8 / 19
エメラルドの輝きは誰にも負けない
ションバーグ公爵家
しおりを挟む
ターラント孤児院からションバーグ公爵家に引き取られたティモシーは、名をティモシー・ラッセル・ションバーグと改めて生活していた。
実父であるドノヴァンから、貴族となるのだからそれらしい名前にとミドルネームにティモシーの祖父に当たる存在の名前を付けられたのだ。
鏡の前に映るのは、セットされた栗毛色の髪にエメラルドの目の十二歳の少年。まさしくティモシーであるのだが、ティモシーは自分が自分でないような気がした。
(シンシアが見たらどう思うかな……? 別人みたいって言われるだろうか?)
ティモシーのエメラルド目はどこか悲しげだった。
ションバーグ公爵家に引き取られてから早二年。
ティモシーは初恋であり最愛の少女ーーシンシアのことを一秒も忘れたことはなかった。
引き取られた当初、ティモシーはシンシアに手紙を出そうとした。しかしドノヴァンからは平民や孤児に手紙を書くのは貴族としてみっともないと言われ、手紙を書かせてもらえなくなってしまった。
(シンシア、体調は大丈夫だろうか? また風邪や喘息発作を起こしていないかな? ちゃんと食べているだろうか? ……シンシアに会いたい)
ティモシーはその想いを持て余していた。
ティモシーにとって、ションバーグ公爵家での生活はまるで牢獄のようであった。
貴族としてプライドが高く見栄っ張りのドノヴァンからは、厳しい家庭教師がつけられどこからどう見ても貴族として見られるような教養や振る舞いを身に付けさせられた。
更に期待されるレベルに達していなかったら体罰などの折檻も当たり前のように行われていた。
引き取られた当初、ティモシーはこんな場所から逃げ出したいと思い、隙を見て家出してみた。しかしすぐにションバーグ公爵家関係者に捕まり、連れ戻されては折檻される日々だった。
そのうち脱走するのはやめたティモシー。
(ここから逃げ出す以外でシンシアに会う方法はないだろうか……?)
どんな仕打ちを受けても、シンシアとの再会を絶対に諦めていないティモシーだった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
夕食中、カトラリーが落ちる音がした。
「おいティモシー、俺のフォークが落ちた。半分獣の血が流れてるお前が拾え」
厭らしい笑みを浮かべてニヤニヤしながらそう言うのはションバーグ公爵家長男でティモシーの義兄となったラザフォード。ティモシーより六つ上の十八歳である。
ブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の少年である。
ティモシーの母は一応上流階級の人間ではあるが、貴族ではなくジェントリと呼ばれる平民である。
ラザフォードにとって平民は獣同然のようだ。だから彼はティモシーのことを『半分獣の血が流れている』だったり『半獣』と言って侮蔑している。
ティモシーは黙ってラザフォードが落としたフォークを拾おうとする。その時、ラザフォードはわざとティモシーの手を踏んだ。
痛みに表情を歪めるティモシー。
「おい、どうした? やっぱり半獣だから動きが鈍いな」
ニヤニヤと蔑んだ笑みのラザフォード。
ここでラザフォードに言い返したり刺激すると碌なことが起こらないので、ティモシーは黙って耐えるしかなかった。
「ティモシー、お前は外で舐められないようにしろ。ションバーグ公爵家を貶めるようなことをするな」
一応実父であるドノヴァンは世間体にしか興味がない。アッシュブロンドの髪に、ティモシーと同じエメラルドのような緑の目。しかし、そのエメラルドの目はティモシーとは似ても似つかないようであった。
そしてその隣にいるドノヴァンの妻でションバーグ公爵夫人のグレンダ。ブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の、どこか冷たい雰囲気の女性。ラザフォードの実母で、ティモシーにとっては義母なのだが、彼女は子供達に全く興味を示さない。それどころか夫であるドノヴァンにすら無関心であった。
彼女とドノヴァンは政略結婚で、ドノヴァンに対して全く愛がなかった。長男のラザフォードと亡くなった次男を生んでからは解放されたように愛人と楽しく過ごしているそうである。
この時代、貴族は恋愛結婚など皆無で家同士の繋がり重視の政略結婚が主である。
そしてネンガルド王国ではやむを得ない場合以外は男性しか爵位や家督を継げない。よって貴族の女性は嫁いだら後継ぎとなる長男と、そのスペアである次男を生まなければならない。しかし、次男まで生んだ後は女性は解放されたように愛人を作ったり恋愛を楽しんでも咎められることはないのである。
「……申し訳ございません」
ティモシーは感情のない声で謝るだけであった。
(ターラント孤児院にいた頃よりは食事も豪華、一応質の高い教育も受けられてはいるけれど……こんな生活地獄だ。脱走は出来ないとしても……絶対にここから抜け出して、シンシアに会いに行くんだ! その方法を考えなければ!)
どんなに息苦しく地獄のような状況でも、ティモシーのエメラルドの目の輝きは曇ることがなかった。
実父であるドノヴァンから、貴族となるのだからそれらしい名前にとミドルネームにティモシーの祖父に当たる存在の名前を付けられたのだ。
鏡の前に映るのは、セットされた栗毛色の髪にエメラルドの目の十二歳の少年。まさしくティモシーであるのだが、ティモシーは自分が自分でないような気がした。
(シンシアが見たらどう思うかな……? 別人みたいって言われるだろうか?)
ティモシーのエメラルド目はどこか悲しげだった。
ションバーグ公爵家に引き取られてから早二年。
ティモシーは初恋であり最愛の少女ーーシンシアのことを一秒も忘れたことはなかった。
引き取られた当初、ティモシーはシンシアに手紙を出そうとした。しかしドノヴァンからは平民や孤児に手紙を書くのは貴族としてみっともないと言われ、手紙を書かせてもらえなくなってしまった。
(シンシア、体調は大丈夫だろうか? また風邪や喘息発作を起こしていないかな? ちゃんと食べているだろうか? ……シンシアに会いたい)
ティモシーはその想いを持て余していた。
ティモシーにとって、ションバーグ公爵家での生活はまるで牢獄のようであった。
貴族としてプライドが高く見栄っ張りのドノヴァンからは、厳しい家庭教師がつけられどこからどう見ても貴族として見られるような教養や振る舞いを身に付けさせられた。
更に期待されるレベルに達していなかったら体罰などの折檻も当たり前のように行われていた。
引き取られた当初、ティモシーはこんな場所から逃げ出したいと思い、隙を見て家出してみた。しかしすぐにションバーグ公爵家関係者に捕まり、連れ戻されては折檻される日々だった。
そのうち脱走するのはやめたティモシー。
(ここから逃げ出す以外でシンシアに会う方法はないだろうか……?)
どんな仕打ちを受けても、シンシアとの再会を絶対に諦めていないティモシーだった。
♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔
夕食中、カトラリーが落ちる音がした。
「おいティモシー、俺のフォークが落ちた。半分獣の血が流れてるお前が拾え」
厭らしい笑みを浮かべてニヤニヤしながらそう言うのはションバーグ公爵家長男でティモシーの義兄となったラザフォード。ティモシーより六つ上の十八歳である。
ブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の少年である。
ティモシーの母は一応上流階級の人間ではあるが、貴族ではなくジェントリと呼ばれる平民である。
ラザフォードにとって平民は獣同然のようだ。だから彼はティモシーのことを『半分獣の血が流れている』だったり『半獣』と言って侮蔑している。
ティモシーは黙ってラザフォードが落としたフォークを拾おうとする。その時、ラザフォードはわざとティモシーの手を踏んだ。
痛みに表情を歪めるティモシー。
「おい、どうした? やっぱり半獣だから動きが鈍いな」
ニヤニヤと蔑んだ笑みのラザフォード。
ここでラザフォードに言い返したり刺激すると碌なことが起こらないので、ティモシーは黙って耐えるしかなかった。
「ティモシー、お前は外で舐められないようにしろ。ションバーグ公爵家を貶めるようなことをするな」
一応実父であるドノヴァンは世間体にしか興味がない。アッシュブロンドの髪に、ティモシーと同じエメラルドのような緑の目。しかし、そのエメラルドの目はティモシーとは似ても似つかないようであった。
そしてその隣にいるドノヴァンの妻でションバーグ公爵夫人のグレンダ。ブロンドの髪にラピスラズリのような青い目の、どこか冷たい雰囲気の女性。ラザフォードの実母で、ティモシーにとっては義母なのだが、彼女は子供達に全く興味を示さない。それどころか夫であるドノヴァンにすら無関心であった。
彼女とドノヴァンは政略結婚で、ドノヴァンに対して全く愛がなかった。長男のラザフォードと亡くなった次男を生んでからは解放されたように愛人と楽しく過ごしているそうである。
この時代、貴族は恋愛結婚など皆無で家同士の繋がり重視の政略結婚が主である。
そしてネンガルド王国ではやむを得ない場合以外は男性しか爵位や家督を継げない。よって貴族の女性は嫁いだら後継ぎとなる長男と、そのスペアである次男を生まなければならない。しかし、次男まで生んだ後は女性は解放されたように愛人を作ったり恋愛を楽しんでも咎められることはないのである。
「……申し訳ございません」
ティモシーは感情のない声で謝るだけであった。
(ターラント孤児院にいた頃よりは食事も豪華、一応質の高い教育も受けられてはいるけれど……こんな生活地獄だ。脱走は出来ないとしても……絶対にここから抜け出して、シンシアに会いに行くんだ! その方法を考えなければ!)
どんなに息苦しく地獄のような状況でも、ティモシーのエメラルドの目の輝きは曇ることがなかった。
67
お気に入りに追加
256
あなたにおすすめの小説
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる