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王子は挽回を誓う

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 ビアンカから婚約破棄を告げられ回避した翌日。

「婚約破棄を回避できた……」

 俺が目を逸らしながらそう報告するとノエルは目を丸くした。
 カフェテリアなどでする話ではないなと、今日は俺の私室である。

「えっ。フィリップ様、なんで婚約破棄なんて話になったの。ビアンカ嬢に今までのことを謝りに行ったんじゃなかったっけ」

 彼は紅茶のカップを机の上に置いて腕組みしながら首を傾げた。

「そうしようとしたら……彼女が婚約破棄したいと言い出したから。説得して回避した」
「うわぁ、完全に愛想尽かされかけてたんじゃない。危なかったね」

 ノエルの言葉が胸にグサグサと刺さるが事実なのでどうしようもない。

「それでその……どうやったら挽回できると思う?」
「んー。行動で示すしかないんじゃないの? シュミナ嬢とはもう関わらないようにして、毎日ちゃんと好きだって言って、ダメなところに気づいたら謝るだけじゃなくて根本から改善してって。たぶんさ、これ最後のチャンスだよ」

『最後のチャンス』。その言葉が重く心に圧し掛かる。
 それはそうだよな。婚約破棄を回避してもらえただけで安心していてはダメだ。

「今まで彼女がして欲しいって言ってたのに、してあげなかったこととか思い当たらないの? そのあたりから挽回していけば」

 彼に言われ俺は記憶を掘り起こそうとしたが……。
 思い出すのは般若のような顔で喚き散らす彼女の印象のみで、ビアンカがなにを訴えていたかをまったく思い出せない。
 ……なに一つもか?
 俺は、最低なのか。六年だ、六年も一緒にいたんだぞ!?

「その顔まーさーかー!」

 ノエルが言いながら両手の人差し指で俺を差した。止めろ、なんか腹が立つから!

「……まさかだな。なにも覚えてない」
「うっわ。フィリップ様マジで最低。ビアンカ嬢の以前の態度をよく知ってるから、フィリップ様の気持ちもわかるけどね? だけどフィリップ様は本当に……彼女のことなにも知ろうとしなかったんだね」
「うっ……」

 俺は涙目になって思わず救いを求めるようにノエルを見つめた。
 彼は呆れたように首を振る。……だよな……。
 その時脳裏に、幼い頃の思い出が蘇った。

『フィリップ王子、綺麗な薔薇ね』

 彼女は……薔薇を見て嬉しそうにしていた。

「彼女は……薔薇は好きかもしれない」
「じゃあ王宮の薔薇園にでも誘ってみたら? あそこ綺麗じゃない」

 ノエルの言葉に俺は頷くと勢いよく立ち上がった。

「いってらっしゃーい。ご健闘を!」

 ニヤニヤしながら言うノエルに見送られながら、俺はビアンカの教室へと向かった。
 早く彼女に会って薔薇園に誘おう。
 少しずつ俺のせいでできた六年間の溝を埋めるんだ。
 そう思いながら教室の扉を開き、ビアンカの座っている席へと向かう。
 彼女はぼんやりと窓の外を見つめており、俺には気づいていないようだった。
 そんなビアンカには何人もの男子生徒からの視線が向いている。くそっ……俺の婚約者だぞ!
 彼女の婚約者らしいことは、今まで欠片もしてこなかったのだが。
 俺の連日の婚約者訪問を生徒たちが不思議がる顔で遠巻きに見ている。それもそうだ、今まで俺は彼女を放っておいたんだから。
 その中にはチリチリと焼けつくような。シュミナからの視線も含まれていた。
 ……シュミナともいずれ話をしなければならないな。

「ビアンカ」

 俺が声をかけるとビアンカはこちらを向き、湖面の色の瞳を大きく開いて首を傾げた。
 そのきょとんとした顔が可愛らしすぎて……俺は衝動的に彼女を抱きしめていた。
 ああ、ついやってしまった。
 教室にいる生徒たちが驚愕でざわめき、ビアンカは腕の中で小さな抵抗をする。
 ……そんな可愛い抵抗じゃ、離してやれないじゃないか。

「フィリップ様!? あの、あの。突然なんなのです!?」

 ビアンカはひどく狼狽した顔で俺を見上げた。
 猫のような瞳が潤み、顔は赤くなっている。……可愛い。どうしよう、可愛くて仕方がない。
 キスをしたら怒るだろうか? 教室だしさすがにそれは止めた方がいいか。

「……すまない。君が可愛らしすぎて。抱きしめたい衝動を抑えられなかった」
「へぇ!?」

 正直な気持ちを告げるとビアンカから間の抜けた声が上がり、そんな声まで可愛らしいと思ってしまう。

「フィ……フィリップ様、なにかわたくしに御用があるのですか?」

 彼女は身じろぎしながら上目遣いで訊ねてくる。……キスしたいな。
 いや、その前に薔薇園に誘わねば。

「今までの埋め合わせを少しずつしたくてな。次の休日に王宮の薔薇園に来ないか?」
「薔薇園に……? 本当にいいんですの?」
「ぜひ君に来て欲しい。お茶でも飲みながら二人でゆっくり過ごそう」

 ビアンカは小さな手を胸の前で組んで、少しもじもじとさせた後に……。

「……嬉しい……」

 と、頬を染めて小さな声でそう言った。
 唇にキスをしたくなる気持ちを堪え、彼女の額にキスをする。
 彼女の顔はさらに赤くなり、薄桃色の唇にはにかんだ笑みが浮かんだ。

「それと……時間があるなら。昼休みにカフェテリアでお茶を飲まないか?」
「ええ、時間はございますわ。……本当にわたくしでいいのですか?」
「ビアンカ、君を誘いたいんだ」

 彼女は先ほどから『本当にいいのか』と聞き返してくる。
 誘いをかけられたのが自分でいいのかとそんな懐疑心まで抱かせてしまうくらいに、彼女は俺に放置されていたのだ。
 ……なんだか泣きたくなってくるな。できるものなら過去へ戻り自分の行いを正したい。

「今日はまだ言ってなかったな。愛してる、ビアンカ」
「フィリップ様……!!!」

 少しでも六年間で空いた隙間を埋めたくて。
 その言葉を口にすると……ビアンカは少し泣きそうな顔で微笑んだ。
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