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乙女ゲームは始まらず、令嬢の気持ちは千々に乱れる

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 マクシミリアンとフィリップ王子のわたくしとの接触フラグを折ったお兄様は、その後も順調にフラグを折り続けた。
 お兄様は王子との婚約話が再燃すればまたそつなくお断りし、マクシミリアンとの接触を『主人の娘と使用人』以上のものにしなかった。
 攻略対象がいるかもしれないからとお兄様に言い含められたわたくしは社交も極力お断りし、滅多に公の場に姿を見せない正しく深窓のご令嬢として過ごした。
 仕方なく社交に参加しなければならない時にはお兄様が一緒に参加をしてわたくしの側に寄り添い、攻略対象との接触の隙を与えなかった。
 極めつけは学園のことだ。
 色々なメリットを考え父様はルミナティ魔法学園……ゲームの舞台の学園に入学させたがったのだけれど、お兄様はそれに猛烈に反対し貴族の令嬢達が通う王都から少し離れたところにある女学園にわたくしを入学させたのだ。

 ……そう。
 乙女ゲームは始まらず、わたくしは他のご令嬢とのんびりお茶や刺繍を嗜みながら十三歳から十五歳までのゲーム期間を過ごしたのだ。

 ヒロインと攻略対象がどうなった、なんて噂は女学園にいるわたくしには聞こえて来なかった。
 マクシミリアンもわたくしの従者としてルミナティ魔法学園へ行くことが無くなったので、ヒロインと結ばれるどころか出会うこともなく。
 現在の彼はお兄様の忠実な僕として常に影のように付き従っている。
 その美しい主従は社交界などで令嬢達の心をときめかせているとか……。
 ……正直妹でも垂涎ものだものね。
 休みに邸に帰ればお兄様に相変わらずベタベタとされながら、わたくしは実に平和に十五までの日々を過ごしたのであった。

 そして卒業式の日。

「お姉さま、ご卒業おめでとうございます!!」
「お姉さまぁ!!」
「お姉さま、行かないでくださいませ!!」

 わたくしはお姉さまと呼んでくれる可愛い下級生達との涙の別れを女学園の校門前で繰り広げていた。
 そう……女学園でのわたくしは『銀の薔薇の君』と下級生に何故か慕われ、男子生徒がいない学園の王子さながらの扱いになっていたのである。

 ……どうしてこうなった。

 百合の気はないとはいえ、慕ってくれる下級生達は可愛いのですけどね。
 下級生達の頭をなでくりながら『お茶会をまたやりましょうね。我が家にお誘いするわ』なんてやり取りをしていると、シュラット侯爵家の家紋が付いた豪奢な馬車が滑り込むようにして校門の前で停車した。

「ビアンカ、卒業おめでとう!」

 馬車を美しい所作で降りてきたのは、アルフォンスお兄様だった。
 二十歳になったお兄様は、少年の頃でもこの世のものではないくらいに美しかった美貌に更に拍車がかかっていた。
 陽の光の中輝く豊かな金髪、深く濃い色合いの緑色の目、少年の頃は優しい丸みを帯びていた白い頬は今では男性らしく引き締まり、その整った顔にはいつも柔和な笑みを湛えている。

「お兄様……」

 周囲の令嬢達はお兄様に見惚れ、ため息や感嘆の声が漏れ聞こえた。
 わたくしはお兄様に……複雑な気持ちで視線を向けた。
 お兄様と視線が絡まり、優しく微笑まれ。胸がぎゅっと締めつけられるようなような痛みを覚える。
 優しく、いつもわたくしのことを1番に考え、いつも側にいてくれるお兄様。
 わたくしの話を子供の戯言だと馬鹿にせずに真摯に向き合い、バッドエンドから救い出してくれたお兄様。
 ……愛していると、呪いのようにいつもわたくしに囁くお兄様。
 ――お兄様に真綿で包まれるように大事にされ、守られ、愛していると日々囁かれ続けたわたくしは。

 実の兄に不毛な恋心を抱いてしまったのだ。

 ……自分の気持ちに確信を持った時は、これは一過性のものだと思い込もうとした。
 数年も経てば、自然に忘れると。いつか他の誰かに恋をすると。
 だけどお兄様への想いは、消えずに大きくなるばかりだった。
 それならばお兄様かわたくしに婚約者ができれば、この不毛な恋のことを諦められると考えた。
 けれど人前にあまり姿を現さない令嬢だったわたくしはともかく、この社交界の華のようなお兄様にも何故か婚約者はいない。
 忘れることも出来ず、諦める機会も生まれず。
 ……いつの頃からか生まれてしまった恋心に、わたくしは翻弄されている。

「卒業おめでとう、僕の天使」

 そう言いながらお兄様は柔らかな動作でわたくしを抱きしめた。
 その子供の頃から知っている馴染み深い温かさとお兄様の淡い花のような香水の香りに思わず心も体も蕩けそうになってしまい、耐えられずに目を閉じた。

「お兄様、ありがとうございます」
「ビアンカ、今日も奇麗だね。……愛してるよ」

 お兄様はうっとりと耳元で囁きながら、わたくしの体を抱きしめる腕に力を込める。
 その『愛している』という言葉に『妹として』という言葉を付け加えて、わたくしは勝手に傷つき落ち込んでしまった。
 重症だ。こんな不毛な気持ちを抱えていても、どうしようもない。

「ビアンカ、僕達の邸へ帰ろう?」

 お兄様はそう言うとわたくしの額に唇を落として、優しく微笑んだ。
 お兄様の唇の触れた額が燃えるように熱いような気がして、胸をかきむしって泣き叫びたい気持ちになる。

 ……邸に帰ったら父様に、すぐにでも婚約者を探して頂こう。
 こんな気持ちを抱えたまま……お兄様の側にはいられない。

「本当に美しいご兄妹ね……」

『兄妹』。
 誰かが言った邪気の無い感嘆の言葉に、ひどく心が軋んで。
 思わず目尻から零れてしまった涙をお兄様に見られないようにわたくしはそっと手のひらで拭った。
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