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余命五分

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「うーん、これは酷い。余命は、五分といったところでしょうか。ではあちらでお待ち下さい。」

 僕の胸に聴診器を当てた医者がいう。それと同時に看護婦がストップウォッチをスタートさせる、チッチッチッチッ。ちょっと朝起きたら熱っぽかったから病院に来たんだけど、こんなこと言われるなんてね。付き添いの母さんもキョトンとしている。

「はい、ではこちらにどうぞ。」

 看護婦が僕を車椅子に乗せ別の部屋へ案内する。診察室を出ると待合室、車椅子に乗った僕をたくさんの視線が襲った。待合室を抜け長い廊下を進む。点滴をつけた生気のない人々とすれ違う。病院は爽やかに湿っている。僕はそういうところが好きだ。

「お母さんもどうぞ。」

「はい、どうも。」

 母も付いてくる。濁った白色の廊下を進む。ある部屋の前で看護婦が立ち止まり横にスライドさせドアを開ける。

「こちらにお入り下さい。」

 中を見ると、二十畳くらいの至って普通の部屋だ。しかし、あと数分で死ぬのか。あまり実感がわかない。窓には曇りガラスがはめられている。

「本当にあと五分で死ぬんですか。」

「ええもちろん。先生の言うことは絶対ですから。まあこの部屋に来るまでに3分くらい使ったかな。ええと、。」

 看護婦はストップウォッチを確認する。

「あと2分46秒ね。」

「すごいですね。そんなぴたりと死ぬ時間を当てられるなんて。」

 母が隣の家の息子さんを褒めるような口調で看護婦に話しかける。

「ええ、あの先生は今まで余命を1秒たりとも外したことないのよ。ほらそんなこと話している間にもうあと1分。」

「へえ、この病院に来てよかった。死ぬ時間がわかってたら、バッチリ心の準備ができるもんね。」

 母は満足げに腕を組み、僕に語りかける。

 チッチッチッ、チッチッチッ

「ほら、あと10秒。10、9、8、7、6、5、、」

 ハンマーで殴られたような痛みが頭を襲った。堪えきれず車椅子から転げ落ちる。

「まあすごい!!ほんとに死にそう。」

 母が黄色い歓声をあげた。

「3、2、1、.........

(きゃあ、すごい!!本当に死んだわ、先生のいったとおりじゃないの......)

 完
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