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ぽっちゃり令嬢と黒猫王子の舞踏会10(ミーニャ視点)

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「さて。手短に話そうか」

 セイレン伯爵夫人から案内された部屋の扉を閉めた瞬間。勧められた長椅子に座りもせずに僕は切り出した。可愛い番を害そうとした女。それを許すなんて考えは、最初から毛頭ない。

「ハナは僕の番だ。それを害そうとするということは……どういう意味になるのか、貴女にもわかるだろう?」
「つ、番ですって!」

 僕の言葉を聞いてセイレン伯爵夫人は顔を青褪めさせた。
 他の国であれば『番のことなんて存じませんでした』なんて言い逃れができたかもしれない。けれどここはライラックの隣国なのだ。その歴史の中で獣人との対立や小競り合いも多く、ある意味では獣人たちと深く関わり続けてきたこの国の住人が、獣人の『番』のことを知らないなんてことはありえない。

「ハナ嬢が貴方の番だなんて知らなかったのです、ミーニャ王子!」
「……知らなかった、で済むわけがないだろう? 僕の番であることを除いても他の伯爵家の娘を害しようとしたんだぞ? 申し開きなんてできると思うな」

 この国は未婚の貴族女性の処女性に厳しい。ハナがなんらかの瑕疵をあの男から与えられ、噂をばら撒かれてしまっては……ハナと婚姻するのはあの男くらいしかいなくなるだろう。

 ――しかし、それも僕がいなければという話だ。

 考えるだけでも腸が煮えくり返ることだが。あの男がハナに瑕疵を負わせたとしても、僕はハナを躊躇なく妻に迎えた。いや、それ以前にハナを溺愛するバーロウ伯爵家の面々は、あの男に娘をやることを拒絶するだろうな。瑕疵のある娘をもらってくれるからと、ありがたがって差し出すような一家ではない。
 だからあの男とセイレン伯爵夫人の企みは最初から無理筋だったのだ。

「このことは父を通じて、ユーレリアの王に抗議をする。どんな沙汰が下るか今から覚悟をしておけ」
「そんなっ」

 セイレン伯爵夫人は目を白黒させながら、悲鳴のような声を上げた。
 現在、我がライラック王国とユーレリア王国は薄氷の上に立つようなバランスでの和平を築いている。そのバランスを少なくとも今は崩したくないだろうこの国の王は、セイレン伯爵家を簡単に切り捨てるだろう。

 ――だけどそれも当然だろう? 僕のハナに手を出したのだから処罰は当然だ。

 あのハワード侯爵とかいう男に関しても、僕は容赦をするつもりはない。あの男の家は『少し』の賠償を求めればすぐに吹き飛んでしまうだろうが。
 両家とも遅かれ早かれ、この国の地図からは消える。

「僕の話はそれだけだ。では僕たちは帰らせてもらう。……いい夜を、今日はお招きありがとう」

 部屋を出て扉を閉めると、中から泣き叫ぶような声がした。

 ☆

 僕の番が不安そうな顔をして視線を下に落としている。
 食べることが大好きな彼女なのに食べ物にはもう目もくれず、そわそわとした動きをする手はドレスを掴んだり離したりしていた。
 そんなハナにキャスヴェルが安心させるように話しかけている。そちらに向かっている僕の姿に気づくと、キャスヴェルはハナにそっと耳打ちをした。
 ハナがこちらにぱっと顔を向ける。軽く手を振ってみせると、彼女は泣きそうな表情になって淑女の慎みなんてものをかなぐり捨てた動作でこちらに駆け寄ってきた。

「大丈夫でしたか、ミーニャ王子! なにかひどいことをされませんでした!?」

 ハナはオロオロしながら上から下へと何度も視線を往復させながら、僕の無事を確認をする。そして傷などがないことに安堵したのか、息をほっと吐いた。
 ああ、可愛い。そんなに心配してくれたのだな。

「大丈夫だ、ハナ。なにもされていない」

 そう言って白くて丸い頬を撫でると、ハナは笑みを浮かべながら僕の手に頬を擦り寄せた。ふわりとした優しい感触が手のひらに伝わる。もっといろいろな場所に触れたい、舐めたい、齧りたい。ハナの体はどこもかしこも甘そうだ。

「よかった、無事で」

 他国の王子にこんな人目が多い夜に、妙なことをする輩なんてそうそういないと思うのだが。ハナは自分自身が妙なことをされかけたからか、それが心配だったらしい。

 ――思い返すと、腹が立ってきたな。

 あんな男にハナが汚されなくてよかった。
 ハナを優しく抱きしめる。すると彼女は動揺する様子を見せながらも、僕の腕に閉じ込められてくれた。

「ハナ、帰ろう。もうこんなところにいなくてもいいだろう?」
「……そうですね。ミーニャ王子」
「帰ったら、君があの男に触れられた部分を……すべて僕で上書きしないとな」

 耳元で囁くとハナの顔が真っ赤になる。そして動揺からか、だらだらと顔中に汗を流しはじめる。その汗をぺろりと舐めると濃い番の味がした。……美味いな。ふだんは人の汗なんて舐めようなんてまったく思わないのだが、ハナのものだけは別だ。

「上書きでございますか、ミーニャ王子」
「……ダメか?」

 訊ねるとハナはしばらく口をぱくぱくさせた後に、トマトにように熟れた顔でコクンとうなずいてくれた。
 ハナが……僕のことを好いてくれている、という認識に間違いはないのだよな。彼女から『好き』という言葉も引き出していることだし。触れることだって、ハナも望んでくれた。
 しかしハナは、運命の番を必要としない人間だ。その事実は心を時々不安で揺らす。滞在中に、もっともっと彼女に好いてもらわねば。
 ……妻になってくれ、と言っても彼女が躊躇なくうなずいてくれるくらいに。
 愛しいこの子を無理やりに国へ連れ帰るようなことになるのを、僕は避けたいのだ。

 そして僕たちは、明らかに慇懃な態度に変わった使用人に見送られながらこの屋敷を後にした。

 ――先ほどの件に関わったものは、徹底的に潰してやる。
 使用人一人たりとも逃さない。獣人の番への執着を甘く見た罰だ。

 そんなことを考えながら、僕は口元に笑みを浮かべた。
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