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令嬢とパブとエディという男
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「じゃあ、行ってくるね」
今日はオレンジ色のワンピースと赤い靴で、私は街へ出ることにした。平民たちのデートスポットで女性たちを観察した結果、今はビタミンカラーが流行っていることに気づいたからだ。
オレンジは茶色の髪を引き立て、地味な私なりに似合っているというか……少しだけ可愛く見える気がする。そんな自分を鏡で見ていると、テンションはちょっぴり上がってしまう。
諦め顔のシャンタルと、相変わらずぼーっとしているエイナルに見送られ、私は今日も街への一歩を踏み出した。
――恋人、恋人ができますように!
今日はパブで過ごそうかな。
昨日店の外から見た時、男の人の数はカフェよりもパブが断然多かった。酒の力を借りてナンパをしてくる男性も、それなりに居るかもしれない。声をかけられなくても……私からかけてもいいかな。生死がかかった人間は、大胆になれるのだ。
パブに足を踏み入れると、煙草の煙がむわりと鼻をついた。咳き込みそうになりながらも、私はカウンターに足を運ぶ。私の顔をちらりと見たバーテンが「未成年?」と首を傾げながら訊いてきた。
いいえ、十八歳です。ちゃんとこの国の成人年齢です。
だけど飲酒して正体を無くすのは怖かったので、私はオレンジジュースを注文した。私はちゃんと危機管理ができるご令嬢なのだ。
パブのカウンターでオレンジジュースを口にしていると、隣に誰かが座る気配がした。周囲の席にはまだまだ余白がある。不思議になって隣に目を向けると――
「――あ」
隣に居たのは、昨日カフェで出会った『エディ』だった。
エディはバーテンにエールと揚げ鶏を頼んでいる。いいな、美味しそう。というかすごい偶然! まさかこれって、運命なのでは!?
エディの綺麗な横顔をチラチラと横目で見ながら、私のテンションは上がっていく。
しかし彼の方はというと、私にはまったく気づいていないようだ。
ど、どうしよう。話しかけてもいいのかな……
「あ、あの!」
勇気を出して話しかけると、エールをちびちびと口にしていたエディがこちらを見つめる。金色の瞳が、蕩けそうになるくらいに綺麗だ。それを見ているだけで、私の頬は熱くなっていく。彼が少し首を傾げると、綺麗な黒髪がさらりと揺れた。
「なんです」
彼は金色の瞳を細めながら問い返してくる。
……うーん、あまり芳しくはない反応だ。私のことも、覚えていないかな。
「昨日カフェでも、相席になりましたよね?」
「……覚えてます」
ぐいぐいと押す私に少し困惑したような様子でエディが答えた。
私のことを、覚えていてくれている!? その事実にテンションはぐんと上がってしまう。
舞踏会の場で話が弾んだ男性に、次の舞踏会で声をかけた時。『どちら様でしたっけ?』と言われた記憶を持つ私としては、覚えてくれているだけでポイントはとっても高い。
「お話をしませんか?」
「どんな、話を?」
訊かれて私は困ってしまう。
こういうところで出会う男女は、どんな会話をするのだろうか。
「エディさんの好きなものはなんですか?」
エディはどう見ても私よりも年上だ。だからひとまず『さん』付けをすることにする。
そして我ながら抽象的な質問だなぁ。話下手か!
「好きなもの……」
彼は綺麗な手で口元を押さえて思案する。なぜか、かなり真剣に考え込んでいるようだ。
そして――エディはこちらをちらりと見た。
「茶色の髪の女性は、好きですね」
「え」
私はエディと……しばし見つめ合う。
これはもしかして、もしかして。口説かれているのだろうか。
口説いている割にエディの表情は無表情な気がするけれど、都合がいい方に解釈してしまおう。
「そ、そう。そうなんですか……」
バクバクと跳ねる心臓をごまかすために、オレンジジュースを口にする。焦って飲んだせいか、それはするりと気管へ入り込んだ。
「う、げほっ!」
「大丈夫ですか?」
咳き込む私に、エディの手が伸びてくる。そして熱い指が……濡れた唇をごしごしと拭った。
うわ、男の人に――触られてる。
思わず真っ赤になる顔で見つめると、エディはなんだか気まずそうに指を離した。
「……失礼」
そう言ったきり、彼は黙り込んでしまう。そしてエールを飲み干してから、バーテンにまた新たなエールを注文し……それも一気に飲み干した。そんな飲み方をして、大丈夫なんだろうか。
「ねぇ。大丈夫?」
「なにがです?」
エディの顔色は変わっていない。どうやら、酔ってはいないようだ。
彼はけろっとした顔でこちらを見ながら首を傾げる。そしてその綺麗な唇を開き――
「隣の席に、天使がいる」
と、蕩けるような笑みを浮かべたのだった。
酔ってる! この人、相当酔ってるよ!
今日はオレンジ色のワンピースと赤い靴で、私は街へ出ることにした。平民たちのデートスポットで女性たちを観察した結果、今はビタミンカラーが流行っていることに気づいたからだ。
オレンジは茶色の髪を引き立て、地味な私なりに似合っているというか……少しだけ可愛く見える気がする。そんな自分を鏡で見ていると、テンションはちょっぴり上がってしまう。
諦め顔のシャンタルと、相変わらずぼーっとしているエイナルに見送られ、私は今日も街への一歩を踏み出した。
――恋人、恋人ができますように!
今日はパブで過ごそうかな。
昨日店の外から見た時、男の人の数はカフェよりもパブが断然多かった。酒の力を借りてナンパをしてくる男性も、それなりに居るかもしれない。声をかけられなくても……私からかけてもいいかな。生死がかかった人間は、大胆になれるのだ。
パブに足を踏み入れると、煙草の煙がむわりと鼻をついた。咳き込みそうになりながらも、私はカウンターに足を運ぶ。私の顔をちらりと見たバーテンが「未成年?」と首を傾げながら訊いてきた。
いいえ、十八歳です。ちゃんとこの国の成人年齢です。
だけど飲酒して正体を無くすのは怖かったので、私はオレンジジュースを注文した。私はちゃんと危機管理ができるご令嬢なのだ。
パブのカウンターでオレンジジュースを口にしていると、隣に誰かが座る気配がした。周囲の席にはまだまだ余白がある。不思議になって隣に目を向けると――
「――あ」
隣に居たのは、昨日カフェで出会った『エディ』だった。
エディはバーテンにエールと揚げ鶏を頼んでいる。いいな、美味しそう。というかすごい偶然! まさかこれって、運命なのでは!?
エディの綺麗な横顔をチラチラと横目で見ながら、私のテンションは上がっていく。
しかし彼の方はというと、私にはまったく気づいていないようだ。
ど、どうしよう。話しかけてもいいのかな……
「あ、あの!」
勇気を出して話しかけると、エールをちびちびと口にしていたエディがこちらを見つめる。金色の瞳が、蕩けそうになるくらいに綺麗だ。それを見ているだけで、私の頬は熱くなっていく。彼が少し首を傾げると、綺麗な黒髪がさらりと揺れた。
「なんです」
彼は金色の瞳を細めながら問い返してくる。
……うーん、あまり芳しくはない反応だ。私のことも、覚えていないかな。
「昨日カフェでも、相席になりましたよね?」
「……覚えてます」
ぐいぐいと押す私に少し困惑したような様子でエディが答えた。
私のことを、覚えていてくれている!? その事実にテンションはぐんと上がってしまう。
舞踏会の場で話が弾んだ男性に、次の舞踏会で声をかけた時。『どちら様でしたっけ?』と言われた記憶を持つ私としては、覚えてくれているだけでポイントはとっても高い。
「お話をしませんか?」
「どんな、話を?」
訊かれて私は困ってしまう。
こういうところで出会う男女は、どんな会話をするのだろうか。
「エディさんの好きなものはなんですか?」
エディはどう見ても私よりも年上だ。だからひとまず『さん』付けをすることにする。
そして我ながら抽象的な質問だなぁ。話下手か!
「好きなもの……」
彼は綺麗な手で口元を押さえて思案する。なぜか、かなり真剣に考え込んでいるようだ。
そして――エディはこちらをちらりと見た。
「茶色の髪の女性は、好きですね」
「え」
私はエディと……しばし見つめ合う。
これはもしかして、もしかして。口説かれているのだろうか。
口説いている割にエディの表情は無表情な気がするけれど、都合がいい方に解釈してしまおう。
「そ、そう。そうなんですか……」
バクバクと跳ねる心臓をごまかすために、オレンジジュースを口にする。焦って飲んだせいか、それはするりと気管へ入り込んだ。
「う、げほっ!」
「大丈夫ですか?」
咳き込む私に、エディの手が伸びてくる。そして熱い指が……濡れた唇をごしごしと拭った。
うわ、男の人に――触られてる。
思わず真っ赤になる顔で見つめると、エディはなんだか気まずそうに指を離した。
「……失礼」
そう言ったきり、彼は黙り込んでしまう。そしてエールを飲み干してから、バーテンにまた新たなエールを注文し……それも一気に飲み干した。そんな飲み方をして、大丈夫なんだろうか。
「ねぇ。大丈夫?」
「なにがです?」
エディの顔色は変わっていない。どうやら、酔ってはいないようだ。
彼はけろっとした顔でこちらを見ながら首を傾げる。そしてその綺麗な唇を開き――
「隣の席に、天使がいる」
と、蕩けるような笑みを浮かべたのだった。
酔ってる! この人、相当酔ってるよ!
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