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十七話
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ゴウリュウ親子が捕らえられてから三日が経過し、財産の移動は滞りなくリョホウに移り、村人の借金は全て帳消しとなった。
その間、幸い犠牲者が増えることはなった。
だが妖魔は発見されないままで、当然退治されることもなく、その日も闇が支配する時刻が訪れる。
いつもと変わらず見張りが立てられている。
その中にリョホウが混じっていた。
村人の中には妖魔は偶然通りかかっただけで、この地域にはいないのだという者もいたが、リョホウはそんな楽観的にはなれなかった。
災難というのはひどく身近に、そして突然容赦なく一方的に襲って来るものだ。
もう大丈夫だと安心したときを見計らって。
「あんたまで見張りに入ることないのにな」
カイウが声をかけた。
前回の見張りから回復したと自分から申請して、再び見張りに入った。
実際一人でも人手が欲しい状況では、カイウの申し出はありがたく承諾された。
逆にリョホウに関しては、恩人に危険な任につかせたくないので、見張りから外して欲しいという、村人の要望が村長に申請されていた。
しかしリョホウは自分から見張りに立つことを申し出た。
「みんなの義務ですから。僕だけ特別扱いになるのは。それにカイウさんもちゃんと見張りをしています」
責任感が強いのか、あるいは他人を気遣うからなのか。少なくともリョホウのそれは、偽善ではなく本心からだ。
だからせっかくの利権を手放すことに、躊躇いがない。
カイウは不意にリョホウから目をそらした。
なにか後ろめたいことがあるかのように。
だが、なぜそんなふうに思うことがあるのか、リョホウには心当たりがなかった。
強いて上げるなら、借金を帳消しにしたことだろうか。
カイウは酒瓶を呷り、リョホウへ差し出したが、首を振って断った。
代わりに兵士へ向けると、彼は喜んで受け取った。
夜は寒い。
「ありがとう」
兵士は一口服務と、感謝を告げて酒瓶を返す。
カイウが妖魔に襲われた時、自分の身を省みず助けに行った兵士だ。
幸いというべきなのか、その妖魔はゴウリュウが警衛と称して雇ったゴロツキのお芝居だったため、大怪我せずにすんだ。
本物の妖魔だったら、あるいは命はなかっただろう。
妖魔に対して普通の人間は太刀打ちできない。
彼自身、救出に向かう時それを理解していたはずだが、それでも村人を守るために戦う勇敢な兵士だ。
「うん? なんだろう?」
リョホウは村の外へ眼を向けると、怪訝な声を上げた。
声を聞いた兵士とカイウも、リョホウの視線を追い、以前ゴロツキの妖魔に襲われたと時と同じように、柵の向こう側へ目を凝らす。
闇の中に誰かが動いたような気がした。
しかしこんな夜中に村人が村の外へ出るはずがない。
立ち上がって目を凝らす。
三日月の白い光と、警備のために焚かれている篝火の赤い光が、周囲に明かりをもたらしているが、村の外には仄かに影を移すだけだ。
それでも誰かの後姿が見えた。
村から遠ざかって行き、すぐに光も届かない闇へ消えた。
「メイリン?」
リョホウは疑念に思いながら呟いた。
だがそれが見間違いだとは決して考えなかったし、自分が見間違えることなどありえなかった。
どうしてこんな危険な時に、それも夜に出歩くのか?
いったいなにを考えているのか?
いや、なにも考えられない状態にされているのでは。
妖魔はこの世ならざる力を持つ。
もし、妖魔がその力を使ってメイリンが自分から餌食になるようにしているのならば。
慄然としてリョホウは櫓からすぐに下り降りはじめた。
「なにが見えた?」
梯子を急いで降りるリョホウに兵士が聞く。
「メイリンが! 妻がいた! 村の外だ!」
焦燥混じりの返答に、リョホウがそれまで見ていた闇へ改めて視線を向ける。
だが、そこにはなにも見えず、隣のカイウに聞く。
「本当か?」
「見間違いってことも……おい! 待つんだ、リョホウ!」
危険を顧みずに柵の向こうへ走り出したリョホウに、カイウは制止の声を上げるが、リョホウは構わずに走った。
兵士はなにかの姿は見えなかったが、リョホウを一人で向かわせるわけには行かない。
すぐに後を追って梯子を降り始める。
カイウはどうしていいのかわからず、櫓の上でおろおろと佇んでいた。
リョホウは村で焚かれる炎の明かりが届かない距離まで走ったが、当然そんな場所では、周囲に誰かがいてもその姿も見えない。
リョホウは必死に目を凝らしたが、妻の姿は闇の中へと消えていた。
「……そんな」
夜の闇はすべてを断絶するように視界を閉ざす。
早くメイリンを見つけなければ、悪い予想が現実になるかもしれない。
焦燥に駆られるリョホウは、しかし自分だけでは対処できないと判断した。
急いで宿で待機しているフェイア道士の力を仰がなければ。
櫓に残っていたカイウが、兵士の指示で鐘を鳴らし、警鐘が村中へ響く。
リョホウは直接宿へ向かって全速力で走った。
寝静まっていた村人たちが起きて外へ出始め、まだ寝惚けている者と、すでに警戒感をあらわに武器を手にしている者が、外に出始めていた。
リョホウが宿に到着すると、お茶を飲んでいたのか食堂のテーブルの一つに、一式がそろえられていた。
そこでフェイア道士とコウライが、戦いの身支度を整えていた。
そしてお茶の片づけをしていたユイハが、息を切らせて飛び込んできたリョホウに目を丸くし、コウライは鋭い視線を向けた。
「なにがあった?」
「メイリンが、メイリンが……」
「メイリン? メイリンなら奥で寝てるけど」
「違うんだ、メイリンが村の外に……」
しかし不意にそのメイリンの声が遮った。
「あなた、どうしたの?」
騒ぎを聞いたのか、奥からメイリンが現れた。リョホウは一瞬呆気にとられて、しかし確かにメイリンだとわかると、リョホウは駆け寄って愛しい妻を抱き寄せた。
「きゃっ」
メイリンは驚いたように短い声を上げたが、しかし夫の腕を解いたりはしなかった。
妻の温もり。
離したくない。
無くしたくない。
「あなた、人前で」
しばらくして、リョホウは困惑する妻への強い抱擁を緩めると、その顔を覗き込む。
その瞳は明確な自我と意思を持ち、なにかに操られているような翳りは見えない。
「よかった」
安堵の息を深く吐くリョホウは、怪訝に思う。
では、あの後姿は誰のものだ?
コウライはリョホウから事の次第を聞くと、休んでいる兵士を叩き起こして、目撃した場所へ赴いた。
起こされた兵士は事情を聞いて警備へ向かったが、一人が、見間違いとしか思えないような報告に来たリョホウに、恨めしそうな視線を向けていた。
村中の人間が起こされ、誰かいなくなった者はいないか確認作業が行われ、同時に村の周囲を探索した。
そして夜が明ける頃、リョホウの報告が正しかったことが判明した。
新たな犠牲者が発見された。
その間、幸い犠牲者が増えることはなった。
だが妖魔は発見されないままで、当然退治されることもなく、その日も闇が支配する時刻が訪れる。
いつもと変わらず見張りが立てられている。
その中にリョホウが混じっていた。
村人の中には妖魔は偶然通りかかっただけで、この地域にはいないのだという者もいたが、リョホウはそんな楽観的にはなれなかった。
災難というのはひどく身近に、そして突然容赦なく一方的に襲って来るものだ。
もう大丈夫だと安心したときを見計らって。
「あんたまで見張りに入ることないのにな」
カイウが声をかけた。
前回の見張りから回復したと自分から申請して、再び見張りに入った。
実際一人でも人手が欲しい状況では、カイウの申し出はありがたく承諾された。
逆にリョホウに関しては、恩人に危険な任につかせたくないので、見張りから外して欲しいという、村人の要望が村長に申請されていた。
しかしリョホウは自分から見張りに立つことを申し出た。
「みんなの義務ですから。僕だけ特別扱いになるのは。それにカイウさんもちゃんと見張りをしています」
責任感が強いのか、あるいは他人を気遣うからなのか。少なくともリョホウのそれは、偽善ではなく本心からだ。
だからせっかくの利権を手放すことに、躊躇いがない。
カイウは不意にリョホウから目をそらした。
なにか後ろめたいことがあるかのように。
だが、なぜそんなふうに思うことがあるのか、リョホウには心当たりがなかった。
強いて上げるなら、借金を帳消しにしたことだろうか。
カイウは酒瓶を呷り、リョホウへ差し出したが、首を振って断った。
代わりに兵士へ向けると、彼は喜んで受け取った。
夜は寒い。
「ありがとう」
兵士は一口服務と、感謝を告げて酒瓶を返す。
カイウが妖魔に襲われた時、自分の身を省みず助けに行った兵士だ。
幸いというべきなのか、その妖魔はゴウリュウが警衛と称して雇ったゴロツキのお芝居だったため、大怪我せずにすんだ。
本物の妖魔だったら、あるいは命はなかっただろう。
妖魔に対して普通の人間は太刀打ちできない。
彼自身、救出に向かう時それを理解していたはずだが、それでも村人を守るために戦う勇敢な兵士だ。
「うん? なんだろう?」
リョホウは村の外へ眼を向けると、怪訝な声を上げた。
声を聞いた兵士とカイウも、リョホウの視線を追い、以前ゴロツキの妖魔に襲われたと時と同じように、柵の向こう側へ目を凝らす。
闇の中に誰かが動いたような気がした。
しかしこんな夜中に村人が村の外へ出るはずがない。
立ち上がって目を凝らす。
三日月の白い光と、警備のために焚かれている篝火の赤い光が、周囲に明かりをもたらしているが、村の外には仄かに影を移すだけだ。
それでも誰かの後姿が見えた。
村から遠ざかって行き、すぐに光も届かない闇へ消えた。
「メイリン?」
リョホウは疑念に思いながら呟いた。
だがそれが見間違いだとは決して考えなかったし、自分が見間違えることなどありえなかった。
どうしてこんな危険な時に、それも夜に出歩くのか?
いったいなにを考えているのか?
いや、なにも考えられない状態にされているのでは。
妖魔はこの世ならざる力を持つ。
もし、妖魔がその力を使ってメイリンが自分から餌食になるようにしているのならば。
慄然としてリョホウは櫓からすぐに下り降りはじめた。
「なにが見えた?」
梯子を急いで降りるリョホウに兵士が聞く。
「メイリンが! 妻がいた! 村の外だ!」
焦燥混じりの返答に、リョホウがそれまで見ていた闇へ改めて視線を向ける。
だが、そこにはなにも見えず、隣のカイウに聞く。
「本当か?」
「見間違いってことも……おい! 待つんだ、リョホウ!」
危険を顧みずに柵の向こうへ走り出したリョホウに、カイウは制止の声を上げるが、リョホウは構わずに走った。
兵士はなにかの姿は見えなかったが、リョホウを一人で向かわせるわけには行かない。
すぐに後を追って梯子を降り始める。
カイウはどうしていいのかわからず、櫓の上でおろおろと佇んでいた。
リョホウは村で焚かれる炎の明かりが届かない距離まで走ったが、当然そんな場所では、周囲に誰かがいてもその姿も見えない。
リョホウは必死に目を凝らしたが、妻の姿は闇の中へと消えていた。
「……そんな」
夜の闇はすべてを断絶するように視界を閉ざす。
早くメイリンを見つけなければ、悪い予想が現実になるかもしれない。
焦燥に駆られるリョホウは、しかし自分だけでは対処できないと判断した。
急いで宿で待機しているフェイア道士の力を仰がなければ。
櫓に残っていたカイウが、兵士の指示で鐘を鳴らし、警鐘が村中へ響く。
リョホウは直接宿へ向かって全速力で走った。
寝静まっていた村人たちが起きて外へ出始め、まだ寝惚けている者と、すでに警戒感をあらわに武器を手にしている者が、外に出始めていた。
リョホウが宿に到着すると、お茶を飲んでいたのか食堂のテーブルの一つに、一式がそろえられていた。
そこでフェイア道士とコウライが、戦いの身支度を整えていた。
そしてお茶の片づけをしていたユイハが、息を切らせて飛び込んできたリョホウに目を丸くし、コウライは鋭い視線を向けた。
「なにがあった?」
「メイリンが、メイリンが……」
「メイリン? メイリンなら奥で寝てるけど」
「違うんだ、メイリンが村の外に……」
しかし不意にそのメイリンの声が遮った。
「あなた、どうしたの?」
騒ぎを聞いたのか、奥からメイリンが現れた。リョホウは一瞬呆気にとられて、しかし確かにメイリンだとわかると、リョホウは駆け寄って愛しい妻を抱き寄せた。
「きゃっ」
メイリンは驚いたように短い声を上げたが、しかし夫の腕を解いたりはしなかった。
妻の温もり。
離したくない。
無くしたくない。
「あなた、人前で」
しばらくして、リョホウは困惑する妻への強い抱擁を緩めると、その顔を覗き込む。
その瞳は明確な自我と意思を持ち、なにかに操られているような翳りは見えない。
「よかった」
安堵の息を深く吐くリョホウは、怪訝に思う。
では、あの後姿は誰のものだ?
コウライはリョホウから事の次第を聞くと、休んでいる兵士を叩き起こして、目撃した場所へ赴いた。
起こされた兵士は事情を聞いて警備へ向かったが、一人が、見間違いとしか思えないような報告に来たリョホウに、恨めしそうな視線を向けていた。
村中の人間が起こされ、誰かいなくなった者はいないか確認作業が行われ、同時に村の周囲を探索した。
そして夜が明ける頃、リョホウの報告が正しかったことが判明した。
新たな犠牲者が発見された。
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