上 下
7 / 59

誇り高き狼と花屋のうさぎ7

しおりを挟む
 リオネル様が花を買い求めに来るようになって、一週間が過ぎた。

「また、嫌がらせ……」

 出勤した僕は、店頭に捨てられた大量の生ごみを見ながら小さくため息をつく。最近は毎朝これなのだ。占いがきっかけだったとはいえ、国中の憧れであるリオネル様御用達の花屋になってしまった。やっかみは覚悟していたけれど、実際にあるとげんなりしてしまう。ざまぁみろと言わんばかりに、遠巻きに僕を見ている人々がいる。彼らが犯人なのか、犯人と同じ気持ちを持つ人々なのか。
 ……僕がリオネル様のお手付きであるという根も葉もない噂が、まことしやかに流れているのも困ったものだ。リオネル様は耳やら頬やらをべたべた触ったりはするけれど、それ以上のことはしてこない。

 あれはおそらく、ただのうさぎフェチだと僕は思っている。

 特定種族への奇妙な愛着を持つ人は、時々いる。
 店に入って箒と塵取りを持って生ごみを掃除していると、誰かが目の前に立った。いかにも高級ですという革靴を見て、誰だろうと思いながら顔を上げると……

「レイラちゃん、おはよ」

 ラフな服装のニルス様が、笑顔で立っていた。

「ニルス様、どうして」
「通りすがりだよ。三軒先のパン屋の女の子と、仲良くしてるんだ」

 仲良く……それは大人の関係ということだろう。僕は思わず頬を赤らめた。僕には、そういう経験がまだない。オメガの男は女性相手の受けが、とても悪いのだ。

「ひどいことされてるんだね」

 ニルス様は生ごみを見て不快そうに顔をしかめた。

「手伝うよ。箒、もう一本ある?」
「あっ、でも……」
「いいの、いいの」

 ニルス様は軽く手を振りながら店へと入り、箒を持って戻ってくる。そして僕と並んで、生ごみの掃除を始めた。
 ニルス様は気さくだけれど、れっきとした貴族でアルファだ。伯爵家のご子息で、リオネル様の臣下。そして幼馴染だとお聞きした。

「ごめんね、リオネル様のせいで迷惑をかけて」

 ニルス様は手際よく地面の生ごみを片付けていく。リオネル様もニルス様も。身分のある方々なのに、どうしてこんなに気さくなのだろう。

「いいえ、そんな! 毎日のご購入、とってもありがたいですし!」
「そういうとこ、レイラちゃんは案外しっかりしてるよねぇ」

 そう言ってニルス様は楽しそうに笑う。その精悍な顔に浮かぶ笑顔を目にして、通りすがりのベータの女性が顔を赤くしながら、手に持っていた荷物をゴトリと落とした。

「……お金は大事ですから」

 僕は少しだけ、苦さが混じった呟きを漏らした。
 毎月の発情期を抑制する薬は結構な値段がする。それをベータやアルファよりも安い賃金の仕事に就くことになりがちな、オメガの収入で賄わねばならないのだ。
 番ができれば発情期のフェロモンは、抑えられるらしいけれど。番どころか普通の恋人すらできたことがない僕にとっては、夢物語のような話である。

「大変だね」

 言葉から、言外の意味を汲み取ったのだろう。ニルス様はぺたりと狼耳を下げて、同情するような表情をする。

「いえ、僕は恵まれている方ですから」

 僕は首を横に振った。花屋の経営は幸運なことに軌道に乗るのが早かったので、普通程度の生活はできている。それはとても恵まれたことだ。

「……ところでさ、レイラちゃんはリオネル様のこと、どう思ってるの?」

 唐突にニルス様が口にした言葉に、僕は思わずきょとりとした。

「親切でいい人だと思ってますけど」

 そしてちょっと変わっていて、うさぎフェチで。怖いくらいに綺麗な人だと思っている。
 ニルス様は『ふむ』と小さく呟いて、手を口元に当て考える仕草をした。もしかしてニルス様は、平民のオメガがリオネル様に懸想することを心配しているのだろうか。

「あの、ニルス様」
「ん?」
「もしも僕がリオネル様に懸想する、とかそんな心配をしているのなら。それはありませんから、安心してください! 僕は身のほどをちゃんとわきまえているので!」

 僕の言葉を聞いたニルス様は、あんぐりと口を開けた。その表情を見て、僕は首を傾げる。そんなに、おかしなことを言っただろうか。

「……あの草食童貞ヘタレ狼……。は~バカなの? なに一つ伝わってないじゃない……」

 ニルス様は小さな声でブツブツと小声で呟いた後に、怪訝な顔で見つめている僕に気づくと、なにかをごまかすように笑みを浮かべた。

「さて、綺麗になったことだし。そろそろ俺は帰るかな」
「ニルス様。ありがとうございます!」

 ニルス様のおかげで、今日はいつもよりも早く店頭が綺麗になった。僕はぺこりと頭を下げてお礼を言った。

「ううん。明日からも気が向いた時に、手伝いに来るから。じゃ、また午後に」

 そう言ってニルス様は軽く手を振りながら去っていく。毛並みのいい黒い尻尾が揺れるその後姿を、僕は小さくなるまで見送った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄はいいですが、あなた学院に届け出てる仕事と違いませんか?

来住野つかさ
恋愛
侯爵令嬢オリヴィア・マルティネスの現在の状況を端的に表すならば、絶体絶命と言える。何故なら今は王立学院卒業式の記念パーティの真っ最中。華々しいこの催しの中で、婚約者のシェルドン第三王子殿下に婚約破棄と断罪を言い渡されているからだ。 パン屋で働く苦学生・平民のミナを隣において、シェルドン殿下と側近候補達に断罪される段になって、オリヴィアは先手を打つ。「ミナさん、あなた学院に提出している『就業許可申請書』に書いた勤務内容に偽りがありますわよね?」―― よくある婚約破棄ものです。R15は保険です。あからさまな表現はないはずです。 ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』にも掲載しています。

【完結】偽聖女め!死刑だ!と言われたので逃亡したら、国が滅んだ

富士とまと
恋愛
小さな浄化魔法で、快適な生活が送れていたのに何もしていないと思われていた。 皇太子から婚約破棄どころか死刑にしてやると言われて、逃亡生活を始めることに。 少しずつ、聖女を追放したことで訪れる不具合。 ま、そんなこと知らないけど。 モブ顔聖女(前世持ち)とイケメン木こり(正体不明)との二人旅が始まる。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

(完)そんなに妹が大事なの?と彼に言おうとしたら・・・

青空一夏
恋愛
デートのたびに、病弱な妹を優先する彼に文句を言おうとしたけれど・・・

転生からの魔法失敗で、1000年後に転移かつ獣人逆ハーレムは盛りすぎだと思います!

ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
 異世界転生をするものの、物語の様に分かりやすい活躍もなく、のんびりとスローライフを楽しんでいた主人公・マレーゼ。しかしある日、転移魔法を失敗してしまい、見知らぬ土地へと飛ばされてしまう。  全く知らない土地に慌てる彼女だったが、そこはかつて転生後に生きていた時代から1000年も後の世界であり、さらには自身が生きていた頃の文明は既に滅んでいるということを知る。  そして、実は転移魔法だけではなく、1000年後の世界で『嫁』として召喚された事実が判明し、召喚した相手たちと婚姻関係を結ぶこととなる。  人懐っこく明るい蛇獣人に、かつての文明に入れ込む兎獣人、なかなか心を開いてくれない狐獣人、そして本物の狼のような狼獣人。この時代では『モテない』と言われているらしい四人組は、マレーゼからしたらとてつもない美形たちだった。  1000年前に戻れないことを諦めつつも、1000年後のこの時代で新たに生きることを決めるマレーゼ。  異世界転生&転移に巻き込まれたマレーゼが、1000年後の世界でスローライフを送ります! 【この作品は逆ハーレムものとなっております。最終的に一人に絞られるのではなく、四人同時に結ばれますのでご注意ください】 【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『Pixiv』にも掲載しています】

貢がせて、ハニー!

わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。 隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。 社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。 ※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8) ■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました! ■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。 ■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。 彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。 その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。 数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…

お兄様、奥様を裏切ったツケを私に押し付けましたね。只で済むとお思いかしら?

百谷シカ
恋愛
フロリアン伯爵、つまり私の兄が赤ん坊を押し付けてきたのよ。 恋人がいたんですって。その恋人、亡くなったんですって。 で、孤児にできないけど妻が恐いから、私の私生児って事にしろですって。 「は?」 「既にバーヴァ伯爵にはお前が妊娠したと告げ、賠償金を払った」 「はっ?」 「お前の婚約は破棄されたし、お前が母親になればすべて丸く収まるんだ」 「はあっ!?」 年の離れた兄には、私より1才下の妻リヴィエラがいるの。 親の決めた結婚を受け入れてオジサンに嫁いだ、真面目なイイコなのよ。 「お兄様? 私の未来を潰した上で、共犯になれって仰るの?」 「違う。私の妹のお前にフロリアン伯爵家を守れと命じている」 なんのメリットもないご命令だけど、そこで泣いてる赤ん坊を放っておけないじゃない。 「心配する必要はない。乳母のスージーだ」 「よろしくお願い致します、ソニア様」 ピンと来たわ。 この女が兄の浮気相手、赤ん坊の生みの親だって。 舐めた事してくれちゃって……小娘だろうと、女は怒ると恐いのよ?

処理中です...