上 下
36 / 59

花屋のうさぎと銀狼の朝4

しおりを挟む
 細かく刻んだベーコン、キャベツ、人参が具材のスープを鍋に仕込んでから、ベーコンエッグに取り掛かる。
 ……本当にこんな庶民的な食事をリオネル様にお出ししていいのかな。
 せめてニルス様が買ってきてくれた、美味しいパンを買いに走って行けば良かった。今うちにあるパンは、かなり硬かったと思うのだ。
 パンを試しに少し齧ってみたけれど……石のような硬さだった。こんなものをリオネル様には食べさせられないので、やっぱり買い物には行かないと。
 いろいろな気持ちでそわそわしつつも、僕は朝食の調理を続けた。

「リ、リオネル様」

 パン以外の食事の準備が整ったので、リオネル様に声をかける。

「どうした、レイラ」

 するとリオネル様はピンと耳を立てて、すぐに返事をした。

「スープとベーコンエッグはできたのですけど、パンが硬くなっているものしかなくて……。今から買いに行こうと思うのですけど」
「そうか、では行くか」

 なんの躊躇もなく、リオネル様は長椅子から立ち上がる。
 ……もしかしなくても、一緒に行くつもりなのかな。

「その、僕一人でも……」
「いいや、私も一緒に行く」

 黄緑色の瞳でじっと見つめられると、僕はそれ以上断りの言葉を紡げなくなる。
 優しい人だとわかっていても、リオネル様の瞳の強い力には気圧されてしまうのだ。
 リオネル様はこちらに近づくと、そっと僕の頬を撫でた。

「レイラが、心配なんだ」

 指先で頬をくすぐるようにされ、ぞくりと背筋に甘さが滲み出る。
 ……そんな触れ方は止めて欲しい。リオネル様の手が気持ち良さを与えてくれることを、僕の体はもう知ってしまっているから。
 自然と潤む瞳でリオネル様を見つめると、彼は唇を引き結んで息を詰めた。

「……そんな顔をされると困るな」
「え」

 綺麗な顔がどんどん近くなり、そっと唇を塞がれる。
 柔らかな唇は何度も触れるだけの口づけをしてから、吐息の感触を残しながらゆっくりと離れていった。

「閉じ込めて、一日中触れたくなる」

 離れた唇は耳に近き、そんなことを囁いてから遠くなる。
 体の力がふにゃりと抜けて、僕は床にへたり込んでしまった。
 リオネル様、こんなの反則です……!

「レイラ、どうした?」
「いえ、その。破壊力がすごくて腰が砕けてしまいまして……」
「腰が砕けた? なぜ?」

 リオネル様はそう言うと、きょとりとして首を傾げた。
 自分がお美しいという自覚が、リオネル様は足りないんじゃないだろうか。絶世の美形なのにこんなことをホイホイとされたら、誰だって恋に落ちてしまう。少しは自重して欲しい。
 リオネル様は僕の両脇に手を入れると、そのまま持ち上げる。そして目を合わせてきた。

「……平気か?」
「へ、平気です! だからパンを買いに行きましょう!」
「ああ、行こう」

 床に下ろされ、手を差し出される。
 僕はぽかんとしてその大きな手を見つめてしまった。

「……手?」
「なにがあるかわからないからな。手を繋いでおこう」

 ……リオネル様。近所にパンを買いに行くだけで、なにかが起こることはないと思うのですけど。
 そうは思うものの、先日騎士宿舎でひどい目にあった身としては『絶対に大丈夫』という断言もできない。
 僕はしばらく躊躇した後に、リオネル様の手に自分の手をそっと乗せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

【本編完結済】蓼食う旦那様は奥様がお好き

ましまろ
BL
今年で二十八歳、いまだに結婚相手の見つからない真を心配して、両親がお見合い相手を見繕ってくれた。 お相手は年下でエリートのイケメンアルファだという。冴えない自分が気に入ってもらえるだろうかと不安に思いながらも対面した相手は、真の顔を見るなりあからさまに失望した。 さらには旦那にはマコトという本命の相手がいるらしく── 旦那に嫌われていると思っている年上平凡オメガが幸せになるために頑張るお話です。 年下美形アルファ×年上平凡オメガ 【2023.4.9】本編完結済です。今後は小話などを細々と更新予定です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...