上 下
18 / 59

花屋のうさぎの休暇2

しおりを挟む
「……懐かしいなぁ」

 目覚めた僕は、起き抜けのどこかぼやけた声でそうつぶやいた。
 カーテンの隙間から見える空は夜闇の余韻を残してまだ暗い。しかし星々がまたたく紫紺の下部は仄かに薄明るさで色づき、夜明けが近づいていることを示している。これが僕のいつも通りの起床時間だ。

 夢で見た狼族の男は……元気なのかな。

 あの日は彼が顔を見せるのを嫌がったのでひとまず見えるところだけの治療をし、軽い食事をさせてから寝かせたのだけれど――翌朝起こしに行くと彼は居なくなっていた。
 たしかあれは、一年くらい前の出来事だっけ。
 狼族の男性の死亡記事が出ていたらどうしようと、しばらくは新聞を見るのにもびくびくしたものだ。
 生きていたとしても……もう会うこともないんだろうな。

「狼……か」

 近頃縁が出来た銀狼のことを思い浮かべながら、歯ブラシに磨き粉をつける。
 リオネル様は悪い方ではないけれど、僕の大きな悩みの種になってしまった。本当に、リオネル様はなにも悪くないのだ。こちらの方に問題が多すぎるのであって。
 丁寧に歯を磨いているうちに、どこかぼんやりとしていた意識がすっきりと明瞭になる。

「……さて」

 歯を磨き終えて爽やかな気分になった僕は、朝食の準備のために小さな台所に向かった。
 フライパンで厚く切ったベーコンを焼き、上から卵を二つ落とす。水を少しかけてから蓋を閉じて蒸し焼きにしている間に、濃いめの珈琲を淹れる。少し前に買ったすっかり固くなってしまっているパンも、軽く炙ってしまいたいな。
 ご飯を食べたら店の前の掃除をして、契約している仕入先から花を受け取って、市場まで足を伸ばしてさらに花を仕入れて……そんなことを考えていると、ドアベルが鳴らされた。

 ……こんな早朝に誰だろう。

 そう思いながら扉を開けると、そこには朗らかに笑うニルス様が立っていた。彼は手に大きめの茶色の紙袋を持っている。それからはなんだか美味しそうな香りが漂っていた。

「おはよう、レイラちゃん」
「ニルス様、おはようございます。どうされたんですか?」
「配達のお仕事はお休みだけど、お花は売ってもらおうと思って。ごめんね、今日は早番だから早い時間に来ちゃって」

 謝罪の言葉と同時に、茶色の袋と錠剤が入った小瓶を渡される。首を傾げながらそれらを受け取り袋を開けると、中には美味しそうに焼けたパンが入っていた。

「この瓶は……?」
「発情を抑えるお薬。パンは一緒に朝ごはんをどうかなと思って持ってきたの。お花の仕入れがあるだろうから早起きかなとは思ってたんだけど、家から気配がしてたからほっとしたよ」

 黒い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、ニルス様は人の良さげな笑みを浮かべた。

「パンもお薬も、すごくありがたいです」

 急な発情期で薬の手持ちが心配だったので、これはとても助かる。ニルス様は本当に気が利く方だ。パンは……ニルス様はここから三軒先のパン屋の女性とお付き合いしてるんだっけ。そこが出どころかな。今朝は固いパンじゃなくて、美味しいパンを食べられそうだ。

「卵をちょうど焼いていたんです。半分にして食べましょう」
「わぁ、いい匂いがしてると思ってたんだ」

 ニルス様の大きな尻尾がばふばふと大きく揺れる。リオネル様は無表情で取っつきにくい印象が強いけれど、ニルス様はいつでも朗らかだ。
 ひとまず我が家の狭い居間へご案内して、長椅子に座って頂く。そして台所に向かうとベーコンエッグがちょうど良く焼けていた。それをお皿に移してフォークを二本持ってから、僕はニルス様の元へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

誰よりも愛してるあなたのために

R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。  ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。 前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。 だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。 「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」   それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!  すれ違いBLです。 ハッピーエンド保証! 初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。 (誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります) 11月9日~毎日21時更新。ストックが溜まったら毎日2話更新していきたいと思います。 ※…このマークは少しでもエッチなシーンがあるときにつけます。 自衛お願いします。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

α嫌いのΩ、運命の番に出会う。

むむむめ
BL
目が合ったその瞬間から何かが変わっていく。 α嫌いのΩと、一目惚れしたαの話。 ほぼ初投稿です。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

【本編完結済】蓼食う旦那様は奥様がお好き

ましまろ
BL
今年で二十八歳、いまだに結婚相手の見つからない真を心配して、両親がお見合い相手を見繕ってくれた。 お相手は年下でエリートのイケメンアルファだという。冴えない自分が気に入ってもらえるだろうかと不安に思いながらも対面した相手は、真の顔を見るなりあからさまに失望した。 さらには旦那にはマコトという本命の相手がいるらしく── 旦那に嫌われていると思っている年上平凡オメガが幸せになるために頑張るお話です。 年下美形アルファ×年上平凡オメガ 【2023.4.9】本編完結済です。今後は小話などを細々と更新予定です。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...