上 下
5 / 14

令嬢はお兄様の婚約を知る

しおりを挟む
 優雅な動作で手を引いてわたくしを馬車に乗せると、お兄様は当然のようにわたくしをお膝に乗せて後ろから抱きしめた。
 お兄様わたくしもう十五なのですわよ、なんて悪態をつきたくもなったけれど。
 彼があまりに嬉しそうに頬をすり寄せてくるものだから……ううん、自分がお兄様に抱きしめられたかったから。体を弛緩させてお兄様の体に身を預けることにした。
 腰に回されお臍の辺りで組まれたお兄様の手は大人の男性のもので、その美しいけれど男らしく節立った手を見つめていると心臓の音がうるさくなる。
 ……わたくしのものには絶対にならないお兄様の手。愛を囁かれながらこの手で触れてもらえる方がそのうちに現れるのだと思うと、泣きたい気持ちになってしまう。
 どうして兄妹なんだろう。……こんなに、愛しているのに。

「何事もなく、無事に卒業を迎えられたね。よかったねビアンカ」
「……お兄様の、おかげですわ」

 これは掛け値なしにそう思う。お兄様がいなければ、わたくしの人生はどうなっていたかわからない。
 お兄様のおかげでゲームの展開そのものにすら関わることすらなく、素敵な先輩方、気の合う同級達、可愛い後輩達に囲まれて幸せな学園生活を送ることができたのだ。

「ビアンカを守れたのなら、僕はとても嬉しいよ」

 そう言ってお兄様は、わたくしの頬に愛おしげに何度も口付けた。

「お……お兄様っ……!」

 帰ったら婚約者を探すと決めたのに。そんな風にされると諦めがつかなくなる。
 抗議しようと横を向くとお兄様の柔らかな唇で……唇を塞がれた。
 熱を持った緑の瞳に囚われると体から力が抜けて、啄むように口付けるお兄様のなすがままになってしまう。
 そんな目で、見ないで。そんなに優しく口付けないで。貴方を諦められなくなってしまうから。

「おにい……さま……」
「愛してるよ、ビアンカ」

 女としてのわたくしを愛していないのなら、そんな言葉は口にしないで。
 突き放したいと思っても、そんなことはできるはずもなく。
 苦しい胸の内を吐き出すこともできず、邸に着くまでわたくしはお兄様のされるがままになっていた。

 お兄様と王都の邸に戻った日の、その夜。
 わたくしは父様の書斎にこっそりと入り、とあるものを見上げていた。
 月明りに照らされた亡くなったお母様の肖像画を。
 豊かな黄金の髪、アーモンドのように奇麗な形の少し垂れた優しげな緑色の目。白い肌に薔薇色の頬。妖精かと思えるくらいに驚く程に整ったお顔立ち。

 (……いつ見ても、お兄様にそっくりね……)

 そう思うと深いため息が自然と口から漏れ出てしまった。
 お兄様とわたくしは、まったく似ていない。
 父様譲りの銀の髪も、つり上がった湖のような色の青の瞳も、少しきつめの顔立ちも。お兄様とは全然違う。
 だから少しだけ……もしかするとお兄様とは血が繋がっていないんじゃないか、なんて。そんな希望を抱いてしまうのだけれど。
 希望はお母様の肖像画を見るたびに打ち砕かれてしまう。
 本当に、お兄様はお母様にそっくりね。どこからどう見ても……浮かべている微笑みまで瓜二つ。

 (――往生際が悪いことをしていないで、明日にでも。父様に婚約者の件を打診しなければ)

 じくじくと痛む胸を押えながら、そんなことを考えていた時。
 部屋の外で微かな話し声がした。

 (この声は……マクシミリアンとお兄様?)

 わたくしは思わず、そろりそろりと移動し扉に耳を付ける。
 はしたないとはわかっているけれど……なんだか真剣な声音の会話の内容が気になったのだ。

「いつご婚約のことをお話するのですか?」

 マクシミリアンの少し低めの声で紡がれた言葉に、わたくしの心臓は一気に凍った。

「やっと父様を説き伏せたところだし、突然のことできっと驚かせてしまうからね。タイミングを見ないといけないなって……」
「すぐにお伝えしたほうがいいと私は思うのですが」
「長年の想いがようやく叶うなんて、夢みたいに思えてまだ口にするのが怖いんだ。少しくらい臆病になるのは許してよ、マクシミリアン」
「……あまりグズグズしていると私が横から攫いますよ」
「君が言うと洒落にならないから止めてよマクシミリアン!……だけど彼女が僕との婚姻を喜んでくれるかもわからないし……」
「――攫いますか」
「止めて!! 主人の想い人を堂々と攫おうとする従者なんて、前代未聞だよ!」

 わたくしが呆然としている間に、二人の声は遠ざかっていった。
 ――お兄様の、ご婚約。
 あまりの衝撃に体が激しく震え、呼吸が乱れる。両手で自らを抱いて止めようとしても震えは止まらなくて、体を扉に預け呼吸を整えながらわたくしは震えが収まるのを待った。
 聞いてしまった会話の内容が。お兄様の声の恋をしていることがわかる甘やかさが。お兄様に長年想っていた女性がいたという事実が。
 色々なものが胸を圧し潰そうとする。

 ――苦しい。
 苦しい、助けて、誰か、誰か。

 ――助けて、お兄様。

 こんな時でも助けを求めたい人はお兄様しかいないのだと愕然とした気持ちになり、わたくしは自嘲気味に唇を歪めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

【R18】悪役令嬢(俺)は嫌われたいっ! 〜攻略対象に目をつけられないように頑張ったら皇子に執着された件について〜

べらる@R18アカ
恋愛
「あ、やべ。ここ乙女ゲームの世界だわ」  ただの陰キャ大学生だった俺は、乙女ゲームの世界に──それも女性であるシスベルティア侯爵令嬢に転生していた。  シスベルティアといえば、傲慢と知られる典型的な“悪役”キャラ。だが、俺にとっては彼女こそ『推し』であった。  性格さえ除けば、学園一と言われるほど美しい美貌を持っている。きっと微笑み一つで男を堕とすことができるだろう。 「男に目をつけられるなんてありえねぇ……!」  これは、男に嫌われようとする『俺』の物語……のはずだったが、あの手この手で男に目をつけられないようにあがいたものの、攻略対象の皇子に目をつけられて美味しくいただかれる話。 ※R18です。 ※さらっとさくっとを目指して。 ※恋愛成分は薄いです。 ※エロコメディとしてお楽しみください。 ※体は女ですが心は男のTS主人公です

18禁の乙女ゲームの悪役令嬢~恋愛フラグより抱かれるフラグが上ってどう言うことなの?

KUMA
恋愛
※最初王子とのHAPPY ENDの予定でしたが義兄弟達との快楽ENDに変更しました。※ ある日前世の記憶があるローズマリアはここが異世界ではない姉の中毒症とも言える2次元乙女ゲームの世界だと気付く。 しかも18禁のかなり高い確率で、エッチなフラグがたつと姉から嫌って程聞かされていた。 でもローズマリアは安心していた、攻略キャラクターは皆ヒロインのマリアンヌと肉体関係になると。 ローズマリアは婚約解消しようと…だが前世のローズマリアは天然タラシ(本人知らない) 攻略キャラは婚約者の王子 宰相の息子(執事に変装) 義兄(再婚)二人の騎士 実の弟(新ルートキャラ) 姉は乙女ゲーム(18禁)そしてローズマリアはBL(18禁)が好き過ぎる腐女子の処女男の子と恋愛よりBLのエッチを見るのが好きだから。 正直あんまり覚えていない、ローズマリアは婚約者意外の攻略キャラは知らずそこまで警戒しずに接した所新ルートを発掘!(婚約の顔はかろうじて) 悪役令嬢淫乱ルートになるとは知らない…

【R18】王子のパンツを盗んで国外逃亡させていただきます!

茅野ガク
恋愛
思い出として貴方のパンツを私にください! 乙女ゲームのライバルキャラに転生したヒロインがヒーローのパンツを盗んで逃げようとする話。 ※ムーンライトノベルズにも投稿中。

未亡人メイド、ショタ公爵令息の筆下ろしに選ばれる。ただの性処理係かと思ったら、彼から結婚しようと告白されました。【完結】

高橋冬夏
恋愛
騎士だった夫を魔物討伐の傷が元で失ったエレン。そんな悲しみの中にある彼女に夫との思い出の詰まった家を火事で無くすという更なる悲劇が襲う。 全てを失ったエレンは娼婦になる覚悟で娼館を訪れようとしたときに夫の雇い主と出会い、だたのメイドとしてではなく、幼い子息の筆下ろしを頼まれてしまう。 断ることも出来たが覚悟を決め、子息の性処理を兼ねたメイドとして働き始めるのだった。

【R18】悪役令嬢を犯して罪を償わせ性奴隷にしたが、それは冤罪でヒロインが黒幕なので犯して改心させることにした。

白濁壺
恋愛
悪役令嬢であるベラロルカの数々の悪行の罪を償わせようとロミリオは単身公爵家にむかう。警備の目を潜り抜け、寝室に入ったロミリオはベラロルカを犯すが……。

本日をもって、魔術師団長の射精係を退職するになりました。ここでの経験や学んだことを大切にしながら、今後も頑張っていきたいと考えております。

シェルビビ
恋愛
 膨大な魔力の引き換えに、自慰をしてはいけない制約がある宮廷魔術師。他人の手で射精をして貰わないといけないが、彼らの精液を受け入れられる人間は限られていた。  平民であるユニスは、偶然の出来事で射精師として才能が目覚めてしまう。ある日、襲われそうになった同僚を助けるために、制限魔法を解除して右手を酷使した結果、気絶してしまい前世を思い出してしまう。ユニスが触れた性器は、尋常じゃない快楽とおびただしい量の射精をする事が出来る。  前世の記憶を思い出した事で、冷静さを取り戻し、射精させる事が出来なくなった。徐々に射精に対する情熱を失っていくユニス。  突然仕事を辞める事を責める魔術師団長のイースは、普通の恋愛をしたいと話すユニスを説得するために行動をする。 「ユニス、本気で射精師辞めるのか? 心の髄まで射精が好きだっただろう。俺を射精させるまで辞めさせない」  射精させる情熱を思い出し愛を知った時、ユニスが選ぶ運命は――。

執事が〇〇だなんて聞いてない!

一花八華
恋愛
テンプレ悪役令嬢であるセリーナは、乙女ゲームの舞台から穏便に退場する為、処女を散らそうと決意する。そのお相手に選んだのは能面執事のクラウスで…… ちょっとお馬鹿なお嬢様が、色気だだ漏れな狼執事や、ヤンデレなお義兄様に迫られあわあわするお話。 ※ギャグとシリアスとホラーの混じったラブコメです。寸止め。生殺し。 完結感謝。後日続編投稿予定です。 ※ちょっとえっちな表現を含みますので、苦手な方はお気をつけ下さい。 表紙は、綾切なお先生にいただきました!

処理中です...