負して勝てるわけがない。
春樹さんが俺に言う。
「若、お逃げくださいやせ」
俺はカモシカをこれ以上 興奮させないよう、静かに聞く。
「何言ってるんですか。春樹さんはどうなるんです」
「アッシは差し違えてでも、こいつを足止めしやす。若は その間に旅館へ向かってくださいやせ。お嬢さま方に連絡して、助けをよこしてください」
「そんなの間に合いませんよ」
「若に怪我をさせるわけにはいきやせん。若は麗華お嬢さまにとって大切なお方。
そして、それはアッシにとってもです」
「春樹さん……」
ダメだ。
ここで逃げたら、春樹さんがどうなるか。
なんとかしないと。
なにか手を考えるんだ。
その時だった。
春樹さんのクマさんフードが目に入った。
もしかすると、いけるかも。
俺はこの悪魔的天啓に全てを掛けることにした。
「失礼します春樹さん」
「若、なにを?」
俺はクマさんフードをかぶると、
「グォオオオオオ! ガオ! ガオ! ガオ! ガッチュッ」
噛んだ。
舌がイタくて、手で押さえる。
カモシカは急に静かになった。
その瞳は語っていた。
「誤解して すまん」
そしてカモシカは山の中へ帰って行った。
見事なまでに失敗したのに、なぜか事態は収まった。
なんかカモシカのヤツ、哀れな者を見るような目で、呆れていたような感じだったんだけど、眼に理性の光があったというか、ホントに山の神だったんじゃなかろうか?
春樹さんは、
「なぜ逃げなかったのでやす」
「俺にとっても、春樹さんは大切な人ですから」
春樹さんはしばらく沈黙していたが、ふっと笑みを浮かべた。
「見事なクマっぷりでやした。あの雄々しい雄叫び。ツキノワグマもかくやといったところ。
感服いたやした」
どこまで本気なのかサッパリ分からないけれど、心から褒めているということにしておこう。
それが心の平安を保つコツだ。
「そのクマさんフードは若に差し上げやす。それは若がかぶるのにふさわしい」
「……ありがとうございます」
「助けていただき、感謝いたしやす。あのように、命を救われたのは、巖さまと会長の二人だけでやした。
若が三人目でやす。この恩、けして忘れやせん」
そして俺達は二十分後、旅館に到着した。
「ご無事でしたか!」
セルニアが駆け寄ってきて、その後ろから宮。
「心配したよ」
そして湖瑠璃ちゃんがと晶さんが。
「春樹さんが一緒なので大丈夫だと思ってましたけど、少し遅かったですね」
「春樹、なにかあったのでやすか? 若は御守りできたのでやしょうね」
女子たちはみんな心配していた。
しかし三バカトリオはロビーのソファーで、旅館の若女将の素晴らしさについて語っていて、まったく心配していなかった。
「若女将さんのうなじ、たまんねーなー」
「きっと子供の頃は、さぞ愛らしかったのでござろう」
「さくらちゃんのお母さんに似てたね」
てめーらなー。
まあ、それはそれとして、俺が一番 気になるのは、
「なんで二人がいるの?」
玲と上永先生がスルメをつまみにビールをやっていた。
上永先生は、
「青春 真っ盛りの若人がぁ、温泉旅行に来たらぁ、色々危険な事があるじゃなぁい。だから担任として監督に来たのぉ。色々な指導はまかせてぇん」
「私は仕事の疲れを癒やしにー。ここのことは湖瑠璃ちゃんから聞いたのー」
まあ、いつものことだから、気にしないでおこう。
宮が、
「それじゃ、みんな無事に合流できたし、チェックインしよう」
俺はチェックインしようとして、ふと気付いたことがあった。
ロビー入り口付近に置かれている観光案内のチラシ。
その中に、アニメのチラシが混じっていた。
詫び寂びの温泉旅館には似合わないアニメイラスト。
なんでこんなのが混じっているのか分からないけれど、見てみると、
好きなものはしょうがない。
地上波初のBLアニメの原画展をやるとかいう案内だった。
BL。
セルニアが喜ぶこと間違いなし。
そのセルニアはフロントで宮と話をしていて気付かない。
湖瑠璃ちゃんが裾を引っ張る。
「ほら、お兄さま、早くしてください」
「ああ、わかったよ」
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俺は湖瑠璃ちゃんに付いていったのだった。
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