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令嬢はお兄様の婚約を知る
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優雅な動作で手を引いてわたくしを馬車に乗せると、お兄様は当然のようにわたくしをお膝に乗せて後ろから抱きしめた。
お兄様わたくしもう十五なのですわよ、なんて悪態をつきたくもなったけれど。
彼があまりに嬉しそうに頬をすり寄せてくるものだから……ううん、自分がお兄様に抱きしめられたかったから。体を弛緩させてお兄様の体に身を預けることにした。
腰に回されお臍の辺りで組まれたお兄様の手は大人の男性のもので、その美しいけれど男らしく節立った手を見つめていると心臓の音がうるさくなる。
……わたくしのものには絶対にならないお兄様の手。愛を囁かれながらこの手で触れてもらえる方がそのうちに現れるのだと思うと、泣きたい気持ちになってしまう。
どうして兄妹なんだろう。……こんなに、愛しているのに。
「何事もなく、無事に卒業を迎えられたね。よかったねビアンカ」
「……お兄様の、おかげですわ」
これは掛け値なしにそう思う。お兄様がいなければ、わたくしの人生はどうなっていたかわからない。
お兄様のおかげでゲームの展開そのものにすら関わることすらなく、素敵な先輩方、気の合う同級達、可愛い後輩達に囲まれて幸せな学園生活を送ることができたのだ。
「ビアンカを守れたのなら、僕はとても嬉しいよ」
そう言ってお兄様は、わたくしの頬に愛おしげに何度も口付けた。
「お……お兄様っ……!」
帰ったら婚約者を探すと決めたのに。そんな風にされると諦めがつかなくなる。
抗議しようと横を向くとお兄様の柔らかな唇で……唇を塞がれた。
熱を持った緑の瞳に囚われると体から力が抜けて、啄むように口付けるお兄様のなすがままになってしまう。
そんな目で、見ないで。そんなに優しく口付けないで。貴方を諦められなくなってしまうから。
「おにい……さま……」
「愛してるよ、ビアンカ」
女としてのわたくしを愛していないのなら、そんな言葉は口にしないで。
突き放したいと思っても、そんなことはできるはずもなく。
苦しい胸の内を吐き出すこともできず、邸に着くまでわたくしはお兄様のされるがままになっていた。
お兄様と王都の邸に戻った日の、その夜。
わたくしは父様の書斎にこっそりと入り、とあるものを見上げていた。
月明りに照らされた亡くなったお母様の肖像画を。
豊かな黄金の髪、アーモンドのように奇麗な形の少し垂れた優しげな緑色の目。白い肌に薔薇色の頬。妖精かと思えるくらいに驚く程に整ったお顔立ち。
(……いつ見ても、お兄様にそっくりね……)
そう思うと深いため息が自然と口から漏れ出てしまった。
お兄様とわたくしは、まったく似ていない。
父様譲りの銀の髪も、つり上がった湖のような色の青の瞳も、少しきつめの顔立ちも。お兄様とは全然違う。
だから少しだけ……もしかするとお兄様とは血が繋がっていないんじゃないか、なんて。そんな希望を抱いてしまうのだけれど。
希望はお母様の肖像画を見るたびに打ち砕かれてしまう。
本当に、お兄様はお母様にそっくりね。どこからどう見ても……浮かべている微笑みまで瓜二つ。
(――往生際が悪いことをしていないで、明日にでも。父様に婚約者の件を打診しなければ)
じくじくと痛む胸を押えながら、そんなことを考えていた時。
部屋の外で微かな話し声がした。
(この声は……マクシミリアンとお兄様?)
わたくしは思わず、そろりそろりと移動し扉に耳を付ける。
はしたないとはわかっているけれど……なんだか真剣な声音の会話の内容が気になったのだ。
「いつご婚約のことをお話するのですか?」
マクシミリアンの少し低めの声で紡がれた言葉に、わたくしの心臓は一気に凍った。
「やっと父様を説き伏せたところだし、突然のことできっと驚かせてしまうからね。タイミングを見ないといけないなって……」
「すぐにお伝えしたほうがいいと私は思うのですが」
「長年の想いがようやく叶うなんて、夢みたいに思えてまだ口にするのが怖いんだ。少しくらい臆病になるのは許してよ、マクシミリアン」
「……あまりグズグズしていると私が横から攫いますよ」
「君が言うと洒落にならないから止めてよマクシミリアン!……だけど彼女が僕との婚姻を喜んでくれるかもわからないし……」
「――攫いますか」
「止めて!! 主人の想い人を堂々と攫おうとする従者なんて、前代未聞だよ!」
わたくしが呆然としている間に、二人の声は遠ざかっていった。
――お兄様の、ご婚約。
あまりの衝撃に体が激しく震え、呼吸が乱れる。両手で自らを抱いて止めようとしても震えは止まらなくて、体を扉に預け呼吸を整えながらわたくしは震えが収まるのを待った。
聞いてしまった会話の内容が。お兄様の声の恋をしていることがわかる甘やかさが。お兄様に長年想っていた女性がいたという事実が。
色々なものが胸を圧し潰そうとする。
――苦しい。
苦しい、助けて、誰か、誰か。
――助けて、お兄様。
こんな時でも助けを求めたい人はお兄様しかいないのだと愕然とした気持ちになり、わたくしは自嘲気味に唇を歪めた。
お兄様わたくしもう十五なのですわよ、なんて悪態をつきたくもなったけれど。
彼があまりに嬉しそうに頬をすり寄せてくるものだから……ううん、自分がお兄様に抱きしめられたかったから。体を弛緩させてお兄様の体に身を預けることにした。
腰に回されお臍の辺りで組まれたお兄様の手は大人の男性のもので、その美しいけれど男らしく節立った手を見つめていると心臓の音がうるさくなる。
……わたくしのものには絶対にならないお兄様の手。愛を囁かれながらこの手で触れてもらえる方がそのうちに現れるのだと思うと、泣きたい気持ちになってしまう。
どうして兄妹なんだろう。……こんなに、愛しているのに。
「何事もなく、無事に卒業を迎えられたね。よかったねビアンカ」
「……お兄様の、おかげですわ」
これは掛け値なしにそう思う。お兄様がいなければ、わたくしの人生はどうなっていたかわからない。
お兄様のおかげでゲームの展開そのものにすら関わることすらなく、素敵な先輩方、気の合う同級達、可愛い後輩達に囲まれて幸せな学園生活を送ることができたのだ。
「ビアンカを守れたのなら、僕はとても嬉しいよ」
そう言ってお兄様は、わたくしの頬に愛おしげに何度も口付けた。
「お……お兄様っ……!」
帰ったら婚約者を探すと決めたのに。そんな風にされると諦めがつかなくなる。
抗議しようと横を向くとお兄様の柔らかな唇で……唇を塞がれた。
熱を持った緑の瞳に囚われると体から力が抜けて、啄むように口付けるお兄様のなすがままになってしまう。
そんな目で、見ないで。そんなに優しく口付けないで。貴方を諦められなくなってしまうから。
「おにい……さま……」
「愛してるよ、ビアンカ」
女としてのわたくしを愛していないのなら、そんな言葉は口にしないで。
突き放したいと思っても、そんなことはできるはずもなく。
苦しい胸の内を吐き出すこともできず、邸に着くまでわたくしはお兄様のされるがままになっていた。
お兄様と王都の邸に戻った日の、その夜。
わたくしは父様の書斎にこっそりと入り、とあるものを見上げていた。
月明りに照らされた亡くなったお母様の肖像画を。
豊かな黄金の髪、アーモンドのように奇麗な形の少し垂れた優しげな緑色の目。白い肌に薔薇色の頬。妖精かと思えるくらいに驚く程に整ったお顔立ち。
(……いつ見ても、お兄様にそっくりね……)
そう思うと深いため息が自然と口から漏れ出てしまった。
お兄様とわたくしは、まったく似ていない。
父様譲りの銀の髪も、つり上がった湖のような色の青の瞳も、少しきつめの顔立ちも。お兄様とは全然違う。
だから少しだけ……もしかするとお兄様とは血が繋がっていないんじゃないか、なんて。そんな希望を抱いてしまうのだけれど。
希望はお母様の肖像画を見るたびに打ち砕かれてしまう。
本当に、お兄様はお母様にそっくりね。どこからどう見ても……浮かべている微笑みまで瓜二つ。
(――往生際が悪いことをしていないで、明日にでも。父様に婚約者の件を打診しなければ)
じくじくと痛む胸を押えながら、そんなことを考えていた時。
部屋の外で微かな話し声がした。
(この声は……マクシミリアンとお兄様?)
わたくしは思わず、そろりそろりと移動し扉に耳を付ける。
はしたないとはわかっているけれど……なんだか真剣な声音の会話の内容が気になったのだ。
「いつご婚約のことをお話するのですか?」
マクシミリアンの少し低めの声で紡がれた言葉に、わたくしの心臓は一気に凍った。
「やっと父様を説き伏せたところだし、突然のことできっと驚かせてしまうからね。タイミングを見ないといけないなって……」
「すぐにお伝えしたほうがいいと私は思うのですが」
「長年の想いがようやく叶うなんて、夢みたいに思えてまだ口にするのが怖いんだ。少しくらい臆病になるのは許してよ、マクシミリアン」
「……あまりグズグズしていると私が横から攫いますよ」
「君が言うと洒落にならないから止めてよマクシミリアン!……だけど彼女が僕との婚姻を喜んでくれるかもわからないし……」
「――攫いますか」
「止めて!! 主人の想い人を堂々と攫おうとする従者なんて、前代未聞だよ!」
わたくしが呆然としている間に、二人の声は遠ざかっていった。
――お兄様の、ご婚約。
あまりの衝撃に体が激しく震え、呼吸が乱れる。両手で自らを抱いて止めようとしても震えは止まらなくて、体を扉に預け呼吸を整えながらわたくしは震えが収まるのを待った。
聞いてしまった会話の内容が。お兄様の声の恋をしていることがわかる甘やかさが。お兄様に長年想っていた女性がいたという事実が。
色々なものが胸を圧し潰そうとする。
――苦しい。
苦しい、助けて、誰か、誰か。
――助けて、お兄様。
こんな時でも助けを求めたい人はお兄様しかいないのだと愕然とした気持ちになり、わたくしは自嘲気味に唇を歪めた。
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