悪役令嬢は腐女子である

神泉灯

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105・裏切り

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 五十嵐 武士が突然、大きな声を上げた。
「おーい、みんなー。池の方でつきたての餅を無料で配ってるそうだぞ。取りに行かないか」
 そしてクラスが集まってきた。
「おー、良いな。でも 取りに行くの、一人で十分だろ。全員行くと逆に迷惑になるぞ」
「じゃあ、じゃんけんで決めるか」
 ということで、クラスの男子でじゃんけん大会がスタート。
 ふっ、勝った。
 俺は かつて、セルニアがバイトしたメイド喫茶のじゃんけん大会で優勝した経験があるのだ。
 あの時の闘志を思い出せ。
 皆の者よ、恐れ戦け。
 動かないマンガ家を!
 開け! 天国の扉!


「じゃあ、餅 全員分 よろしくなー」
 俺は惨敗し、クラスメイトに見送られながら、一人餅を取りに向かった。
 シクシク。
 俺は 一人 寂しく、餅つきが行われている 池の広場へ、とぼとぼ歩いていると、後ろから、
「おーい」
 宮がやって来た。
「宮、どうした?」
「餅 持ってくるの手伝ってあげるよ」
「え? いいの? ありがとう」
「一つ貸しね」
「あいよ」
 そして俺達は餅配りの所へ到着した。
 餅の受け取りは、そんなに混んでいなかったこともあって、スムーズに終わった。
 餅一つも5センチ程度の大きさで、重さも二人で持てば、大したことはなかった。


 戻る途中、山から街を見下ろせる、池の畔のところに来た。
「綺麗だね」
 宮の言うとおり、街の夜景が綺麗だった。
 そして、夜景は 社畜の残業によって出来ているという現実を、純真な眼で うっとりと眺めている宮に伝えるほど、俺は無神経ではなかった。
 こういうことは、心の中にしまっておくのが賢明。
 山の麓のところで、なにかのライブコンサートが行われているのか、音楽と喧噪が聞こえてくる。
 カウントダウン・ライブをしているようだ。
 宮が、
「この曲、エンジェル・プリンスだ。こんな近くでコンサートしてたのか。情報不足だったー」
 とか嘆いている。
 なお、歓声の中に、
「いやぁーん! 地上に舞い降りた天使の王子さまぁーん!」
 上永先生の声が混ざっているような気がするのだが、気のせいだということにしておこう。


「憶えてる? 松陽祭の少し前に、エンジェル・プリンスのCD買いに行った時のこと。あれから もう一ヶ月以上経ってるんだね」
「文化祭が十一月だから、もう一ヶ月半か。時間が経つのは早いな」
「あの時は迷子の男の子で大変だったね」
「俺に保育士は絶対に無理だと思った」
「あはははー。確かに。
 君と知り合ってもう半年になるんだね。あの時は君とこんなに仲良くなるなんて思わなかったよ」
 夏のロンドン・ピアノコンクールで出会って半年。
 あの時は宮が、松陽高校に転入してきて、再会するとは思っていなかった。
 ましてや、球竜 宮がこのゲームの世界のヒロインだとは。
 あれから ずっと 俺は、セルニアと宮の関係に気をつけているけど、二人は仲が良い。
 セルニアと球竜 宮が仲違いして、険悪な関係になる兆候はない。
 このまま、何も起きずに済むと良いんだけど。


 エンジェル・プリンスの歌が一区切り付いた。
「そろそろ 戻ろっか。みんなを待たせると悪いし」
 その時、宮が男にぶつかった。
「気をつけろ」
 そう言い捨てて、男は去って行った。
「ちょっと、あんた」
 俺が一言 言ってやろうとしたが、男はそのまま去って行き、姿が人混みに消えた。
「くそ、どこにでも迷惑な人間はいるもんだな。大丈夫か、宮」
 宮が青い顔をしていた。
「……かんざし……」
「え?」
「おばあちゃんの形見のかんざしが、池に落ちちゃった」
 よく見ると、宮の頭に飾っていたかんざしがない。
 池の水面に波紋が漂っている。
 早くしないと。
 俺はシューズと靴下を脱ぐと、池に入る。
「ちょっと!? 何してるの?!」
 宮が悲鳴のような声を上げた。
「大丈夫、この池はそんなに深くないから。それに ぶつかった拍子に落ちたんなら、そんなに遠くへは落ちていないはずだ。この辺りの浅瀬にあるはず」
「で、でも、今 気温は零度なんだよ。その水、物凄い冷たいのに」
「大切な形見なんだろ。あると分かってるのに、探さないわけに行かないだろ」
「でも……」
「良いから待ってろって。すぐに見つかるから」
 俺は凍り付きそうな水温の中に手を突っ込み、暗闇の中 手探りでかんざしを探し始めた。


 10秒ほど底の泥を探っていると、指になにかの金属の感触がした。
 見つけたか。
 だが違った。
 それはダイアモンドの指輪だった。
 貴金属店に売れば高値が付きそうだったが、しかし ラブ フォーエバーと彫られている箇所がナイフか何かで削られ、代わりに 裏切り者 と書かれていた。
 俺は思いっ切り良く投げ捨てた。
 次はプレートのついたブレスレットを見つけた。
 プレートには愛しのダーリンと描かれていたが、それが削られ、代わりに 復讐してやる と書かれていた。
 俺はすかさず放り投げた。
 さらにハートのネックレスを発見した。
 ハートの所に、NTRされた と書かれていた。
 俺は全力投球した。
 藤姫さま、なんか貴方の山の池、裏切りに満ちているんですけど。
 俺は泣きたくなってきた。


 十分が経過し、だんだん冷たさで手足の感覚がなくなってきた。
 おまけに その後も、裏切りの数々の証拠品が出てきて、俺は本気で泣いてきたが、池から退却するわけにはいかない。
 一度出れば、心理的に二度とは入れなくなるだろう。
 大まかな場所は分かっているんだ。
 必ず見つけてやる。
 宮が泣きそうな声で、 
「も、もう良いよ。それ以上 池の中にいたら、君の足 凍傷になっちゃう」
「大事な物なんだろ。絶対見つけないと」
「でも 君、涙まで出てるじゃない。そこまで我慢しなくて良いから」
「この涙は 水の冷たさとは まったくもって関係ないから 気にしなくて良い」
「意地張らないで」
「意地じゃないんだ。女の子を泣かせてはいけない。俺はそう約束したから」
 そうだ、前世の妹に誓ったんだ。
 もう、誰も泣かせないと。
 その時、指先になにかを感じた。
 この感触、間違いない。
 その物体を取り出すと、泥だらけになった、宮のかんざしだった。
「あった。あったぞ!」
 俺は急いで池から出た。
「これで間違いないよな」
 俺が手渡すと、
「うん、ありがとう。本当にありがとう」
 宮は涙ぐんでいた。
 女の子の涙は真珠というが、今の俺はそれに感動している余裕はなかった。
 手足がマジで寒い。
 感覚がほとんどなくなっている。
 ハンカチで水を拭き、靴下と靴を履く。
 少しマシになった。
「さて、みんなに餅を持って行こう。すっかり遅くなった」
「うん、そうだね。みんなの所へ帰ろう」
 宮は涙を拭って、笑顔で答えた。


 そして 宮は かすかに呟いた。
「どうしよう? 本気になっちゃった」


 俺達がみんなの所に戻ると、みんなは一斉に、
「「「遅いぞ」」」
「すんません」
 五十嵐がなにやら怪しそうな眼で俺を見る。
「おまえ、球竜さんに変なことしてたんじゃないだろうな?」
 しかし、それを海翔が笑顔で否定する。
「無理だよ。そんな度胸ないから」
「それも そっかー」
「納得するなよ」
 俺のツッコミは無視された。


 で、みんなに餅を配り、俺はセルニアにも渡そうとしたのだが、
「吉祥院さまに近づかないで」
「お餅は私たちが渡しますぅ」
「……バイキン」
 シクシク。
 なんかマジでガードが堅すぎる。


 時間はもうすぐ午前午後零時。
 カウントダウンが始まろうとしていた。
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