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誇り高き狼と花屋のうさぎ7
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リオネル様が花を買い求めに来るようになって、一週間が過ぎた。
「また、嫌がらせ……」
出勤した僕は、店頭に捨てられた大量の生ごみを見ながら小さくため息をつく。最近は毎朝これなのだ。占いがきっかけだったとはいえ、国中の憧れであるリオネル様御用達の花屋になってしまった。やっかみは覚悟していたけれど、実際にあるとげんなりしてしまう。ざまぁみろと言わんばかりに、遠巻きに僕を見ている人々がいる。彼らが犯人なのか、犯人と同じ気持ちを持つ人々なのか。
……僕がリオネル様のお手付きであるという根も葉もない噂が、まことしやかに流れているのも困ったものだ。リオネル様は耳やら頬やらをべたべた触ったりはするけれど、それ以上のことはしてこない。
あれはおそらく、ただのうさぎフェチだと僕は思っている。
特定種族への奇妙な愛着を持つ人は、時々いる。
店に入って箒と塵取りを持って生ごみを掃除していると、誰かが目の前に立った。いかにも高級ですという革靴を見て、誰だろうと思いながら顔を上げると……
「レイラちゃん、おはよ」
ラフな服装のニルス様が、笑顔で立っていた。
「ニルス様、どうして」
「通りすがりだよ。三軒先のパン屋の女の子と、仲良くしてるんだ」
仲良く……それは大人の関係ということだろう。僕は思わず頬を赤らめた。僕には、そういう経験がまだない。オメガの男は女性相手の受けが、とても悪いのだ。
「ひどいことされてるんだね」
ニルス様は生ごみを見て不快そうに顔をしかめた。
「手伝うよ。箒、もう一本ある?」
「あっ、でも……」
「いいの、いいの」
ニルス様は軽く手を振りながら店へと入り、箒を持って戻ってくる。そして僕と並んで、生ごみの掃除を始めた。
ニルス様は気さくだけれど、れっきとした貴族でアルファだ。伯爵家のご子息で、リオネル様の臣下。そして幼馴染だとお聞きした。
「ごめんね、リオネル様のせいで迷惑をかけて」
ニルス様は手際よく地面の生ごみを片付けていく。リオネル様もニルス様も。身分のある方々なのに、どうしてこんなに気さくなのだろう。
「いいえ、そんな! 毎日のご購入、とってもありがたいですし!」
「そういうとこ、レイラちゃんは案外しっかりしてるよねぇ」
そう言ってニルス様は楽しそうに笑う。その精悍な顔に浮かぶ笑顔を目にして、通りすがりのベータの女性が顔を赤くしながら、手に持っていた荷物をゴトリと落とした。
「……お金は大事ですから」
僕は少しだけ、苦さが混じった呟きを漏らした。
毎月の発情期を抑制する薬は結構な値段がする。それをベータやアルファよりも安い賃金の仕事に就くことになりがちな、オメガの収入で賄わねばならないのだ。
番ができれば発情期のフェロモンは、抑えられるらしいけれど。番どころか普通の恋人すらできたことがない僕にとっては、夢物語のような話である。
「大変だね」
言葉から、言外の意味を汲み取ったのだろう。ニルス様はぺたりと狼耳を下げて、同情するような表情をする。
「いえ、僕は恵まれている方ですから」
僕は首を横に振った。花屋の経営は幸運なことに軌道に乗るのが早かったので、普通程度の生活はできている。それはとても恵まれたことだ。
「……ところでさ、レイラちゃんはリオネル様のこと、どう思ってるの?」
唐突にニルス様が口にした言葉に、僕は思わずきょとりとした。
「親切でいい人だと思ってますけど」
そしてちょっと変わっていて、うさぎフェチで。怖いくらいに綺麗な人だと思っている。
ニルス様は『ふむ』と小さく呟いて、手を口元に当て考える仕草をした。もしかしてニルス様は、平民のオメガがリオネル様に懸想することを心配しているのだろうか。
「あの、ニルス様」
「ん?」
「もしも僕がリオネル様に懸想する、とかそんな心配をしているのなら。それはありませんから、安心してください! 僕は身のほどをちゃんとわきまえているので!」
僕の言葉を聞いたニルス様は、あんぐりと口を開けた。その表情を見て、僕は首を傾げる。そんなに、おかしなことを言っただろうか。
「……あの草食童貞ヘタレ狼……。は~バカなの? なに一つ伝わってないじゃない……」
ニルス様は小さな声でブツブツと小声で呟いた後に、怪訝な顔で見つめている僕に気づくと、なにかをごまかすように笑みを浮かべた。
「さて、綺麗になったことだし。そろそろ俺は帰るかな」
「ニルス様。ありがとうございます!」
ニルス様のおかげで、今日はいつもよりも早く店頭が綺麗になった。僕はぺこりと頭を下げてお礼を言った。
「ううん。明日からも気が向いた時に、手伝いに来るから。じゃ、また午後に」
そう言ってニルス様は軽く手を振りながら去っていく。毛並みのいい黒い尻尾が揺れるその後姿を、僕は小さくなるまで見送った。
「また、嫌がらせ……」
出勤した僕は、店頭に捨てられた大量の生ごみを見ながら小さくため息をつく。最近は毎朝これなのだ。占いがきっかけだったとはいえ、国中の憧れであるリオネル様御用達の花屋になってしまった。やっかみは覚悟していたけれど、実際にあるとげんなりしてしまう。ざまぁみろと言わんばかりに、遠巻きに僕を見ている人々がいる。彼らが犯人なのか、犯人と同じ気持ちを持つ人々なのか。
……僕がリオネル様のお手付きであるという根も葉もない噂が、まことしやかに流れているのも困ったものだ。リオネル様は耳やら頬やらをべたべた触ったりはするけれど、それ以上のことはしてこない。
あれはおそらく、ただのうさぎフェチだと僕は思っている。
特定種族への奇妙な愛着を持つ人は、時々いる。
店に入って箒と塵取りを持って生ごみを掃除していると、誰かが目の前に立った。いかにも高級ですという革靴を見て、誰だろうと思いながら顔を上げると……
「レイラちゃん、おはよ」
ラフな服装のニルス様が、笑顔で立っていた。
「ニルス様、どうして」
「通りすがりだよ。三軒先のパン屋の女の子と、仲良くしてるんだ」
仲良く……それは大人の関係ということだろう。僕は思わず頬を赤らめた。僕には、そういう経験がまだない。オメガの男は女性相手の受けが、とても悪いのだ。
「ひどいことされてるんだね」
ニルス様は生ごみを見て不快そうに顔をしかめた。
「手伝うよ。箒、もう一本ある?」
「あっ、でも……」
「いいの、いいの」
ニルス様は軽く手を振りながら店へと入り、箒を持って戻ってくる。そして僕と並んで、生ごみの掃除を始めた。
ニルス様は気さくだけれど、れっきとした貴族でアルファだ。伯爵家のご子息で、リオネル様の臣下。そして幼馴染だとお聞きした。
「ごめんね、リオネル様のせいで迷惑をかけて」
ニルス様は手際よく地面の生ごみを片付けていく。リオネル様もニルス様も。身分のある方々なのに、どうしてこんなに気さくなのだろう。
「いいえ、そんな! 毎日のご購入、とってもありがたいですし!」
「そういうとこ、レイラちゃんは案外しっかりしてるよねぇ」
そう言ってニルス様は楽しそうに笑う。その精悍な顔に浮かぶ笑顔を目にして、通りすがりのベータの女性が顔を赤くしながら、手に持っていた荷物をゴトリと落とした。
「……お金は大事ですから」
僕は少しだけ、苦さが混じった呟きを漏らした。
毎月の発情期を抑制する薬は結構な値段がする。それをベータやアルファよりも安い賃金の仕事に就くことになりがちな、オメガの収入で賄わねばならないのだ。
番ができれば発情期のフェロモンは、抑えられるらしいけれど。番どころか普通の恋人すらできたことがない僕にとっては、夢物語のような話である。
「大変だね」
言葉から、言外の意味を汲み取ったのだろう。ニルス様はぺたりと狼耳を下げて、同情するような表情をする。
「いえ、僕は恵まれている方ですから」
僕は首を横に振った。花屋の経営は幸運なことに軌道に乗るのが早かったので、普通程度の生活はできている。それはとても恵まれたことだ。
「……ところでさ、レイラちゃんはリオネル様のこと、どう思ってるの?」
唐突にニルス様が口にした言葉に、僕は思わずきょとりとした。
「親切でいい人だと思ってますけど」
そしてちょっと変わっていて、うさぎフェチで。怖いくらいに綺麗な人だと思っている。
ニルス様は『ふむ』と小さく呟いて、手を口元に当て考える仕草をした。もしかしてニルス様は、平民のオメガがリオネル様に懸想することを心配しているのだろうか。
「あの、ニルス様」
「ん?」
「もしも僕がリオネル様に懸想する、とかそんな心配をしているのなら。それはありませんから、安心してください! 僕は身のほどをちゃんとわきまえているので!」
僕の言葉を聞いたニルス様は、あんぐりと口を開けた。その表情を見て、僕は首を傾げる。そんなに、おかしなことを言っただろうか。
「……あの草食童貞ヘタレ狼……。は~バカなの? なに一つ伝わってないじゃない……」
ニルス様は小さな声でブツブツと小声で呟いた後に、怪訝な顔で見つめている僕に気づくと、なにかをごまかすように笑みを浮かべた。
「さて、綺麗になったことだし。そろそろ俺は帰るかな」
「ニルス様。ありがとうございます!」
ニルス様のおかげで、今日はいつもよりも早く店頭が綺麗になった。僕はぺこりと頭を下げてお礼を言った。
「ううん。明日からも気が向いた時に、手伝いに来るから。じゃ、また午後に」
そう言ってニルス様は軽く手を振りながら去っていく。毛並みのいい黒い尻尾が揺れるその後姿を、僕は小さくなるまで見送った。
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