悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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110・推し

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 四連休 初日と言うことで、新幹線内は旅行客で満席だった。
 事前に席の予約を取っておいて良かった。
 俺達は荷物を上に載せて、それぞれ席に座る。
 宮は、
「新幹線に乗るのは久し振り」
 眞鳥さんも、
「私もです。小学三年の家族旅行以来ですね」
 三バカトリオも、
「俺も小学生の時以来だな」
「拙者もでござる」
「僕もだよ」
 似たような発言。
 しかしセルニアが、
「わたくしは新幹線に乗るのは初めてですわ。だからドキドキしていますの」
 意外だった。
「今まで新幹線に乗ったことがないの?」
「はい。移動は、車以外は飛行機やヘリでしたから」
「言われてみれば、そう言う乗り物を使うと、逆に新幹線は乗る機会がないのか」
 湖瑠璃ちゃんは、
「私はありますよ。十回は乗っていますね」
「湖瑠璃ちゃんはあるの? どうして?」
「一人旅行で。昔は一人旅をよくしていましたから」
 そういえば、湖瑠璃ちゃん昔は男の子みたいにやんちゃだったっけ。
 そんな会話をしていると、車内アナウンスが流れた。
「これより、発車いたします。お気を付けくださいませ」


 三人娘は、温泉地の美味しいお食事処の話で盛り上がっていた。
「手打ちそばは外せないよね」
「団子の美味しお茶所もあるよ」
「山の幸の料理店も素敵ですわ」
 三バカトリオは、温泉娘のトークで盛り上がっていた。
「温泉に浸かる美女のきめ細かい白い肌。たまんねえぜ」
「愛らしい娘たちが温泉で喜ぶ姿。素晴らしいでござる」
「さくらちゃんの温泉回で、あかねちゃんと たかねお嬢さまが お酒に酔っ払って……」
 みんな そんな話しをしている中、湖瑠璃ちゃんが小声で話しかけてきた。
「お兄さま、今回の温泉はチャンスだと言うことを理解されていますか」
「もちろん理解している。完璧にだ。セルニアと急接近すると言うことだろう」
「わかっているならよろしいですけれど」
「しかし、しかしだ。これだけ邪魔者がいる中で、進展することはまず考えられないのだが。ここはおとなしく、みんなとの思い出を作ることに集中した方が、むしろセルニアと仲良くなるのではないかと思う所存」
「消極的ですね。もっとガツガツ行かないと。例えみんなに見られていても、大人の階段を上るくらいの気概を見せてください」
「いや、前から言ってるけど、人に見られて喜ぶ趣味ないから」
「お兄さまのへたれ」


 俺達はそんな話をしていると、乗換駅に到着。
 新幹線を降りてローカル線に乗る。
 初めての駅で勝手が分からず、危うく乗り遅れるところだったが、ギリギリセーフだった。
 みんな席について一息吐く。
 宮が、
「あとは終点まで一直線だから、のんびりしていよう」
「はーい、わかりましたわ」
 セルニアが楽しそう。
「セルニア、ホントに楽しそうだな」
「ええ、わたくし、クラスのみんなとこうして旅行をするのは初めてですので。
 小学校の頃は習い事やピアノの稽古で忙しかったですし、中学校の時は、例の一件でみんなとは距離感がありましたから」
 そうか。
 セルニアは、こうやってクラスメイトと一緒にこういうことをするのは初めてなのか。
 だから浮かれる気持ちを抑えられないのだろう。


 五十分ほど揺れて、五つの目の駅で停車した。
 時間調整の関係で五分ほど待機するそうだ。
 宮が、
「早く出発しないかなー。後一駅で到着するのにー」
 眞鳥さんが宥める。
「まあまあ。こういうのんびりしているところも、旅行の醍醐味ですよ」
 セルニアも、
「スローライフというものですわね」
 後ろの席では三バカトリオが浴衣美人について語っていた。


 俺は喉が渇いてきた。
 新幹線に乗ってから、一度も水分補給していない。
 すぐそこに自動販売機が見えた。
 俺は席を立つと、湖瑠璃ちゃんが、
「あら、お兄さま。どちらへ?」
「ちょっと飲み物を買いに」
「なら、私は午後ティーを所望します」
 と言ってきた。
 続けて五十嵐が、
「俺は綾鷹で」
 海翔も、
「レモン水お願い」
 さらに、眞鳥さんまで。
「アクエリアスをお願いします」
 至極当然のようにぱしりにされてしまった。
「わかったよ、全員分買ってくるよ」
 しくしく。


 すると、宮が立ち上がった、
「あの、あたしが手伝うよ」
 同時にセルニアも立ち上がった。
「あ、わたくしが手伝いますわ」
 しかし伊藤 春樹さんが制した。
「いえ、お二人はくつろいでくださいやせ。ここはアッシが若にお付き合いしやす」
「あ、そうですか」
「わかりましたわ」
 と二人はおとなしく座った。
「若、では行きやしょう」
「ありがとうございます」
 

 で、自動販売機で全部買う。
 持ちきれないので、春樹さんのコートを袋代わりにして電車に戻ろうとしたとき、春樹さんのコートからスマホが落ちた。
「あ、スマホ、落ちましたよ」
 俺は拾おうとすると、その待ち受け画面が、最近 流行のアイドルだった。
 春樹さんは鋭い眼光で断言した。
「それはアッシのスマホではありやせん」
「いや、完璧に春樹さんのですよね」
「違いやす」
「ポケットから落ちる瞬間をこの目で確かに見ました」
「目の錯覚です」
「推してるんですね。癒やしですか」
 伊藤 春樹さんはブワッと滝のような汗が出始めた。
「このことは晶には黙っていただけやせんか。ばれたら殺されやす」
「秘密にしますから、早くスマホをしまってください」
 なんかこの人、時々こういう面見せるよな。


「お兄さまー」
「どうしたの、湖瑠璃ちゃん。追加注文とかか」
「違います。急いでください。早くしないと電車が」
 その時、電車のドアがプシューと音を立てて閉じた。
 ガタンゴトンと電車が出発した。
「お兄さまー、春樹さーん」
 湖瑠璃ちゃんが手を振る姿が、どんどん遠ざかっていったのだった。


 俺達は置き去りになってしまった。
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