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転んで石を蹴っただけ
予想外の繋がり
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十日程が経過した。
タマラにアントンから手紙が届く。どうやら真相が分かったらしい。
タマラは緊張しながらアントンの事務所へ向かった。
「こんにちは……」
おずおずとした様子で扉を開けるタマラ。
「タマラさん、お待ちしていました」
アントンはニコリと笑う。しかし、眼鏡の奥のムーンストーンの目は何を考えているのか悟らせない様子だ。
「まずは落ち着いて、紅茶を飲んでください。この件に関しましては、少し長くややこしい話になりそうなので、クッキーも用意しています。さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
アントンに促され、タマラはクッキーを一つ食べる。
「さて、本題に入りましょう。タマラさん、貴女が転び、石を蹴ったことにより、とある二人の人生が変わりました」
アントンの眼鏡の奥のムーンストーンの目はミステリアスだった。
「二人の人生が……」
タマラの表情は少し困惑気味だった。
(一体どんな風に変えてしまったの?)
タマラは不安を隠せなかった。
「まず、タマラさんが住んでいる山の上の集落というのは、ラヴィク伯爵領にありますね?」
「はい」
コクリと頷くタマラ。
「では、ラヴィク伯爵家がこのアトゥサリ王国の王太子妃であられるニーナ殿下の生家だということはご存知ですか?」
「はい。私が十歳の頃は、集落でもニーナ殿下が王太子のオスカー殿下と結婚するって話題で持ち切りでした」
タマラはゆっくりと思い出した。
「やはりどこもそうでしたか。ニーナ殿下が新しい染料を開発した功績が讃えられて、異例ではあるが伯爵家の彼女が見事に王太子妃となった」
「あの、それが今回の件と関係あるのでしょうか?」
タマラは紅茶を飲み、おずおずと不思議そうに首を傾げていた。
「ええ、割と関わっていますね。何せ、人生が変わった二人の中の一人がニーナ殿下てすから」
相変わらずミステリアスな笑みのアントン。
「まあ……!」
タマラはクリソベリルの目をこぼれ落ちそうなくらい見開いた。
(王太子妃殿下……! 雲の上の存在だわ……!)
平民であるタマラにとって、貴族や王族は畏れ多い存在だった。
アントンは紅茶を一口飲み、言葉を続ける。
「まずは一旦、この記事を読んでみてください。十年前の新聞記事です」
アントンから渡された新聞記事を読み、タマラはクリソベリルの目を大きく見開いた。
「これって……!」
タマラの呼吸が浅くなる。
記事にはラヴィク伯爵領の山の麓で落石事故が起こり、怪我人が出たことが書かれていた。
当時十四歳だったバーデン侯爵家の長男が、山の斜面から転がって来た大人の身長の半分くらいある大きな岩の下敷きになり、下半身不随になったのだ。
「では、バーデン侯爵令息様が下半身不随になる原因は……」
悲痛そうな表情のタマラ。
「そうですね……。タマラさんが転んで石を蹴ったから……でしょう」
アントンはなるべくタマラを傷付けないよう優しい口ぶりだった。しかしタマラはショックを受けて何も言えなくなってしまう。
重い沈黙が流れる。
アントンはクッキーを食べるが、タマラは出された紅茶やクッキーが喉を通らなくなっていた。
「バーデン侯爵令息様の人生を大きく変えてしまったのですね……。その……現在彼は……どうなさっているのかは分かりますか?」
タマラは生糸よりもか細い声を何とか絞り出した。その表情は悲痛そうである。
「下半身不随になったバーデン侯爵令息ホルスト様は、今から七年前に亡くなっています」
「そんな……」
タマラは青ざめて絶句した。
「安心してください。ホルスト様の死に関しては、タマラさんのせいではありません。これだけは断言出来ます」
「でも……」
アントンの眼鏡の奥のムーンストーンの目は真っ直ぐ優しげであった。しかし、タマラは動揺したままである。
「タマラさん、大丈夫ですから。一旦深呼吸をして紅茶を飲んでください。まだ温かいですから」
ミステリアスだが優しげな表情のアントン。タマラは促されるがまま、深呼吸をして紅茶を一口飲んだ。
ふわりと上品な香りが鼻奥を掠める。体も温まり、タマラの心は少しだけ落ち着いた。
「当時、ホルスト様を担当していた医師から話を聞いてみました。ホルスト様は、下半身付随になった二年後、つまり八年前から治療や診療などを拒否していたようです。まるで死を望んでいるかのように」
段々と調査したことを話すアントン。
「それは……何故でしょうか?」
まだ不安そうな表情のタマラ。
「それに関しては、恐らくこの記事が原因かと」
タマラは別の新聞記事をアントンから受け取った。
八年前に発行された新聞記事である。
「これは……」
タマラは少し困惑気味だった。
タマラが読んだ記事には貴族のゴシップが面白おかしく書いてあった。
貴族のゴシップ記事は庶民にとっての娯楽の一つである。
中でも一際目立っていたのは、王太子オスカーと当時はラヴィク伯爵令嬢だった王太子妃ニーナの関係についてだ。
『王太子オスカー殿下とラヴィク伯爵令嬢ニーナ様の恋の行方はいかに!? 二人の恋の邪魔をするのはバーデン侯爵令息ホルスト様!』
その見出しがタマラの目に飛び込んで来た。
記事を要約すると、オスカーとニーナは染料技術を研究していく際に出会い、心を通わせていた。しかしニーナは下半身不随になった幼馴染ホルストと婚約しないといけない空気になっていた。何故ならホルストが下半身不随になったのはニーナを落石から庇ったから。十年前のラヴィク伯爵領での落石事故の際、巻き込まれそうなニーナを咄嗟に突き飛ばし、ホルストが大きな岩の犠牲となったのだ。ホルストは下半身不随になったとはいえ、頭は働くので当主としての仕事は可能。ニーナは罪悪感からそんなホルストを支える為に何か出来ないかと考えついたのが、染料の研究。バーデン侯爵領では染料となる植物が豊富だったのだ。
しかしホルストは傲慢な態度で有名で、ニーナに対していつも酷い態度だった。これは彼が下半身不随になる前からだそうだ。ニーナはそんな彼の態度に嫌気がさし、染料研究所で出会ったオスカーに心惹かれている様子。他の貴族や国民も、新たな染料技術を生み出して国に多大な利益をもたらしたニーナは王太子妃になるべきだとの意見が多数だった。
タマラは記事を読んで絶句していた。
タマラにアントンから手紙が届く。どうやら真相が分かったらしい。
タマラは緊張しながらアントンの事務所へ向かった。
「こんにちは……」
おずおずとした様子で扉を開けるタマラ。
「タマラさん、お待ちしていました」
アントンはニコリと笑う。しかし、眼鏡の奥のムーンストーンの目は何を考えているのか悟らせない様子だ。
「まずは落ち着いて、紅茶を飲んでください。この件に関しましては、少し長くややこしい話になりそうなので、クッキーも用意しています。さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
アントンに促され、タマラはクッキーを一つ食べる。
「さて、本題に入りましょう。タマラさん、貴女が転び、石を蹴ったことにより、とある二人の人生が変わりました」
アントンの眼鏡の奥のムーンストーンの目はミステリアスだった。
「二人の人生が……」
タマラの表情は少し困惑気味だった。
(一体どんな風に変えてしまったの?)
タマラは不安を隠せなかった。
「まず、タマラさんが住んでいる山の上の集落というのは、ラヴィク伯爵領にありますね?」
「はい」
コクリと頷くタマラ。
「では、ラヴィク伯爵家がこのアトゥサリ王国の王太子妃であられるニーナ殿下の生家だということはご存知ですか?」
「はい。私が十歳の頃は、集落でもニーナ殿下が王太子のオスカー殿下と結婚するって話題で持ち切りでした」
タマラはゆっくりと思い出した。
「やはりどこもそうでしたか。ニーナ殿下が新しい染料を開発した功績が讃えられて、異例ではあるが伯爵家の彼女が見事に王太子妃となった」
「あの、それが今回の件と関係あるのでしょうか?」
タマラは紅茶を飲み、おずおずと不思議そうに首を傾げていた。
「ええ、割と関わっていますね。何せ、人生が変わった二人の中の一人がニーナ殿下てすから」
相変わらずミステリアスな笑みのアントン。
「まあ……!」
タマラはクリソベリルの目をこぼれ落ちそうなくらい見開いた。
(王太子妃殿下……! 雲の上の存在だわ……!)
平民であるタマラにとって、貴族や王族は畏れ多い存在だった。
アントンは紅茶を一口飲み、言葉を続ける。
「まずは一旦、この記事を読んでみてください。十年前の新聞記事です」
アントンから渡された新聞記事を読み、タマラはクリソベリルの目を大きく見開いた。
「これって……!」
タマラの呼吸が浅くなる。
記事にはラヴィク伯爵領の山の麓で落石事故が起こり、怪我人が出たことが書かれていた。
当時十四歳だったバーデン侯爵家の長男が、山の斜面から転がって来た大人の身長の半分くらいある大きな岩の下敷きになり、下半身不随になったのだ。
「では、バーデン侯爵令息様が下半身不随になる原因は……」
悲痛そうな表情のタマラ。
「そうですね……。タマラさんが転んで石を蹴ったから……でしょう」
アントンはなるべくタマラを傷付けないよう優しい口ぶりだった。しかしタマラはショックを受けて何も言えなくなってしまう。
重い沈黙が流れる。
アントンはクッキーを食べるが、タマラは出された紅茶やクッキーが喉を通らなくなっていた。
「バーデン侯爵令息様の人生を大きく変えてしまったのですね……。その……現在彼は……どうなさっているのかは分かりますか?」
タマラは生糸よりもか細い声を何とか絞り出した。その表情は悲痛そうである。
「下半身不随になったバーデン侯爵令息ホルスト様は、今から七年前に亡くなっています」
「そんな……」
タマラは青ざめて絶句した。
「安心してください。ホルスト様の死に関しては、タマラさんのせいではありません。これだけは断言出来ます」
「でも……」
アントンの眼鏡の奥のムーンストーンの目は真っ直ぐ優しげであった。しかし、タマラは動揺したままである。
「タマラさん、大丈夫ですから。一旦深呼吸をして紅茶を飲んでください。まだ温かいですから」
ミステリアスだが優しげな表情のアントン。タマラは促されるがまま、深呼吸をして紅茶を一口飲んだ。
ふわりと上品な香りが鼻奥を掠める。体も温まり、タマラの心は少しだけ落ち着いた。
「当時、ホルスト様を担当していた医師から話を聞いてみました。ホルスト様は、下半身付随になった二年後、つまり八年前から治療や診療などを拒否していたようです。まるで死を望んでいるかのように」
段々と調査したことを話すアントン。
「それは……何故でしょうか?」
まだ不安そうな表情のタマラ。
「それに関しては、恐らくこの記事が原因かと」
タマラは別の新聞記事をアントンから受け取った。
八年前に発行された新聞記事である。
「これは……」
タマラは少し困惑気味だった。
タマラが読んだ記事には貴族のゴシップが面白おかしく書いてあった。
貴族のゴシップ記事は庶民にとっての娯楽の一つである。
中でも一際目立っていたのは、王太子オスカーと当時はラヴィク伯爵令嬢だった王太子妃ニーナの関係についてだ。
『王太子オスカー殿下とラヴィク伯爵令嬢ニーナ様の恋の行方はいかに!? 二人の恋の邪魔をするのはバーデン侯爵令息ホルスト様!』
その見出しがタマラの目に飛び込んで来た。
記事を要約すると、オスカーとニーナは染料技術を研究していく際に出会い、心を通わせていた。しかしニーナは下半身不随になった幼馴染ホルストと婚約しないといけない空気になっていた。何故ならホルストが下半身不随になったのはニーナを落石から庇ったから。十年前のラヴィク伯爵領での落石事故の際、巻き込まれそうなニーナを咄嗟に突き飛ばし、ホルストが大きな岩の犠牲となったのだ。ホルストは下半身不随になったとはいえ、頭は働くので当主としての仕事は可能。ニーナは罪悪感からそんなホルストを支える為に何か出来ないかと考えついたのが、染料の研究。バーデン侯爵領では染料となる植物が豊富だったのだ。
しかしホルストは傲慢な態度で有名で、ニーナに対していつも酷い態度だった。これは彼が下半身不随になる前からだそうだ。ニーナはそんな彼の態度に嫌気がさし、染料研究所で出会ったオスカーに心惹かれている様子。他の貴族や国民も、新たな染料技術を生み出して国に多大な利益をもたらしたニーナは王太子妃になるべきだとの意見が多数だった。
タマラは記事を読んで絶句していた。
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