18 / 36
インキュバスとバーベキュー6
しおりを挟む
テントとコンロを行ったり来たりしつつでお肉をたらふく食べて満足感に浸っていると、エルゥがバッグからパウンドケーキを取り出した。
お腹はいっぱいのはずなのに、ラップに包まれたそれを見てごくりと喉が鳴る。甘いものは別腹だしね、うん。
「琴子。ケーキは食べられる?」
「食べる!」
勢いよく答える私の頭を、菩薩のような笑顔のエルゥがよしよしと撫でる。
……くそぅ。手懐けたと思ったら、大間違いだからな。
「ケーキ?」
「ケーキ??」
『ケーキ』いう言葉を聞きつけた、江村さん宅の双子たちがとてとてとやって来る。
どっちが美雨ちゃんで、どっちか咲良ちゃんなんだろう。ピンク色とレモン色のワンピースをそれぞれ着て、おそろいの二つ結びに髪を結んだ姉妹の見分けが、私にはまったくつかない。
「美雨ちゃん、咲良ちゃん。ケーキ、好き?」
「好きぃ!」
「好き!」
エルゥの質問を聞いて双子はぴん! と元気よく手を挙げる。その微笑ましい様子に、私は頬をゆるませた。
「江村さん。この子たちアレルギーは?」
同じくテントでくつろいでいた江村さんにエルゥが声をかける。すると江村さんからは「なんないよー。そんで私も食べる~!」とのんびりした返事が帰ってきた。
「他の皆さんは食べるのかな」
私はみんなの姿を探して周囲を見回した。社長と美里さんは肩を寄せ合いながら木陰で談笑している。……相変わらず仲がいいご夫婦だ。
井上君は、幸治さんとバトミントン中だ。たぶんあれは、断れなかったんだろうなぁ。ふらふらになりながらシャトルを追いかける井上君と対照的に、幸治さんははつらつとしている。幸治さんのシャトルの打ち方が上手だから、ラリーが続いてしまうのが井上君にとっては不幸だな。
更紗ちゃんは……
エルゥにあれだけまとわりついていた、更紗ちゃんが見当たらない。
彼女が物をはっきりと言う江村さんが苦手のようだから、エルゥがその側にいるので寄って来ないのだろう。
「あ……」
機嫌が悪そうな顔で、川にざぶざぶと踏み入る更紗ちゃんが目に入る。
川は浅瀬が続いて急に深くなることが多い。その落差に足を取られて溺れてしまう人の話は、ニュースなどで時々聞く話だ。この川でも十年くらい前に、同じくバーベキューに来た女性が亡くなっている。
「危ないから、注意してきます」
「ええー。子供じゃないんだから大丈夫やろ」
江村さんがエルゥからパウンドケーキを家族分受け取りながら、つまらなそうな顔で更紗ちゃんを見遣る。
「子供ですよ、十七なんですし」
私はそう言いつつ、更紗ちゃんの方へ向かおうと腰を上げた。「じゃ、僕も」と言ってエルゥも一緒に立ち上がる。
……更紗ちゃんとは相性が悪いので、正直ちょっと助かる。
私たちが近づくと、彼女はエルゥを見て目を輝かせ、私を見ると苦い顔をした。なんともわかりやすい子だ。
「更紗ちゃん、川に入るのは危ないから。上がった方がいいよ」
素足で浅瀬でちゃぷちゃぷしている更紗ちゃんに話しかけると、目つり上げてさらに川の中に進もうとする。
……これは逆効果だったかもしれない。
私は慌ててスニーカーを脱ぎ捨て、更紗ちゃんを追って川に入った。
水流は想像していたよりも強く、つるつるとした小石との相乗効果は足元のバランスをあやうくする。
「琴子、危ないよ!」
エルゥも水に入ってきたけれど……彼は心配しなくてもいいだろう。悪魔だし。
それよりも、更紗ちゃんである。
「更紗ちゃん!」
私は更紗ちゃんの腕を掴んで引き止めた。すると憎々しげな視線に睨みつけられ、その恐怖に呼吸が止まりそうになる。
「勝ったと思ってるんでしょ? 私を……見下さないで!」
更紗ちゃんはそう叫ぶと……掴まれた腕を振りほどこうと振り回す。
「……あ」
腕を振り回されたはずみで流れに足を取られ、気がつけば……私は川に転倒していた。
人間は浅い水深でも溺れることができると聞いたことがあるけれど、まさか我が身で体感するなんて。そんなことを考える間もなく必死でもがいていると……水の膜の向こうに更紗ちゃんの楽しそうに笑う顔が見えた。
「琴子!」
強い力で腕を引かれて、体を一気に引き上げられた。
「――っぷは!」
耳に水が入って聴覚がはっきりとしない。自分の激しい呼吸の音だけが、内側から響いて音として届く。
「琴子、琴子!」
温かい体が私を抱きしめる。ああ、エルゥだ。
そんなにぎゅうぎゅう抱きしめないでよ。苦しくて内臓が出てしまいそう。
何度も咳をして水を吐き出しているうちに、私の意識は明瞭になっていく。
そして目に入ったのは……
――今にも泣き出しそうな、エルゥの顔だった。
お腹はいっぱいのはずなのに、ラップに包まれたそれを見てごくりと喉が鳴る。甘いものは別腹だしね、うん。
「琴子。ケーキは食べられる?」
「食べる!」
勢いよく答える私の頭を、菩薩のような笑顔のエルゥがよしよしと撫でる。
……くそぅ。手懐けたと思ったら、大間違いだからな。
「ケーキ?」
「ケーキ??」
『ケーキ』いう言葉を聞きつけた、江村さん宅の双子たちがとてとてとやって来る。
どっちが美雨ちゃんで、どっちか咲良ちゃんなんだろう。ピンク色とレモン色のワンピースをそれぞれ着て、おそろいの二つ結びに髪を結んだ姉妹の見分けが、私にはまったくつかない。
「美雨ちゃん、咲良ちゃん。ケーキ、好き?」
「好きぃ!」
「好き!」
エルゥの質問を聞いて双子はぴん! と元気よく手を挙げる。その微笑ましい様子に、私は頬をゆるませた。
「江村さん。この子たちアレルギーは?」
同じくテントでくつろいでいた江村さんにエルゥが声をかける。すると江村さんからは「なんないよー。そんで私も食べる~!」とのんびりした返事が帰ってきた。
「他の皆さんは食べるのかな」
私はみんなの姿を探して周囲を見回した。社長と美里さんは肩を寄せ合いながら木陰で談笑している。……相変わらず仲がいいご夫婦だ。
井上君は、幸治さんとバトミントン中だ。たぶんあれは、断れなかったんだろうなぁ。ふらふらになりながらシャトルを追いかける井上君と対照的に、幸治さんははつらつとしている。幸治さんのシャトルの打ち方が上手だから、ラリーが続いてしまうのが井上君にとっては不幸だな。
更紗ちゃんは……
エルゥにあれだけまとわりついていた、更紗ちゃんが見当たらない。
彼女が物をはっきりと言う江村さんが苦手のようだから、エルゥがその側にいるので寄って来ないのだろう。
「あ……」
機嫌が悪そうな顔で、川にざぶざぶと踏み入る更紗ちゃんが目に入る。
川は浅瀬が続いて急に深くなることが多い。その落差に足を取られて溺れてしまう人の話は、ニュースなどで時々聞く話だ。この川でも十年くらい前に、同じくバーベキューに来た女性が亡くなっている。
「危ないから、注意してきます」
「ええー。子供じゃないんだから大丈夫やろ」
江村さんがエルゥからパウンドケーキを家族分受け取りながら、つまらなそうな顔で更紗ちゃんを見遣る。
「子供ですよ、十七なんですし」
私はそう言いつつ、更紗ちゃんの方へ向かおうと腰を上げた。「じゃ、僕も」と言ってエルゥも一緒に立ち上がる。
……更紗ちゃんとは相性が悪いので、正直ちょっと助かる。
私たちが近づくと、彼女はエルゥを見て目を輝かせ、私を見ると苦い顔をした。なんともわかりやすい子だ。
「更紗ちゃん、川に入るのは危ないから。上がった方がいいよ」
素足で浅瀬でちゃぷちゃぷしている更紗ちゃんに話しかけると、目つり上げてさらに川の中に進もうとする。
……これは逆効果だったかもしれない。
私は慌ててスニーカーを脱ぎ捨て、更紗ちゃんを追って川に入った。
水流は想像していたよりも強く、つるつるとした小石との相乗効果は足元のバランスをあやうくする。
「琴子、危ないよ!」
エルゥも水に入ってきたけれど……彼は心配しなくてもいいだろう。悪魔だし。
それよりも、更紗ちゃんである。
「更紗ちゃん!」
私は更紗ちゃんの腕を掴んで引き止めた。すると憎々しげな視線に睨みつけられ、その恐怖に呼吸が止まりそうになる。
「勝ったと思ってるんでしょ? 私を……見下さないで!」
更紗ちゃんはそう叫ぶと……掴まれた腕を振りほどこうと振り回す。
「……あ」
腕を振り回されたはずみで流れに足を取られ、気がつけば……私は川に転倒していた。
人間は浅い水深でも溺れることができると聞いたことがあるけれど、まさか我が身で体感するなんて。そんなことを考える間もなく必死でもがいていると……水の膜の向こうに更紗ちゃんの楽しそうに笑う顔が見えた。
「琴子!」
強い力で腕を引かれて、体を一気に引き上げられた。
「――っぷは!」
耳に水が入って聴覚がはっきりとしない。自分の激しい呼吸の音だけが、内側から響いて音として届く。
「琴子、琴子!」
温かい体が私を抱きしめる。ああ、エルゥだ。
そんなにぎゅうぎゅう抱きしめないでよ。苦しくて内臓が出てしまいそう。
何度も咳をして水を吐き出しているうちに、私の意識は明瞭になっていく。
そして目に入ったのは……
――今にも泣き出しそうな、エルゥの顔だった。
0
お気に入りに追加
376
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり
響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。
紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。
手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。
持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。
その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。
彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。
過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
イラスト:Suico 様
溺愛彼氏は消防士!?
すずなり。
恋愛
彼氏から突然言われた言葉。
「別れよう。」
その言葉はちゃんと受け取ったけど、飲み込むことができない私は友達を呼び出してやけ酒を飲んだ。
飲み過ぎた帰り、イケメン消防士さんに助けられて・・・新しい恋が始まっていく。
「男ならキスの先をは期待させないとな。」
「俺とこの先・・・してみない?」
「もっと・・・甘い声を聞かせて・・?」
私の身は持つの!?
※お話は全て想像の世界になります。現実世界と何ら関係はありません。
※コメントや乾燥を受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる