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三章・いきなりですが冒険編

越えられない壁

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 わたしと悪友は、お茶を入れ直して一息ついた。
 そして悪友が思い出すように、
「たしか、あんたが女神の神殿の島から、陸に戻ってきた頃に、あたしがあんたの携帯電話に連絡を入れたのよね」
「そうよ。まさか、冒険者ギルドからのわたしへ連絡係を、あんたがやるなんて」
「だって、冒険者ギルドで あんたと関係がある人間って、あたしだけなんだから」
「まあ、そうだけどさ」
「それで 確か あの連絡は、西の王国へ行けっていう話だったわよね。
 西の王国で活動している冒険者が、魔物の小部隊を目撃したって言う報告をしてきてたのよ。それも複数。
 大魔王軍の侵略が始まったって焦った人もいたけど、その時点では、それは まだだったのよね。
 でも、徐々に集まってきてるって感じで、西の王国の付近で大軍を編成して、近いうちに侵攻を開始するんじゃないかって、ギルドの幹部は分析してたの。
 それで、とりあえず あんたたちに西の王国に向かってもらったんだっけ」
「そうそう。西の王国は馬で一週間ほどで到着するんだけどさ。
 でも、その途中でわたしたち、もっととんでもない事態に遭遇してしまったのよ」


 わたしたちが西の王国に向かって馬で道を進んでいると、進行方向に誰かがいた。
 その人物は手の平をこちらに向けると、
「衝撃波!」
 魔法で衝撃波を放ってきた。
 それに対し、勇者の童貞オタク兄貴が咄嗟に、
雷光電撃ライトニングボルト!」
 雷で迎撃して相殺した。
 だけど、その相殺位置は わたしの至近距離で、余波の衝撃でわたしは馬から落とされ、お尻から地面に落ちる。
「げふぅ!」
 と いう下品な声は、わたしのお尻の下から。
「聖女さま、苦しいです」
 わたしはお尻の下にいたのは、オッサン。
 余波で先にオッサンが落ちて、その上にわたしが落ちたのだ。
「オッサン、ありがとうございます。メタボの身体がクッションになってくれました。でも脂肪のブニブニした感触が気持ち悪くてたまりません」
「感謝しているのか けなしているのかどっちです?」
 などとオッサンと言っていると、衝撃波を放ってきた人物が、いつのまにか かなり近くまで接近していた。
 その人物を見て、童貞オタク兄貴が驚愕の声を上げる。
「魔王ではござらんか!」
 魔王って……
 いきなり魔王?!
「久しぶりだな、勇者」
 魔王は威厳たっぷりに腕組みしている。
「おまえに一度は倒された俺だが、大魔王様のお力によって、こうして復活したぞ。
 しかも、以前よりレベルアップしてな。
 勇者よ。貴様にならわかるはずだ。今の俺は、おまえよりも強い!」
 確かに、魔王から感じる力は、以前 童貞オタク兄貴が雷電白虎になったときよりも上だと感じる。
 魔王は不敵な笑みで、
「ふふふ。勇者よ。それに竜戦士。そして聖女。大魔王様の命により、魔王である俺が直々に貴様らを始末しに来た。
 大魔王様の崇高なる理想の実現を阻む者は、早めに摘み取るに限る。
 妖術将軍を退けた貴様らの力を、大魔王様は甘く見てはいない。だから大魔王軍最強にして 大魔王軍元帥の、この俺様に命が下ったのだ」
 それで いきなり魔王の登場ってわけ。
 だけど、魔王は一人だ。
 こっちには勇者の童貞オタク兄貴の他に、竜戦士の中隊長さんがいる。
 オッサンは役立たずなのでカウントしない方向で。
 わたしは二人に、
「兄貴、中隊長さん。チャンスです。ここで魔王を倒せば、大魔王の戦力を大きく減らせます。しかも元帥って、最高司令官の事じゃないですか。大魔王軍の指揮系統が正常に機能しなくなって、大打撃を与えられますよ。
 さあ 兄貴、雷電白虎になって。それに中隊長さんも、竜戦士の力を発動してください。」
 しかし中隊長さんは、
「そ、それが……」
「どうしました?」
「力が使えないんだ」
「……はい?」
「島から竜戦士の力を使いこなせるようにと、練習をしようとしていたのだが、どういうわけか竜戦士の力を発揮できないんだ」
「え?!」
 それ、どういうこと?
 聖女の力で秘められた竜戦士の力に覚醒したんじゃなかったの?
「どうしてそれを早く言ってくれなかったんですか?!」
「すまない。あと二 三日ほど様子をみてから話すつもりだったんだ。まさか こんなに早く魔王と戦うことになるとは思わなかった」
 魔王が高笑いする。
「ハハハハハ!
 新しき竜戦士は自分の力を使いこなせていないのか! それは好都合だ! 確実に始末することができるからな!」
 落ち着け。
 中隊長さんが竜戦士の力を使えなくても、まだ勇者の童貞オタク兄貴がいる。
 一度は倒した相手だ。
 それなりの戦いができるはず。
 兄貴が相手になっている間に、なにか作戦を考えれば。
「兄貴、とりあえず雷電白虎になって、時間稼ぎをして。その間に魔王を倒す方法を考えるから」
 しかし童貞オタク兄貴は、足が震えていて、明らかに魔王に威圧されてしまっている。
「ちょっと! どうしたのよ?! 魔王とそんなにレベル差があるの!?」
「違う……違うのでござる……」
「違うって、なにが?」
「拙者にもわからないでござる。この魔王は、確かに以前に比べてレベルアップしているでござる。
 しかし それは、 けして 手も足も出ないような力量差ではないでござる。中隊長殿と宮廷魔術師殿が援護してくれれば、対等の戦いができるでござる。
 それなのに、そのはずでござるのに、勝てる気がしないでござる。まるで勝てる気がしないのでござるよ。
 魔王から感じるのは、戦いの力だけではないでござる。もっと根源的な、男として圧倒的な超えられない壁を感じるのでござる」
 なによ それ?
 全然 意味がわからない。
 魔王にいったいなにがあるというの?
 わたしはオッサンに、
「魔王になにがあるのか、魔法で解析とかできないんですか? 銀の月光の称号の実力を少しは見せてください」
 オッサンは諦めの表情で、
「魔法の必要ないです。魔法を使わなくても、僕 わかりましたです。この人には勝てない理由がわかってしまいましたです」
「え? わかったんですか? なら教えてください。魔王になにがあるんですか?!」
「それはですね、この人はですね……」
 オッサンは端的に言葉にした。



「非童貞なんです」


「……」
 ……
「……」
 わたしは眉間を指で押さえて、
「えっと……もう一度 言ってもらえますか」
「聞こえなかったんですか?」
「耳には届きましたけど、心には届かなかったんです」
「だから、魔王は非童貞だと……」
 わたしはオッサンの胸ぐらを掴み、
「ふざけてる場合じゃないんですよ! 真面目にやってください!」
 魔王が高笑いする。
「フハハハハハ!
 聖女よ! 女の貴様には理解できまい! 男にとって童貞か非童貞かは絶対的な差なのだ!」
 え?
 マジでそんなことなの?
「勇者よ。以前 貴様と戦った時、俺はまだ童貞だった。
 魔王という責任ある立場ゆえ、みだりに女に手を出すわけにはいかなかったのだ。
 しかも魔王としての仕事も忙しく、恋愛をする暇もない。
 童貞卒業は夢のまた夢だった。
 そして 俺は、男として一皮剥けないまま、貴様と戦うこととなり、そして敗れた。
 だが、大魔王様が俺を成長させてくださった。
 そう! 俺は大魔王様に筆下ろししていただいたのだ!」


 大魔王は女!


 勇者の童貞オタク兄貴は膝から崩れ落ちた。
「もう、ダメでござる。童貞が非童貞に勝てるわけがないでござる」
 いやいやいや!
 なんでそこが重要なの!?
 大魔王の性別が問題でしょ!
「中隊長さん! あなたは大丈夫ですよね!?」
 しかし中隊長さんは、力なく手にした剣を落とした。
「ダメだ……童貞の俺には勝ち目がない」
 ちょっとー!
 なんで そんなことで勝敗が決まってるんですか?!
「シクシク、シクシク」
 そしてオッサンが泣き出した。
「結局、死ぬまで童貞でしたです」
 だから なんで おまえら みんなして 童貞か非童貞かを問題にしてんだよ!?


 悪友は左右非対称の半笑いで説明する。
「男にとって、童貞を卒業したかどうかは、死活問題らしいわよ。女の私たちには理解できないけど」
「理解したくもないわ」


 魔王は一皮剥けました。
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