満月の夜、絡み合う視線

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安心感・前編

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「ルフィーナ嬢、ありがとう」
 ダンスが終わるとマカールは優しげな笑みでルフィーナを見つめていた。
「いえ、こちらこそよ」
 ルフィーナは胸の騒つきをなかったことにして、いつものようにおっとりと微笑んだ。
 その時、聞き覚えのある声が響く。
「ルフィーナお姉様!」

 明るく鈴の音が鳴るような、溌剌とした声。リュドミラだ。

「ルフィーナお姉様、飲み物を持って来ましたの。ダンスが終わった後で喉が渇いているでしょう?」
 リュドミラの手には、二つのグラス。シュワシュワとした苺のソーダである。
「ありがとう、リュダ。だけどまずはマカール様にご挨拶しないと」
 ルフィーナは困ったように微笑み、リュドミラからグラスを受け取った。
「いや、ルフィーナ嬢。僕はこれで失礼するよ。リュドミラ・ユーリエヴナ嬢と話すと良い」
 マカールはフッと優しげに微笑み、その場を去った。

「ようやくルフィーナお姉様と話せますわ」
「もう、リュダったら」
 リュドミラからキラキラとしたムーンストーンの目を向けられては、ルフィーナは何も言えなくなる。
 リュドミラから受け取った苺のソーダを一口飲むルフィーナ。苺の甘酸っぱさが口の中に広がり、炭酸が喉の奥でシュワシュワと弾けた。
「それでリュダ、サーシャとの結婚準備は順調?」
「ええ、もちろんですわ」
 リュドミラはルフィーナからの問いに、頬を赤く染めながら頷く。
 そこへ別の声が聞こえる。
「結婚式の日程も決まったからね」

 アレクサンドルである。さりげなくアレクサンドルはリュドミラの腰を抱く。

「まあサーシャ、そうなのね」
 ルフィーナはまるで自分のことのように嬉しそうである。
「ラスムスキー侯爵家の方からルフィーナにも結婚式の招待状を送るよ」
「サーシャとリュダの結婚式、楽しみにしているわ」
 ルフィーナは穏やかに微笑んだ。

(サーシャとリュダの二人と話している時は、少し気が晴れるわね。だけど……やっぱり視線を感じるわ)
 ルフィーナはほんの少しゾクリとした。

「ルフィーナお姉様……少し顔色が悪い気がしますが、大丈夫ですか?」
 リュドミラは心配そうにルフィーナを見ている。
「何か気がかりなことでもあるのかい?」
 アレクサンドルも心配そうな表情である。

(視線のことを話したら、きっとサーシャとリュダは力になってくれるわよね。……でも、サーシャとリュダは結婚の準備があるわ。サーシャもリュダも、結婚するのを楽しみにしている。今この二人に相談するタイミングではないかもしれないわ。もう少し落ち着いたらにしましょう)
 ルフィーナはそう決意し、いつものようにおっとりと穏やかに微笑む。

「いいえ、何でもないのよ。強いて言えば、先程タラス・フォミチ様とトラブルになりかけたことかしら。マカール様に助けていただいたからもう大丈夫だけれど」
「タラス・フォミチ様との件、わたくしも見ましたわ。わたくしもすぐにルフィーナお姉様を助けたかったのですが」
 リュドミラはやや悔しそうな表情である。
「マカール・クラーヴィエヴィチ殿に先越されてリュダはむくれていたよ」
 アレクサンドルはそんなリュドミラを愛おしげに見つめていた。
 視線は感じつつも、幼馴染二人と一緒にいると少しだけ心が落ち着くルフィーナだった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 しばらくすると、アレクサンドルとリュドミラがダンスを始めた。
 よってルフィーナは壁際で休憩することにした。
(サーシャとリュダ、楽しそうね)
 ルフィーナは二人を見て穏やかに微笑んでいた。

 アレクサンドルはヘーゼルの目を愛おしげにリュドミラに向けている。
 リュドミラはムーンストーンの目をキラキラと輝かせながらふわりと元気良く舞う。
 お似合いだなとルフィーナは思っていた。

「ルフィーナ嬢」
 その時、隣で低く凛とした声が聞こえた。
 ルフィーナはハッとし、声の方向を見る。
「エヴグラフ・アレクセーヴィチ殿下……」
 そこにいたのはエヴグラフだった。
 公式の場なので、父称込みでエヴグラフの名前を呼ぶルフィーナである。
「驚かせてすまない」
 エヴグラフは少し申し訳なさそうな表情である。
「いえ、こちらこそ、殿下に気付かず申し訳ございません」
 ルフィーナはおずおずとした様子である。
「気にすることはない。それよりも、ルフィーナ嬢に見せたいものがあるんだ。来てもらえるだろうか?」
 エヴグラフのラピスラズリの目は、優しく真っ直ぐルフィーナを見ていた。
「見せたいもの……とても気になりますわ」
 ルフィーナはクスッと笑った。
「じゃあ俺と一緒に来てくれ。ここから少し離れた部屋だ。もちろん、宮殿の護衛や侍女を付けるから安心して欲しい」
 真面目な表情のエヴグラフに、ルフィーナは安心感を覚えた。
「承知いたしました」
 ルフィーナは柔らかな笑みで頷いた。

 こうしてルフィーナは、エヴグラフと共に会場から離れるのであった。
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