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二章・色々な日々

マイシスター

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 勇者がこの国に来るそうだ。
 勇者。
 五年前のこと、魔王が現れ、魔王軍の世界征服が始まったが、どこからともなく現れた勇者が単独で魔王を討ち滅ぼした。
 勇者は英雄として世界中で称えられ、現在も魔物退治の旅を続けているという。
 その勇者がこの国に来る。
 そして わたしに会いたいというのだ。
 なんと、勇者は わたしの描いたマンガのファンなのだそうだ。
 それで作者に是非とも直接 会いたいと、この国に来るという。
 感激だ。
 勇者さまが わたしのマンガのファンだなんて。
 王宮にて皆が揃う中、王さまに呼ばれた わたしも出席する。
 勇者さまかぁ。
 どんな人なんだろう?
 わたしの隣にいる中隊長さんが、
「勇者に興味があるのかい?」
「もちろんです。魔王軍を単独で打ち破った、現代の生きる伝説。そんな人が わたしのマンガのファンなのですから」


「勇者様のご到着です」
 勇者さまの登場を知らせる声。
 そして現れたのは……
 なんか平凡な容姿の男の人だった。
 中肉中背の冴えない二十代後半くらいの男の人。
 いえ、人は見かけによらない。
 勇者なんだからきっと素晴らしい人のはず。
 その勇者さまは国王さまにいきなり質問した。
「七つの竜の玉を集める話を描いている作者はどこにおられるでござるか?」
「そ、そこにおるが……」
 わたしを示す国王さまも、ちょっと面食らったような感じ。
 その勇者さまは わたしに視線を向けた途端、クワッ! っと表情が豹変し、
「見つけたでござる!」
 ダダダ! と わたしのところへ走ってくる。
「ええ?! なに!? なになになに?!」
 わたしのところに来た勇者は、そのまま わたしを抱きしめた。
「会いたかったでござるよ!」
「ちょっと!? なにをするんですか?! いくら勇者さまでも失礼でしょう! 国王さまもおられるのですよ!」
 勇者は わたしを放すと、引くぐらいの歓喜の笑顔で、
「マイシスター!」
 ……え?
 今の英語?
「勇者さま、どうしてあなたがその言葉を?」
「拙者でござる! 拙者でござるよ マイシスター! 愛しの兄でござる!」
 今度は日本語でそう言う勇者。
 兄って……まさか……
「童貞オタク兄貴?」
「そうでござる! そのとおりでござる! 愛しの兄でござる! 会いたかったでござるよ マイシスター!」
 マジかよ。
 悪友に続いて童貞オタク兄貴まで転生してたなんて。
「でも、なんで わたしだってわかったの? 前世とは容姿が全然 違うのに」
「勇者の力のおかげでござる。勇者の力は魂を見通すことができるでござる。だから愛しのマイシスターを見つけるために勇者の力を手に入れたでござる」
「魔王を倒すためじゃないの?」
「それはついで でござる」
 ついで で魔王は倒されたのか。
「七つの竜の玉を集める話と聞いて、作者も転生者に違いないと思ったでござる。そして それが もしかするとマイシスターかもしれないと、この国に来たでござるよ。願いは神に届いたでござる!」
 童貞オタク兄貴は わたしの前に跪くと、わたしの手を取り、
「さあ、愛しのマイシスター。拙者の童貞を受け取ってくだされ」
「いきなり何言い出すのよ!? この変態アホ兄貴!」
「拙者は前世の心残り、愛しのマイシスターと禁断の初体験を果たすために転生したでござる。
 そのためにWEB小説とかでよくある転生物に全ての希望をかけて童貞を守ったのでござる。
 そして 愛しいマイシスターと再会するために、愛の力で二十三回 転生したでござる」
「二十三回?! あんた二十三回も転生したの?!」
 どういう執念よ!
「そのとおりでござる。その全てで童貞を守ったでござるよ、マイシスター」
「いくらなんでも諦めて童貞卒業しなさいよ!」


「あの……」
 中隊長さんが不愉快そうに頬をピクピクとさせながら、
「さっきから異国の言葉で親しそうに話をしているが、君は勇者と知り合いなのかい? それに異国の言葉の中にマイシスターとあるが、それはどういう意味なのかな? なんだか不愉快な響きを感じるのだが」
 童貞オタクアホ兄貴がこの世界の言葉で、
「マイシスターとは、親しい女性に呼びかける言葉でござる」
「し、親しい女性だと」
 中隊長さんの表情が険しくなった。
 そんな中隊長さんにアホ兄貴はさらに、
「マイシスターに拙者の童貞を受け取ってもらうためにこの国に来たでござるよ」
「ど、童貞を受け取ってもらうだと!?」
「その通りでござる。拙者の初体験はマイシスターと生まれる前から決めていたでござるよ」
「そんなことは俺が許さん! たとえ勇者であっても彼女は渡さない! 彼女は俺が幸せにする!」
「ふっ、部外者がしゃしゃり出てきたでござるな。
 貴殿が何を言おうとも、これは運命でござる。
 拙者の童貞をマイシスターに捧げ、そしてマイシスターの処女を手に入れるでござる。
 これは生まれる前から決まっていたことなのでござるよ」
 得意気な童貞オタクアホ兄貴に わたしは告げる。
「わたし 処女じゃないわよ」
「……え?」
 呆けた顔になったアホ兄貴。
「ちょっと色々あって、処女じゃなくなったというかなんというか」
「そ、そんな……」
 愕然として膝から崩れる童貞オタクアホ兄貴。
 中隊長さんが勝ち誇った顔で、
「彼女が純潔ではないだけでそうなるとは。所詮 貴様の愛とはその程度のものだ!」
「……う……うぉおおおおお!」
 アホ兄貴が気力を振り絞り立ち上がった。
「たとえマイシスターが処女でないにしろ 拙者はまだ童貞でござる! 拙者の童貞を捧げるのは愛しいマイシスターだけでござる!
 勝負を申し込むでござる!
 拙者と貴殿、どちらが彼女に童貞を捧げるか勝負で決めるでござる!」
「いいだろう。その勝負、受けて立つ!」


 皆の前でなんか変な勝負が始まった。
 っていうか、中隊長さん 童貞だったんだ。
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