満月の夜、絡み合う視線

文字の大きさ
上 下
12 / 25

誰かに見られている?

しおりを挟む
 辻馬車は翌日もまた翌日も、ルフィーナの部屋が見える位置に止まっていた。
 流石におかしいとは思うが、辻馬車の中にいる者は特にルフィーナに何もしてこない。おまけに顔も見えず何者かも分からない。よって決定的な証拠は出ず、訴えるに訴えられないルフィーナ。
 ルフィーナは自室のカーテンを開けずに過ごす日々が続いた。
(いつまでこんな日が続くのかしら……?)
 ルフィーナは暗い表情でため息をついた。
 自室にいると気が休まらないので、書斎などで過ごす日々が増えていた。

 そんなある日、クラーキン公爵家の帝都の屋敷タウンハウスでトラブルが起こる。
「これはどういうことですか!?」
「申し訳ございません。私が見た時にはもう既に倉庫のものが紛失しておりまして……」
 クラーキン公爵家のベテラン使用人である女性が、最近雇われた新人使用人である若い男性に対して叱責している。

 ルフィーナは書斎から自室へ一旦戻ろうとした時、その状況に遭遇したのだ。

 ルフィーナは不思議に思い、二人に声をかける。
「一体何が起こったの?」
「お嬢様……」
 すると、若い男性使用人は気まずそうに俯いた。
「ルフィーナお嬢様、私の監督不行き届きで申し訳ございません。実は、こちらの新人キリルに倉庫の整理をさせていたのです。しかし彼が目を離した隙に、倉庫のものが全て消えていたのでございます。恐らく盗まれたのかと……」
 ベテラン使用人女性は心底申し訳なさげな表情である。
「あらまあ……。それで、倉庫から消えたものは何なのかしら?」
 ルフィーナは冷静な口調である。
 何かトラブルが起こっても取り乱すなと父ヴァルラムから教えられていたのだ。
「……ルフィーナお嬢様が着なくなったドレスやアクセサリーでございます」
 ベテラン使用人女性は言いにくそうに重い口を開くのであった。
「そう……。仮に窃盗だとしても、わたくしが使用しなくなったものだから被害はそこまで大きくはないわね」
 ルフィーナは少し考える素振りをした。

 ロマノフ家主催の夜会で着用した薄紫のドレスやドロルコフ公爵家主催の夜会で着用した濃い青のドレスも倉庫からなくなっていたのだ。いずれも、今後着用予定のないドレスである。

「お嬢様、本当に申し訳ございません。この件はきちんと旦那様にもご報告いたします」
 キリルと呼ばれた若い使用人男性は心底反省している様子だ。
「ミスは誰にでもあること。二度と起こらないようにする為にはまず現在の仕組みを見直す必要があるわ。もし現在の仕事のやり方では隙が生じて倉庫のものが盗まれてしまうようなら、複数人で倉庫の監視体制を強化してみたらどうかしら? もちろん、今の仕事のやり方に支障が出ない程度に」
 ルフィーナは冷静にそう提案した。
「承知いたしました。今後使用人内で相談いたします」
 ベテラン使用人女性は真剣な表情だった。
「今後このようなことがないように私も今まで以上に注意いたします」
 キリルも真剣な表情だった。

 一旦その場が収まったので、ルフィーナは自室へ戻るのであった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 何者かが何かしてくることはなく、ただ何となく見られているような気がするだけ。
 それが夜会だったりお茶会の帰りにもあった。
 決定的な証拠を掴むには相手に近付かないといけないのでリスクがある。
 じわじわとストレスがルフィーナを蝕んでいた。

 更に、最近ではクラーキン公爵領でトラブルが発生し、両親は一旦領地に戻っていた。
 だから何者かに見られているような感覚についてルフィーナは誰にも相談出来ない状況に陥っていたのだ。

 よってルフィーナは最近夜会やお茶会に参加せず、クラーキン公爵家の帝都の屋敷タウンハウスに籠りきりの生活になっていた。

 そんなある日。
 アシルス帝国皇太子セルゲイの誕生祭が開催される。
 ロマノフ家主催なので、基本的に特別な事情がない限り、アシルス帝国内の貴族は全員参加の夜会である。
 しかし領地のトラブル対応に追われているルフィーナの両親は、欠席することをアシルス帝国皇帝であるアレクセイから認められていた。

「今日は旦那様も奥様も不在ですが、ルフィーナお嬢様はお一人でもきっと大丈夫でございますよ」
 ルフィーナの身支度をした侍女のオリガは力強い笑みである。
 鮮やかな空色のドレスをまとうルフィーナは、オリガの手により化粧とヘアアレンジを施された。

 誰かに見られているように感じ、ストレスにより顔色が悪かったルフィーナ。しかし化粧を施されたルフィーナの顔色は良く見えた。
 更に真っ直ぐ伸びたダークブロンドの髪は緩く巻かれ、花のような編み込みハーフアップにアレンジされている。
 そのお陰で心なしかルフィーナは少し明るい気分になれた。

「ええ。オリガ、いつもありがとう」
 ルフィーナはふわりと微笑んだ。
 こうして、ルフィーナは一人で夜会に臨むのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約者から婚約破棄をされて喜んだのに、どうも様子がおかしい

恋愛
婚約者には初恋の人がいる。 王太子リエトの婚約者ベルティーナ=アンナローロ公爵令嬢は、呼び出された先で婚約破棄を告げられた。婚約者の隣には、家族や婚約者が常に可愛いと口にする従妹がいて。次の婚約者は従妹になると。 待ちに待った婚約破棄を喜んでいると思われる訳にもいかず、冷静に、でも笑顔は忘れずに二人の幸せを願ってあっさりと従者と部屋を出た。 婚約破棄をされた件で父に勘当されるか、何処かの貴族の後妻にされるか待っていても一向に婚約破棄の話をされない。また、婚約破棄をしたのに何故か王太子から呼び出しの声が掛かる。 従者を連れてさっさと家を出たいべルティーナと従者のせいで拗らせまくったリエトの話。 ※なろうさんにも公開しています。 ※短編→長編に変更しました(2023.7.19)

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない

斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。 襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……! この人本当に旦那さま? って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!

殿下が好きなのは私だった

恋愛
魔王の補佐官を父に持つリシェルは、長年の婚約者であり片思いの相手ノアールから婚約破棄を告げられた。 理由は、彼の恋人の方が次期魔王たる自分の妻に相応しい魔力の持ち主だからだそう。 最初は仲が良かったのに、次第に彼に嫌われていったせいでリシェルは疲れていた。無様な姿を晒すくらいなら、晴れ晴れとした姿で婚約破棄を受け入れた。 のだが……婚約破棄をしたノアールは何故かリシェルに執着をし出して……。 更に、人間界には父の友人らしい天使?もいた……。 ※カクヨムさん・なろうさんにも公開しております。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが

カレイ
恋愛
 天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。  両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。  でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。 「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」  そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。

処理中です...