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花屋のうさぎと銀狼のデート3

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 リオネル様に連れてこられたのは、立派な店構えの料理店だった。
『平民』も来るような店だとリオネル様は言っていたけれど、それは平民であっても『豪商』だとかそんな類の人々なのではないだろうか。

「こ、こんなお店に……本当に僕が入っていいんですか?」

 ぽかんと馬鹿みたいに口を開けて、立派な店構えを眺めるばかりになってしまう。そんな僕を見て、リオネル様は不思議そうに首を傾げた。

「そのために予約をしたんだ。入ってくれないと困るな」

 そして僕の手を引き、颯爽と歩みを進める。引かれるままに店内へと足を踏み入れると、意外にカジュアルな服装のお客も目についてほっとする。……と言っても、その服の素材は僕と比べたら失礼なくらいに高価なものだけれど。
 リオネル様に気づいた客たちから、大きなざわめきが起きる。様々な思惑を孕んだ視線が彼に向けられ、感嘆の声があちこちから零れた。リオネル様に手を取られている僕にも――当然視線が向く。

「……落ち着かないか?」

 無遠慮な、明らかに侮る視線を受けて身を縮こまらせていると、リオネル様が眉尻を下げながら訊ねてくる。

「君が落ち着けるような店に行こうか」

 柔らかい声音でそう訊ねてくるリオネル様の優しさに、胸の奥がきゅっとなる。
 しかし店の問題ではなく、リオネル様といればどこであっても目立つのだ。
 そしてそれは……リオネル様と一緒にいるのであれば『受け入れるべき』ことだ。この方はそれだけ美しく、万人の目を惹いてしまう。
 愛玩動物としてでもいいから、側に置いて欲しい。そう思うのなら、これくらい平気にならないと。
 僕はそう覚悟を決めて、僕の手を包むリオネル様の手をぎゅっと強く握った。

「大丈夫です! ここにしましょう!」

 意気込んで言うと、ふっと優しく微笑まれる。
 そんな僕らの会話に耳をそばだてていた狐獣人のウエイターがほっとした表情で近づいてくると、「ご予約の二名様ですね」と、上品な笑みと柔らかな声音で声をかけてきた。

「ああ。そうだ」
「ご希望があれば、個室のご用意もできますが」
「それは助かる」

 リオネル・ハルミニアを鑑賞しながらの食事の機会を失ってしまった人々からは、明らかな落胆の声が漏れる。そして僕は……正直ほっとしていた。『平気にならないと』という覚悟は決めたけれど、視線を回避できるのならそれに越したことはないのだ。

「レイラ、行こうか」

 リオネル様に貴人にするようにエスコートされながら、ウエイターの後をついていく。
 案内されたのは、『個室』と言っていいのかわからないくらいの広く豪奢な部屋だった。

「広い……」
「特別な方々をご案内するお部屋ですので」

 ウエイターはにこりと微笑むと、立派な椅子を引く。それに座ろうとすると……

「レイラ、待ってくれ」

 リオネル様が先に椅子に座る。そして僕を膝の上にひょいと乗せてしまった。

「リオネル様?」
「こちらの方が落ち着く」

 ――『落ち着く』なんてありえない。
 リオネル様の体温を感じて、心臓はすでのばくばくと大きく脈動している。

「――ダメか?」

 だけどぎゅうと抱きしめられながら優しい声音を耳に吹き込まれると、僕は逆らえなくなってしまうのだ。

「それでは、メニューをどうぞ。お決まりになりましたら、ベルを鳴らしてください」

 ウエイターは僕たちの様子を見てぴくりと耳を震わせ少しだけ動揺を見せたけれど、平静にしか見えない顔でメニューを置いていく。そんなプロの仕事に感心しながら、僕はウエイターの後ろ姿と形のいい大きな尻尾を目で追った。

「……ああいう、狐が好みか?」

 腰に回ったリオネル様の腕に、ぎゅっと力が入る。そしてどこか不機嫌そうな声が耳に届いた。

「好み? い、いいえ!」

 騎士宿舎で襲われて以来、種族に罪がないのはわかっていても狐獣人は少し怖い。それに僕は――

「リ、リオネル様の方が……その。素敵だと、思います、し」

 ……自分にしては、思い切った言葉だと思う。
 真っ赤になりながら腕の中で小さくなっていると、くるりと体を回転させられ、リオネル様と向かい合わせにされる。彼の美しいお顔を見つめる暇もなく――

「……んっ!」

 突然、噛みつくように口づけを与えられた。牙が唇に当たり、わずかな痛みを感じる。リオネル様は僕の唇を舐め、次に口中に舌を這わせた。

 ――少し、血の味がする。

 きっと牙が当たった時に唇が切れたのだろう。わずかに血の味のする口づけは、被捕食者の原初の恐怖心をかき立てる。だけどその恐怖心にすら心は甘く疼き、痺れて。僕は狼に食べられることに、ただ夢中になった。

「は、ふ」

 シャツの布地に爪を立てながら、口内を這う舌に舌を絡める。リオネル様の唾液を嚥下して、もっととねだるように舌を吸う。そんな行為の一つ一つが、情欲を駆り立てていく。
 大きな手が首元に伸びて首輪をさらりと撫で、その瞬間に全身がカッと熱くなる。そして『このアルファに噛んで欲しい』という欲求が湧き上がった。

「噛んで、リオネル様……」

 唇を離した瞬間。甘ったるい、そんな声が唇から零れる。首輪を外そうとするけれど、鍵がかかっているそれは当然外れない。不器用な手で性懲りもなく首輪をいじっていると、大きな手が僕の手に重なった。

「レイラ……ダメだ。それは、流されてするようなことじゃない」
「あ……」

 黄緑色の瞳で見つめられながらそう言われた瞬間、冷水を浴びせられたような気持ちになった。
 体に灯っていた熱が、一気に冷めていく。

「そ、そうですよね。……申し訳、ありません」

 なんて大それたことを言ってしまったのだろう。リオネル様の『番』になりたい。そんなことを望んでしまうなんて。
 悲しくなってうつむくと、みるみるうちに瞳に涙が溜まり、頬をぼろぼろと伝っていく。

「レ、レイラ」

 焦り含みの声がして、胸に優しく抱き寄せられた。

「それは、君が大事だと思える人に捧げるべきもので。その、それが私なら……とても嬉しい、が。そうだとしても、もっと適切な場を整えて……」

 自分の上げる嗚咽がうるさくて、リオネル様の声がよく聞こえない。だけどその声音が残酷なくらいに優しいことだけは、強く感じられた。
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